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ブラックマターの味、ニュートリノの香り


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

※この作品はフィクションです。
 
記事:エルコンドルパサー(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「ああ、終わった」
正幸はその瞬間に確かに悟った。プライベートでやってきた、鹿児島中央駅のほど近くにある屋台村。その一角にある居酒屋で、ビールを一口飲んだ時だった。その一口に、これまでの様な楽しさは、微塵も感じられなかった。
 
酒だけでは無かった。「お肉会」と称して半年に一度、ボーナスの後に30代以上だけの面子で行く高級焼肉の帰り道。いつもの様に同僚と一緒に楽しく過ごしたハズだった。青山の骨董通りにある店を出て、仲の良い後輩と二人で飲み直しのために赤坂までタクシーで向かう車中だった。
 
「いやー、やっぱり美味いですね」
「うん」
心底美味しかったのだろう。後輩の声はいかにも楽しそうだった。だが、正幸の返事は重かった。
「どうしたんですか」
「いや、美味かったって」
「それはそうなんでしょうけど、心から満足って感じじゃないですけど」
「相変わらず変なとこで鋭いやつだ。いや、水をさすつもりはないんだけど」
「なんすか」
「これ以上美味い肉ってどれくらいあるのかな」
「そりゃ沢山あるんじゃないですか」
「そりゃあな。肉もそうだし、ワインもそうだけど、金を出せばまたまだ美味いもんは沢山あると思うよ。でも、例えばこの焼肉よりどれだけ美味いと思うのかなって」
「どういうことですか」
「例えばさ、大学の時に行ってた焼肉なんて、一人3,000円くらいじゃん。それで大人になって、ある程度稼げる様になって、一人10,000円の高級焼肉が食える様になった。学生の時に食ってたのとは比べ物にならないじゃん」
「そうですね」
「値段通りに、確かに3倍は美味い。まるで別の物を食べてるみたいだよ。でも、例えば10万円の焼肉を食べに行ったとして、それは今食べてるやつの10倍美味いのかな。やっぱり全然別物なのかな」
「あー、なるほど。10倍以上ってことはないかもしれませんね」
「だろ。そうすると少なくとも焼肉の楽しみは、今の延長線上にあるというか、想像の範疇でしかないと思うんだよな。それ自体は仕方ないんだけど、そうすると少なくとも美味しい肉を探すの楽しみはいつかなくなる。そう考えたら、焼肉食べて楽しい気持ちはいつまで続くのかなって」
「その時はきっとまた美味しい焼肉がありますよ」
「そうだといいんだけどな」
 
思えば、正幸は大人になる過程で色んなものを失ってきた気がする。ヨーロッパをバックパッカーしていた頃はとんでもなく楽しかった。だが、行きたい所に行った後は、旅行する楽しみが激減してこの10年は海外旅行には行っていない。ドーハの悲劇に涙し、W杯に初出場が決まった時には狂喜したのに、いつかのW杯でベスト8に入ったとして、自分はどれだけ喜べるのだろうか。映画館には一年に一度行けば良い方で、マンガの単行本を集めることもずいぶん昔に無くなった。
 
果たして、大人になるとはそういうことなのだろうか。何かが出来てしまったら、それはもう楽しみではなくなる。そして、それ以上のことを成し遂げたとしても、喜びはそれまでに達成した喜びを超えられない。それでも、人間は生きていかなければならないのだ。楽しいことや嬉しいことがどんどん小さく、狭くなっていったとしても。それならば、人間の成長とは何と残酷なことだろう。
 
鹿児島から帰ってきた正幸を、また普段通りの生活が待っていた。満員電車に揺られ、仕事に行き、他人の思惑に振り回されながら仕事をし、馬鹿馬鹿しさとやり切れなさを感じながら、疲れて家に帰る。そんなある日、仕事帰りに立ち寄ったコンビニで正幸は中学生の頃に読んでいた科学雑誌の表紙に惹かれた。それは、ブラックマターの特集だった。
 
ブラックマターとは、暗黒物質とも言われる。宇宙のエネルギーとかから計算すると、存在が確認されている物質だけでは足らない。だから、まだ観測されていない何かが必要とされており、その一つがブラックマターと呼ばれているのだ。正幸は懐かしさからその雑誌を手に取りパラパラとめくってみた。他にニュートリノのことなんかも書かれている。正幸は学校で習った、一番小さい物質の単位は陽子や電子だった。だが、今は素粒子がそうだと言われていて、ニュートリノはその一つだ。ノーベル賞を受賞した小柴先生の研究年ても有名だ。
 
「科学は進歩しているなあ」
正幸はふと、そう思った。
「ブラックマターってどんな味がするんだろう?」
そう思った正幸から、ふと笑みがこぼれた。何を考えているんだろう? そう思いながらも自分が考えたことを思い返すと、くっくと静かな笑いが止まらなくなった。
「なんだ、そんなことか」
正幸の世界は広がるだけ広がった様な気がしていた。だが、本当の世界は、その外にもっともっと広がっている。そして、自分が頭の中で想像できることも、もっと沢山あるだろう。その気になれば、いくらでも想像できるのだ。
そう思えば、まだ他に知らない、出会ってないことが沢山あるはずだ。もしかしたら、成長することにより、それを見つけるのが下手になっただけなのかもしれない。
 
果たして、ブラックマターはどんな味がして、ニュートリノはどんな匂いがするのだろう。
 
 
 
 
***
 
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2020-12-07 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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