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人生の師を決める瞬間


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:青山二郎(ライティング・ゼミ日曜コース)
※こちらの記事はフィクションです。
 
 
「佐伯、気が付いているか、後ろの車。さっきからずっとついてきている」
 
佐伯は、後部座席から話しかけてきた社長とバックミラー越しに目を合わせ、
 
「いや、気づきませんでした。スミマセン」
と言うと、サイドミラーに映る後続車の姿をみとめた。
 
かなり車高を落とした、黒の「日産セドリック」。10年くらい前のモデルだ。
 
「すごいシャコタンですね。今どき見ない」と佐伯が言うと、
 
社長は、
「ああ。たしかに懐かしさしかないな。ただ、ここでもめ事はちょっと面倒だな」と応じた。
 
東京から車で4時間ほどの距離にあるのどかな地方都市の小さな民宿を出て、まちの中心から郊外に20分ほど走った幹線道路の両脇は見事に田園風景に変わっていた……。
 
数年前、佐伯は都内の高校ボクシング部を、「ちょっとした事情」で退部させられ、ぶらぶらしていたところを、叔父の知人であるこの社長に拾ってもらった。
 
業種で言えば「警備業」。セキュリティ会社などとよばれる。
契約しているクラブや飲食店、コンサートイベントなどの興行、夏には「海の家」などのセキュリティを依頼される。社長自身も大学までボクシングを続けながら、ハードパンチャーの宿命である拳のケガに泣いてプロの道をあきらめたと聞いた。叔父からは、小さなクラブの警備員を一人で任されたところから今のセキュリティ会社を興すまでになった苦労人であるとも聞かされていた。今はもう50代前半。奥さんも子どももいる。
 
佐伯は同じボクシング出身ということも影響してか、入社直後からこの社長の立ち居振る舞いが好きだった。尊敬していると言っていい。思いが通じて、先月から社長専属の運転手を任されることになった。
 
今日は、昨晩泊まった地方都市の商工会青年部が、地元盛り上げのために来月開催する地方プロレス興行の警備業務に関する打合せ出張の帰りだった。
 
あおり運転の対象となるような危険な運転はしていないはずだが……。
佐伯はぼんやりと思った。あおってきた車の運転手と対峙することになれば、たしかに社長が言うとおり、もめ事になる可能性は高い。
 
佐伯は、推薦で入った高校ボクシングを辞めるきっかけとなったケンカを思い出していた。春の新人戦が終わり、秋の大会に向けた夏合宿直前のつかの間の練習オフ日だった。
久々にゆっくりできると思っていたその日の朝、中学時代の親友から慌てた口調で電話がかかってきた。聞けば、もう一人の親友が中学時代に何度かもめた隣の地区の中学出身の何人かに呼び出されたらしい。呼び出されていった場所は、昔からよく知っている古いパチンコ屋の駐車場だった。電話をかけてきた親友と合流してその駐車場に向かった。
 
現場に着いて、最初に佐伯の目に入ったのは数人の男に顔をボコボコに殴られている友人の姿だった。カッとなって飛び出していった後のことはあまり覚えていない。人は思い出したくない記憶はどんどん忘れるようにできている、と昔、母から聞いたことがある。
気が付いたら、駐車場に着いた何台かのパトカーから出てきた警察官に羽交い絞めにされ、そのまま車に押し込められた。
ボクシング部所属の現役部員が、いくら友人を助けるためとは言え、一般人に手を出すのはどうしたって許される話ではなかった。推薦入学の条件も、「3年間、部活動を全うすること」だったから、佐伯は、ことが大きくなる前に自主退学の道を選んだ。
 
「おい、佐伯、その先の信号を越えたら、路肩に停めろ。それで、お前は車から出るな。エンジンも切らずに窓だけ開けて、会話を聞いてろ」
 
社長にそう言われるまで、佐伯はぼんやりとそんな昔のことを思い出していた。
 
「はい」と答えて、社長の指示どおり車を路肩に停めた。
追走してきた後続車もすぐ後ろに車を停めた。すかさず、社長はドアを開けて外に飛び出し、まっすぐにその車に向かっていく。
 
そのとき、後ろの車の助手席のドアがゆっくりと開いた。
佐伯は、バックミラーを見ながら、「やけにゆっくりと開くな……」と思った。
 
次の瞬間、
「いやあ。良かったあ。追いついてぇ。だんれ、ぜんっぜん、こっちのこた、気づかねえで、すっとばしていぐんだものぉ。このまま、高速さ乗られだら、なじょすっべと思ってらったのすぅ」
と、地元の方言まる出しのなじみのある声が聞こえてきた。
 
助手席から降りてきたのは、昨晩、佐伯と社長が泊まった民宿のおばあちゃんだった。
 
「いやぁ、お客さん、早く出るから朝食いらねってきいでらったからすぅ。嫁さ『んだば、おれが握り飯つくっから、持たせてやれ』って言ってらったのに、嫁がお客さんに伝えるの忘れたっつぅもんだから、今、ほれ、孫に運転させて、いっしょけんめい、追っかけてきたのすぅ」
 
宿のおばあちゃんの手には、ビニール袋が2つぶら下がっていた。
「ほれ、あんたも、お客さんさ、お礼しなさい。昨日も、あんな田舎宿で、宴会までやっていただいてぇー。いや、ほんにお世話になりましたぁ」と、次から次へと言葉がとまらないおばあちゃんの声に押されて、運転席から、今どき、縁日のひよこもここまで黄色くないというほどの見事な金髪リーゼントの孫が不満そうな顔をしながら外に出てきた。
 
社長は、
「おばあちゃん。それでわざわざ、追いかけてきてくれたの? いやぁ、それは悪かったねえ。宴会だなんて、おおげさな。地元の商工会の人たちとおいしく夕食食べただけだから」と言いながら、おばあちゃんから2つのビニール袋を受け取った。
 
おばあちゃんは、
「いやいや、立派な宴会だったー。おれももう少し若かったら、三味線弾いて踊りっこ踊ったったのになぁ。見せたかったじぇ」と言って、大声で笑った。
 
社長もつられて大声で笑うと、そのまま、笑顔で金髪少年に近づき、
「悪かったな。これ、ガソリン代」
と言って、少年に財布から出した数千円を手渡そうとした。
 
少年は、ちょっとためらって、一度出しそうになった手をひっこめた。おばあちゃんが「そっだらこと、わがねって、お客さん!」と社長に向かって言ったが、社長は「まあまあ、いいから、いいから」と言って、お札を少年の手に無理やりねじ込み、
「おばあちゃん思いのいい孫だね。おばあちゃん! じゃあね! ありがとう」というと、手を振ってそのまま振り返らずに佐伯の待つ車に戻ってきた。
 
「ほら。お握りだ。まだあったかいぞ」
と、子どものようにはしゃいだ声でビニール袋を渡してくれる社長を見て、佐伯は「一生、この人についていく」と心に決めた。
 
 
 
 
***
 
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2020-12-28 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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