メディアグランプリ

京都散策で出逢ったおじさんとペンギン


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:能勢 拓人(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「説明しましょうか?」
突然かけられた声に、その姿に、すぐに返事が出来なかった。おしゃれな洋服が並ぶお店の中で、突如として現れた黒のロングTシャツに、黒のジャージパンツ姿のおじさん。
何者だろう、このおじさん……。
 
アスファルトの照り返しに目が眩むほどの暑い日。夏の京都を散策していた。ふらふら歩いていると、少し先にガラス張りのお店を見つけ、引き寄せられるように近づく。ガラス越しに、好みな感じの白いYシャツが目に入った。おしゃれな外観に一瞬躊躇したが、見るだけならと、扉に手をかける。
 
店内はコンクリートの天井と壁。通り沿いはガラス張りで、日の光が店内を照らしていた。
店員さんは若くてすらっときりっとした雰囲気。軽く会釈して、まっすぐ白いシャツに近づく。外から見るより凝ったデザインに、着ている姿が想像できず、そっと棚に戻す。
やっぱり見るだけになったな。でも、せっかく初めて入ったお店だからと、ぐるっと見回す。
 
店内は案外広い。でも、ギターや靴、作業が出来そうな大きな机が置かれていて、商品の数はあまり多くなかった。10分とかからず、一周見て回る。
夏なのにコートが多く、不思議に思いながらも、そろそろ出ようかという頃。入口付近にある、シンプルな紺色のコートが目に留まった。
後ろが長くツバメのようにも見えるが、燕尾服ほど尖った印象はない。もっと丸っとしていて、かっこよさの中に少し可愛さが含まれていて……
あぁそうだ、ペンギンみたいだ。
 
夏にペンギンを見つけたようで、ついつい嬉しくなってコートに手を伸ばした。見た目通り暖かい手触りに心惹かれたが、ふとガラスの向こうに目を向ける。
外はまだ、太陽が燦々と照っていた。
(夏にコートはないよな。やっぱりお店を出よう)
入口に足を向ける。
 
「説明しましょうか?」
突然、声がかかった。すらっときりっとさんの声ではない。店内を見渡すと、棚に囲まれた作業スペースに、おじさんが立っていた。上下黒のスポーツ着のような恰好で、肩まで髪が伸びて……黒いライオンのようなおじさん。
(誰だろう、このおじさん。しかも、説明って?)
返事が出来ずに愛想笑いを浮かべる。
 
「店内の服は全て私がデザインしました」
こちらの戸惑いに気付いてか気付かずか、そのままおじさんが語り始めた。
 
音楽に熱中していた若い頃、デパートで販売のアルバイトを始めた。それが服との出会い。今では趣味となったギターを店に展示している。
その後、縁あってアパレルの商社で働くことになり、デザインも徐々に覚えた。
けれどお客さんとの距離が遠いことに、次第に違和感を持つようになった。デザイナーからその会社(ブランド)を通し、工場へ。商社や小売業者、販売店と、お客さんに商品が届くまで多くの人の手が入る。もちろんそれだけ費用もかかる。
次第に心境に変化が訪れる。
 
お客さんへ直接届けたい。
布地にも、縫製にもこだわり、できるだけ丁寧に。お手頃に。
 
そんな思いで独立。東京や大阪のような大都会ではなく、観光で成り立つこの町で。服の世界を知ったこの京都で、お店を始めた。おじさんがデザインする洋服は、この一店舗でしか取り扱っていない。
自分の脚でこのお店を見つけて欲しい。
ネットの情報に左右されることなく、本当に良いものを探し求めている人だけがこのお店に辿り着ける。そんなお店にしたくて、口コミが投稿される度、たとえ良い内容であっても、電話して削除してもらうのだそうだ。
 
そうか、ここはおじさんの思いがいっぱい詰まったお店だったんだ。なんだか(たまたまであっても)、このお店に辿り着いただけで、自分が誇らしくなってきた。
 
「最後の一着です」
紺色のコートを指しておじさんが言う。確かに、他のコートは数点並んでいるけれど、このコートは一着しか吊るされていなかった。
ボタンは首回りと両肩に1つずつ。前身頃を左右交互に留められるようになっている。それより下に留め具はなく、腰から下はきれいに流れるよう後ろへ。前が少し開いて、日本人の短い脚が少しでも長く見えるようにと、ペンギン型のコートにもしっかりとおじさんの思いが込められている。独立してからは、何故か季節関係なくコートばかり作ってしまう。と、笑った顔は少年のようだった。
 
最後の一着は、一番小さいサイズ。普段はMかLサイズだから、小さかったら諦められる。
羽織ってみて、ため息が出た。なんでなんだ。諦めきれなくなるじゃないか……サイズはぴったりだった。
それでも、このコートはいつまで着られるだろう? なんて、まだ買わない理由を探していた。けど、無駄だった。いつか着られなくなる日が来ることは分かっている。でも、そんな日が来たら、誰かに譲りたい。老いて似合わなくなった頃、きっとこのコートを気に入ってくれる誰かが現れてくれる気がした。そんな先のことまで考えられる服に出逢ったのは初めてだった。誰かに残したいほどの一着に、出逢ってしまったのだ。
 
僕はペンギンコートが入った大きな袋を肩から提げ、
「せやから京都の小路は面白い」
とつぶやきながら、また、京都散策に戻っていった。
 
 
 
 
***
 
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2020-12-13 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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