新型“回遊式庭園”
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記事:住田薫(ライティング・ゼミ平日コース)
“回遊式庭園”というのは、日本庭園の形式の一つだ。その名のとおり、回遊、つまり歩いてまわることを目的とした庭、要は“お散歩”に特化した庭、ということだ。
園内には、池や川や小山などがあって、その中を園路がめぐり、歩いてまわれるようになっている。敷地に高低差を設けることで視線を変えたり、丘や樹木などの障害物で、向こう側をチラ見させて焦らす……など、散策を飽きさせない工夫が、あちらこちらに凝らされている。
例えば、後楽園、兼六園、桂離宮なんかがこれに該当する。
江戸時代の大名など、時の権力者が造営したもので、その目的は、接客時の権威を示すためだったかもしれないし、趣味の延長だったかもしれない。あるいは「城には回遊式庭園をつくるべし」という形式的なものだったのかもしれない。
だけど、もしかしたら……庭を歩くことで、運動不足を解消していたのかもしれない。
そんな妄想をふくらませると楽しい。
お殿様は身体を鍛えていたかもしれないが、お姫さまや奥方などは、輿で移動し、庶民のように歩きまわったりしなかっただろう。そもそも城外に出ることだって少なかったかもしれない。……きっと運動不足だったにちがいない。
比較するのは図々しいかもしれないが、地方都市の郊外で生活する私も、運動不足に悩んでいる。都心に住んでいる方には想像しにくいかもしれないが、地方に住んでいると、本当に、歩かない。車が普及しているので、歩いて10分のコンビニへも、車で行ってしまうのだ。そして残念ながら、大名家のように大きな庭は持っていない。
しかし。私は発見したのだ。現代版“回遊式庭園”を。
「これ、どこから見てまわったらいいの?」
先日、軽井沢の千住博美術館へ行ったときのことだ。
一般的に“美術館”という言葉から想像するようなものとは掛け離れた、ユニークなつくりをしている美術館だった。
千住博という、滝の絵を多く描く、日本画家の絵を展示するための美術館で、建物の設計は、西沢立衛という建築家がしていているのだという。
大抵の美術館は、迷子にならないよう、あるいは全ての作品を、見落としなく見ることが出来るように、“順路”というものがある。
だけれども、この美術館にはそれがない。
いや、ないわけではない。
おおまかな順路は、コンクリートの床に描かれた金属のラインが、ささやかに人を誘導してはいる。
だけど、“通路”がない。
入館して最初に目に入ってくるのは、大きな明るい一室空間だ。
そこに、絵を掛けるための小幅の壁が、あちらこちらに散らばっている。
向きはみなバラバラ。だから、こちらを向いている絵があり、斜めに向こうを見ている絵があり、手前の壁に見え隠れしている絵がある。
あちらにも、こちらにも、行きたい。そんな気にさせられる。
「まあ、てきとうに廻ればいいか」
明るい室内だからか、楽観的な気分にのせられて、とりあえず歩きだす。
「……なんか、山の中を歩いているみたい」
しばらく歩いていると、次第にそんな感覚になってくる。
建物の床は、スキー場のように全体的に緩やかに傾斜している。しかも、野山の地面のように、不規則にあちらこちら凹凸している。
床が、だ。平らではないのだ。
「どこまで見たか、分からなくなっちゃった」
そんなに大きな建物ではないし、大きく特徴的な場所があるわけでもない。
それなのに歩くたびにちがう景色が現れてくる。そのことが楽しくて、どこまでを見終わっていて、どこをまだ見ていないか、そんなことはもう関係なくなっていた。
しばらく、のんびりと歩きまわった。
「はぁ、満足したー」
存分に歩きまわったところで、余韻に浸りながら来た道を振り返る。……ん? あれ?
「あの中庭、展示ケースみたいだ」
室内には3つ、中庭がある。どれも、ぐにゃっと曲がったガラスの壁で、ぐるっと囲われている。そして色カタチの変化に富んだ植栽が、美しく植わっていている。
そこだけが、やけに色鮮やかで、神々しい展示品のようだった。
気になりだすと、もうこの場所が、“植物を愛でる美術館”にしか見えなくなってくる。
「見終わった」と思った瞬間、絵が主役ではなくなって、全く別の景色になった。
その緑の様子を堪能したくて、散々歩きまわった室内を、さらにぐるぐると歩きまわる。
知らずしらずのうちに、たくさん歩いた。
歩かされたのだ。建物に。
この美術館は、“歩くこと”を誘発している。
歩くたびに「この先に何があるのだろう」と期待が高まる。
歩くたびに新しい発見がある。
きっと季節によっても雰囲気は変わるのだろう。
“美術鑑賞”というよりも、“気持ちのよいお散歩”に近い感覚だった。
翌日、少しだけふくらはぎが痛い。美術館で筋肉痛って。
***
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