メディアグランプリ

ロマンス小説を1日1冊のペースで読んでいた女が選ぶ「最も純度の高い恋愛小説」


*この記事は、「リーディング・ライティング講座」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:藤井さやか(リーディング&ライティングゼミ)
 
 
大きな声では言えないけれど、私は、いわゆる、ロマンス小説を1日1冊のペースで読み漁っていた時期があった。よくもまあ、飽きなかったものだと(失礼ながら)自分でも感心してしまうくらい。今はそこまでのペースではないけれど、相変わらず飽きずに読んでいる。お約束展開と、現実に言われたらドン引きかもしれないイケメンたちのセリフに毎回ドキドキして、一度開いたら最後まで読まずにはいられないし、気付いたら貴重なお休みを棒に振っていたことも多くある。だって、顧客に怒られたり、ささいなミスが重なって周りに迷惑をかけてしまったり、そんな日には、文字の中だけでも素敵な男性に癒されたいのだ。
 
今回「最も純度の高い恋愛小説」を1冊選ぶというお題の中で、私が文句なしの1位に上げたのが、木原音瀬作『箱の中』だ。実は、たまたま、猫の表紙に惹かれて買った本が面白かったから(『探し物屋まやま』という軽めのミステリー連作で、こちらもおすすめ)その作家のことがもっと知りたくなって、もう1冊購入して、読んでみたら、人生初!BLだった。……避けてきたのに。BLにはまる自分が容易に想像できたから、手を出しちゃいけないんじゃないか、一度はまったら抜けられないんじゃないかという恐怖があって、自制してきたのに。
 
最近のロマンス小説だけではなく、恋愛小説は幅広く抑えている。ジェーン・オースティンの「高慢と偏見」も大好きだし、村上春樹の「ノルウェイの森」はもちろん、平野啓一郎の「マチネの終わりに」も好きだ。でもその中で、あえて、この本を選んだのは、この本が強烈に私に「純愛」を突き付けてきたからだ。
 
(ここから先は、軽いネタバレを含みます。)この作品は、連作で、主人公は、「どこにでもいそうな普通の」男性、堂野。そして、その堂野を一途に愛する(おそらく初恋)喜多川。この二人が主軸となって、主に喜多川の純愛が描かれていく作品だ。はじめて読んだ感想は、痛い、だった。この小説は、読む人の皮膚をその恋心で切り裂くほど、ひりひりさせる。実際に暴力が出てくるには出てくるのだけれど、それよりも恋の純度が高すぎてひりひりする。
 
あとがきで、三浦しをんが書いているように、華麗なるBLの世界だったなら「六本木ヒルズに事務所を構える敏腕弁護士」とか「高級車と高級レストランにシャンパンが出てくるおもてなし攻め」なんかがあるのかもしれないのだけれど、この作品には、そういうキラキラアイテムは一切登場しない。恋人たちの出会った場所&はじめて結ばれた場所、刑務所。恋のアイテム、ちり紙(ティッシュですらない)。いわゆる女性の喜びそうなアイテムは徹底排除だ。(そもそも男性同士の恋愛小説なので当たり前っちゃ当たり前なのですが)
 
ついでに言うと、ロマンス小説でよくあるように「嫉妬に悩む」とか「私は釣り合わないんじゃないか」とか「相手の気持ちがわからない」なんていう生易しい逡巡はどこにもない。誰かを愛するということを生まれてはじめて知った喜多川の、雨あられのように降り注ぐ不器用な愛情表現(それが、刑務所だから、小さな親切が重い)に、悩みなんて余計なものはないのだ。でも堂野は、相手の愛にどう応えていいのかわからない。だって、「どこにでもいる普通の男」だから。塀の外には当たり前のように結婚予定の彼女もいる。
 
結婚予定の彼女。これがまた考えさせられる。もちろん堂野は冤罪なのだし、ここは、ロマンス小説なら「あなたの無実を私信じるわ。あなたが出てくるまで待ってるから!」と言う展開になるところだ。けれど、彼女はあっさりと離れていく。服役した犯罪者とは、将来を考え直さざるを得ないのだろう、とても現実的な選択だ。結婚。男女の恋愛小説では、それがどうしても一つのゴールとなる。現実でもそうかもしれない。しかし、結婚ってそもそも何なのだろう。
 
喜多川は言う。「あんたの家のとなりに住む。1日1回顔を見せてくれるだけでいい。あんたじゃなきゃだめなんだ」相手を愛しているから一緒に居たい、好きだから一緒に過ごしたい、それは結婚という制度と一体どう関係があるのだろう。相手を愛しいと思う事、ただただそんな「思い」の純粋さで行動しつづける喜多川(作中では背の高いイケメン、という事になっている)の姿には、打算も、相手への要求も条件も見返りも存在しない。そこには、ただただ相手を思い、相手に向けられた愛だけがある。だから、突き付けられる気がするのだ。「あなたの思いは純粋ですか?」
 
 
 
 
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2020-12-10 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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