帝王切開で何が悪い
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記事:番場佳子(ライティングゼミ・平日コース)
「帝王切開でしたが、孫が生まれました」
朝の家事を終え、一息ついてスマホでSNSチェックをしていた時に目にした投稿。
それまではさざ波くらいであった私の心に、急に大波がやってきた。
私は、10年前の2010年に帝王切開で男児を出産している。
結婚11年目、過去の流産を経てようやく出産までたどり着いた。
後から結婚した友人知人などに何度も先を越され、諦めかけたところにやってきた私にとって念願の「出産」というイベント。当然ながら私も医療介入がほとんどない通常分娩を望んでいたのだが、持病の関係もあり医療介入が必要という病院の判断から、帝王切開での出産を選択せざるを得なかったのである。
私の場合、妊娠発覚時から帝王切開が決まっていたわけではなく、決まったのは出産予定日の10週前。予定帝王切開の場合は手術日を予約した時点で子の誕生日が決まる。
「(平成)22年2月22日生まれがいいです」と病院に交渉してみたが、あいにくその日はすでに手術の予約がいっぱいであって残念に思ったのをよく覚えている。
夫はあらかじめスケジュールが分かったことにより出産日(手術日)は休暇を取るなどしていた。「出産日が分かってるから、会社に調整したうえで一緒にいられるからうれしいよ」と言ってくれて、近くにいてくれる安心感を抱きながら出産の日を迎えることができた。
当日は雪が降っていたらしいのだが、前日から入院していたこともあり室温コントロールされた無機質な雰囲気の中では季節感を感じられないまま帝王切開術により無事出産。
そこまでは特に想定外のことが起こったわけではない。
問題はそこから先、術後3時間くらい経ったころであろうか。
聞いてない。聞いてない。聞いてない。
頭の中からは「こんなの聞いてない」という言葉しか出てこない。
確かに、生まれてきた息子はかわいい。
術後の苦痛を共有させたくてもできない夫や実父母義父母は、大喜びで息子を抱っこしたりミルクをあげたりしている。しかし、出産した本人はそれどころじゃない。麻酔が切れる時にこんなにしびれや痛みと戦わないと子どもを抱き寄せることも出来ないなんて知らなかった。
誰だよ、「帝王切開は陣痛が無くていいわね」とか「帝王切開は麻酔かけてくれて、さっと出てきてくれるんでしょ」とか言った奴は!
めっちゃ痛いんですけど!!!!!
麻酔が切れる前後の痛みがようやく終わったと思えば、少なくとも入院中の残り5日は傷口の痛みとも戦わないといけない。15センチは超えるであろう大きな傷が腹部にあり、それとは別に子宮も切られているので何針縫合されているのか想像も出来ないししたくもない。それとともに、通常分娩の人にも起こる子宮の収縮が同時進行でやってくるのだ。
この痛みは、通常分娩で出産した人には分からない痛みであろう。通常分娩と帝王切開は痛むタイミングや時間の差はあれど、「めちゃくちゃ痛い」ことに変わりはないのだ。
退院してしばらく経ち、息子の首が据わったころに外出すると、外出先ですれ違いざまに面識がない年配のご婦人方に声を掛けられることが増えた。
「赤ちゃん何か月? 男の子? 女の子? お産大変だったでしょう? え? 帝王切開? あらかじめ決まってたの? そりゃいいねえ陣痛が無くて」
赤ちゃんを連れていると、プライバシーもデリカシーもない発言をたびたび受ける。「母乳で育てているの?」というのも何度も聞かれた。
発している言葉には、その人の本音が隠れる。発した本人は意識してない、何気ない一言で相手が傷つくことがあるかもしれない。
きっと、私に話しかけたご婦人の方々は、悪気はなかったのだというのは分かっている。おそらく、数十年前に通常分娩で痛い思いをして、それを思い出して共有したかったであろうことも想像はつく。
しかし、体力も気力も万全な状態ならばともかくとして、産後の体力回復もままならなく、かつ、授乳で昼夜問わず2時間おきに起こされる状態の中、やっとの思いで息子を連れて外出しているのである。そのタイミングで、赤ちゃんに癒されたいだけのご婦人方から発せられる笑顔のボディーブローはじわじわと当時の私の精神力を奪っていった。
……今では息子も10歳になった。最近は成長に伴って言わなくなったが、数年前までは「何で僕には弟も妹もいないの?」とたびたび言われていた。そのたびに辛かった帝王切開のことを思い出したのだが、それもしばらくご無沙汰だった。
そんなところへ、今朝見たSNSの投稿は、私の中に閉じ込めておいたパンドラの箱を開けるのにふさわしい一撃だったのである。
お願いだから、大変な思いをして出産した人に対して、帝王切開「でしたが」なんて思いを抱かないでほしい。その言葉は直接発しなくても思想は根っこに残っていて、ひょんなときに言葉の端々で相手に伝わる。
帝王切開だろうとミルク育児だろうと、母子が無事でいられるのならば、何の問題もない。ありがたいことに物質がこれだけ恵まれた世の中なのだから、頼れるものはどんどん頼みながら、その時期しかない子の成長を楽しんでほしいものである。
***
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