「愛がなんだ」と聞かないで。気まずいふたりの愛の行方。
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:大野了(ライティング・ゼミ平日コース)
※この文章は、映画「愛がなんだ」を観た男女の末路を描いたフィクションです。
エンドロールが終わった。
なんなんだろうこの映画は……。
男はこの場から早く逃げ出したかった。
立ち上がろうとすると、そっと腕に手が添えられた。
ほっそりした女の手に意思が宿る。
「面白かったね」
「お、おぉ、面白かったね。俺、ちょっとトイレに行ってくるわ」
女の手に力が入った。
「私って彼女だよね」
「ん?」
女は男をじっと見つめている。
「私って彼女だよね」
「え? あ、そ、そうだよね」
「だって私と寝てるもんね」
「ね、寝て? なんか今日眠いよね。ちょっとトイレ先に……」
女の手が肘をロックしている。
「寝てるよね、私と」
「あ……はい」
「最低だよね、この男」
「え? 俺? あ、あ、この映画の男ね。いやぁ、そうだよね」
「思わせぶりにしてさ。勝手に呼びつけてさ。やるだけやってさ」
「ま、まあ、人の恋愛って色々あるよね。きっと深い事情が彼らにも」
「誰かさんとそっくりだよね」
「だ、誰かいたかなぁ。そ、そんな人いたかなぁ~」
「あのマモルって男、‘追いケチャップ’とかってやってたけど、あざといよね」
「みんな出ちゃってるから、出ようか」
「誰かさんに‘追いマヨネーズ’されたことあるけどね。気持ち悪いだけだよね」
「追いマヨ? そんなことあったかな~」
「テルコって女も、好きならしょうがないって、結局自分が可愛いんだよね」
「そ、そうかもしれないね。ある意味、似た2人なのかもしれないね」
「全然違うけどね。あの男が1番クズだけどね」
女は男の腕をぐいとつねる。
ひぃっ!
「もっと大切にしてくれる男と付き合えばいいのにね。自分に酔ってるだけだよ、あんなの」
「劇場の掃除も入ってるみたいだから。もう迷惑になるから……」
女は微動だにしない。
「でさ‘仲原っち’っていう、好きな女に振り回されてた男いたじゃん」
「は、はい」
「でも潔かったよね、彼。好きでいることを諦めるって決断したんだもんね。『諦めるタイミングくらい選ばせてくださいよ』って泣きながら言ってさ」
「ちょっと膀胱が破裂しそう。ヤバい……」
「そしたらテルコがさ、泣いてる彼に『うるせーよ、バーカ』って言って、最後まで‘マモルを好きでいる自分’を捨てられないって……見てられなかった」
「そ、そうかもしれないね」
「私、目が覚めた気がする」
「え? どういうこと?」
「あの~、お客さん、ちょっと」
見ると、困ったような顔で劇場員が立っている。
「すみません! もう出ますんで」
「いや違うんです、後ろの方」
振り向くと、中年の禿げた男がポテトをポリポリ食べている。
「すみません、持ち込み禁止なんで。あともう次の開場近いんで」
今までずっと聴いていたのかよ、こいつ。
「待ちなさい。今、大事なところなんだ」
「は?」
「この2人にとって、今、とても大事なところなんだ」
「今までずっと聴いてたんですか! 何、人の話勝手に聴いてるんですか!」
「いや、ただ、聴こえたんだ」
「な、なんだこいつ。もう行こう」
「いいんじゃない。別に聴いてもらったって」
「え?」
劇場員が再び声をかけようとすると、中年は手で制して呟いた。
「人を好きになるのは恥ずかしいことではないのです」
「は?」
「と、『ペンギン・ハイウェイ』ではアオヤマ君が言っている。小学4年生にして真理をついた言葉だ」
「おっさん、誰だよ!?」
「私は教授だ」
中年は女を見つめた。
「若い時は、なんでもすぐこの世の終わりみたいに思えちゃうもんなんだよ。この先これからも泣く事があるかもしれないけど必ず出会える。君だけを愛してくれるふさわしい男に。」
「そうなんですか?」
「と、『セブンティーン・アゲイン』でザック・エフロンが言っている」
「あのザックが……」
「そうだ、それとな。誰かを愛して誰かを失った人は、何も失っていない人よりも美しい。」
「はい」
女の声が艶めく。心なしか瞳は輝いている。
「と、『イルマーレ』で確かキアヌ・リーブスが誰かに言われていた」
「なんだ全部、映画の受け売りじゃねえか! せめて言った誰かを特定しろよ!」
女の掴んでいた手が離れ、男の腕は黄土色になっている。
中年はいきなりバッと青年を指さして、
「奴はとんでもないものを盗んでいきました。あなたの心です!」
「『カリオストロの城』じゃねえか!」
気にも介さず女に向かって、
「よければ一緒に来ないか? 先のことは約束できないが、それなりに楽しいはずだ」
と女にすっと手を差し出した。
女はポテトで脂ぎった男の手に一瞬怯んだが、青年に軽蔑に満ちた眼差しで一瞥して、中年の手を取った。
「じゃあ、いこうか」
女はこくりと頷く。
「ちょ、ちょ、何この展開!?」
「ちなみにさっきの言葉は、『ギター弾きの恋』でショーン・ペンが言っている。ウディ・アレンの映画は恋愛のバイブルだよ、君」
「ウディ・アレン、不倫とセクハラで干されてるじゃねえか!」
「そして青年、彼女しかいないと思うだろうが、私は思わない。今は思い出がいっぱいでも振り返ってみればいい」
「それ『(500日)のサマー』!」
中年は女を見つめて、
「君はとてもすてきだ。とても特別な女性だよ」
「それ『プリティ・ウーマン』! おっさん、リチャードギア気取りやめろ!」
「劇場員の諸君、邪魔したね」
2人はすでに腕を組んでいる。
中年は女の耳元で囁く。
「昔、ある哲人が言った言葉がある。‘私以外、私じゃないの’あなたはこの世でたったひとりだけだよ」
「それ”ゲスの極み乙女!”の曲じゃねーか! 映画ですらないし、しかもベッキーと不倫中の歌!」
中年と女は劇場を出て行った。
男は茫然としている。
「あの、時間ないんでポテトのカス拾ってもらっていいすか」
「あ、すいません」
男はシートにこびりついたポテトをつまみ始めた。
気づくと涙が流れていた。
涙はいつまでも止まらなかった。
「俺たちもう終わっちゃったんですかね……」
「てか、始まってもなかったんじゃないすか」
「『キッズリターン』!!」
2人は思わずハモって照れ笑いして、目を逸らした。
「愛って何なんですかね……」
「わかんないす、もう出てってもらっていいすか?」
男は立ち上がることができなかった。
とうの昔に限界に来ていた。
「愛ってなんだよ……」
最後まで男にはわからなかった。
男は静かに目をつぶった。
失ったものはもう二度と戻らない。
ただ、なぜだろう。
腹の底からじわりと湧きあがる解放感。
男は柔らかな笑みを浮かべていた。
それはまるで羊水に包まれたような
湿った心地よさだけが男を包んでいた。
男はこの劇場を出禁になった。
***
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