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心のへその緒を切る時


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記事:赤羽 叶(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
こんな子じゃなかった。
昔は、もっと優しくていい子だったのに。
 
子供が大きくなってから、何度思っただろうか。
 
死ぬほど苦しい思いをして、この世に産んで、へその緒を切られたときに始まった、私の子育て。
 
私の子育ては、蜃気楼だったんだろうか。
 
精一杯、手をかけて育てたつもりだった。
 
けれど、自分が思い描く理想の子育てをしても、理想の子供に育つわけでは、ないらしい。
 
『えー、捨てていいよ』
 
電話口の娘の言葉は、実に残酷だった。
 
家の整理整頓をしていて出てきた、娘の中学生、高校生時代の写真、小学生から高校生までの成績表、沢山の合格証書。
 
私の自慢だった。落ち着いていて、読書が好きで、とてもやさしい子。成績優秀で、先生からも褒められる優等生。思春期もほとんど反抗することがなくいつもおだやかだった。
 
その華々しい成績表や、学校に通っていた時の写真は、私が娘を完璧に育て上げた証でもあった。
 
それを。
 
どんなにか懐かしむだろうか、と、ケータイの通話履歴から娘の名前を見つけ出して、電話をかけた。
 
『取っておいてくれたんだ、嬉しい。送って! 大事に取っておくよ、ありがとう!』
 
そう言ってくれるに違いない。軽やかな呼び出し音は私のウキウキをさらに刺激した。
 
なのに、娘は、捨てていいよ、と言った……なんのためらいもなく。自分の過去を、あなたのために伴走してきた私の努力を。
 
『だってさ、そんなのもう、終わったことじゃん。その時はその時で頑張って勉強したけどさ、その成績表があれば、うちの子が大学に合格するっていうなら取っておくけど』
 
あの子、私の成績表見たって、発奮するようなタイプじゃない……
 
笑いながら話す娘に哀しくなって、彼女が話をしている途中で衝動的に電話を切った。
 
お金製造マシンかというくらい、本当に一生懸命働いたの。実に13もの仕事をしてきた。一時期は、5つも仕事を掛け持ちして、子供を塾にも通わせ、中学から大学まで私立の学費も出した。お金がなければできなかったこと、私がしてもらえなかったことを全部全部やらせてあげたのに。なのに。
 
大学に入ったら、遊んでいいから。
 
そうやって呪文のように言い聞かせ、頑張らせてきた。
 
娘は、それに見事に応えた。誰もが名前を知っていて、みんながうらやむような難関大学に現役合格。ただ、鼻高々だったのは、ここまで。
 
私の呪文は本当によく効いてしまったらしい。大学に入学してからというもの、ほとんど家に帰らなくなってしまった。大学生活が楽しくて楽しくて、家を見向きもしない。就職も私が望んだような会社は選ばなかった。社会人になっても、仕事と遊びの両立に忙しくて、家には寝に帰るだけ。たまにそれを指摘しても面倒くさそうに顔をしかめて、黙って自室に消えるだけになった。
 
しかも、結婚して、あっさり地元を離れ、遠方に移住してしまった。今まで以上に、我が家のことを、私のことを、見向きもしなくなってしまった。
 
SNSの彼女の投稿からは、子育てだけではなく、友達と充実した生活を送っている様子がうかがえる。そこに、私の存在は、ない。たまに電話をしても、
 
『子供たちがうるさいけえ、切るよ?』
 
と、すっかり板についた方言交じりの言葉で、忙しそうに切られることがしばしば。
 
あんなにお金も手もかけたのに、なんの見返りもない。最大の投資失敗案件になってしまうのだろうか。彼女は、利息として、優しい感謝の言葉もよこさない。
 
私のこと、心配にはならないの?
私があの娘の年の頃には、母は元気かなっていつも心配していたけど。
 
その時、携帯電話のライトが静かに点灯していることに気づいた。
LINEのメッセージ着信がきている。
 
『昔は昔で楽しかったし、昔がなかったら今の私はないから、ホントにありがたいと思っているよ。
 
でも、過去を振り返らないと頑張れないくらい悲惨な今じゃないってことを喜んでもらえたら嬉しい』
 
想像のナナメ上を行くくらい予想外の言葉が来ると、人は笑ってしまうのだろうか。私は、自嘲気味に笑っていた。私の気持ちも、私の苦労も全く彼女には伝わっていない。
 
もう何年も、彼女は、私がほしいと思っている言葉を返してこない。
 
昔は、すぐに私の表情を読み取って、私が喜ぶ言葉を、私の怒りが収まる言葉を返してきたのに。
 
私の思い描く通りのことを全て叶えてくれたのに。
 
しかし、それは、もしかすると、彼女が生きるための処世術だったのかもしれない。もはや、彼女は、私が稼ぐお金で生きていない。だから、私に彼女を束縛できる武器は、なにも、ない。
 
ああ、心のへその緒は、お金で切れるのだろうか……。
どう育てたらあの子は、私のように、母親を大切にしてくれる子になってくれたのだろうか。
きっと母のように、心をつなげておく方法があったはずだったのに、それを私は、しなかったのだな。
 
そのとき、不意に気づいたのだ。
 
彼女は私から生まれたけれど、私とは、全くの別人格なのだ、ということに。
 
私が期待するような言葉はあまりくれないし、私が母にしたように、いつも心を寄せてくれはしない。
 
でもその代わりに、私が苦労したほど、お金に苦労してもいない。いや、むしろ、お金に困ったことなど、一度もないだろう。
 
子供たちのことをもっとちゃんと見てあげればいいのにって思うけど、楽しそうに暮らしていて、やりたいことがあって夢を追いかけているという。
 
私には理解できないけど、彼女の人生は、彼女のものなのだ。
 
せめて、もう少し彼女の人生において私の存在を大切にしてほしいけど……そこも別人格だから仕方がない。
 
私が、見えない心のへその緒をきちんと切るところから始めよう。
 
そして、大人として、彼女を理解するところから始めてみよう。
 
本人がなんと言おうとも、あの子の母親は私しかいないし、いつまでも母親なんだから。
 
 
 
 
***
 
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2020-12-06 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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