天上の国は標高2500m地点にある
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:ナカムラモモ(ライティング・ゼミ日曜コース)
登山をしたことはおありだろうか。
まあほとんどの人は、一度くらいはあるのではないか。私自身、ちょっとした山にハイキングに行くような経験は家族旅行で散々していたし、小学校の高学年にもなると、親に付き合って行ってあげているような気持ちになるくらい、日帰りでハイキングと温泉に行くのが好きな両親の元で育った。
そんな私だったので、会社の先輩が山小屋で働くと聞いたとき、迷わず「会いに行きますね」と言った。体力にはそれなりに自信があったし、その先輩のことがとても好きだったので、会社以外の場所で会う口実にもなった。
せっかくなので同僚を誘って何人かで登ることにした。夏休みを合わせ、ちょっとした小旅行気分。雲行きが怪しくなったのは、山小屋にいる当の先輩と日程調整をしていた時だった。
「なんか心配になってきた」そして、「経験者がいないと怖いな」……。
きわめつけは、スニーカーで登ってもいいかという私の大真面目な質問だった。先輩も随分気を揉んだことだろう。
はい、登山愛好家の皆さま、ごめんなさい。何も知らずに甘くみておりました。
そういう山ではなかったのです。
今になって思えば、登山好きの先輩がわざわざ仕事を辞めてまで山小屋で働くのだから、そのへんのハイキングコースのような山でないことに思い当たっても良さそうなものだった。でも気が付かなかったのだから仕方がない。
というわけで、訳もわからぬまま、なんとかひと通りの準備をして、いざ山小屋へ!
想像できるだろうか。ど素人20代社会人が登る片道5時間を。
「千里の道も一歩から」を地で行く経験はもっと他にもあったはずだが、こんなに一歩を踏みしめる機会も中々ない。斜面が急なので、文字通り一歩一歩に全体重を乗せることになる。
登山家の「整備はされてる」を決して信じてはならない。
石がごろころしている、なおかつ急斜面の「ガレ場」に至っては、
・瓦礫が落ちてくるため、この区間は一人ずつしか入れません。
・声を出してはいけません。
・上に動物がいないか気をつけてください。
声を出したら石が落ちてくる道を歩いた経験がおありだろうか。
ここまで来ると、いっそのこと面白くなってくる。
そんなスリリングな山だったのね。ここ。
それでも一歩を重ねれば、前には進む。山小屋への距離は縮まる。
気づけば随分涼しくなり、木々の隙間から見える景色も地面から遠ざかっていく。
夏の山といえばイメージしやすいと思うが、それはもう葉が青々としている。
近づいていることは分かっているものの、山小屋が見えてくることはなかった。
度々休憩を挟みながら、歩くこと5時間。道が変わった。
「整備」された道を行く頃には、ゴールを目前にしながらも、息も絶え絶え、足を止めるとそのまま止まりそうなのでなんとかペースだけは崩さす目の前の一歩だけを進む。
自然と顔が上を向くのを感じた。突然視界がひらけて、そこから先は柔らかい黄緑色の丘になっていた。急に異空間に飛び込んだようだった。丘の先に、山小屋が建っているのが見えた。
山小屋に荷物を置いてからも、私はその丘の真ん中まで降りていって、時間を忘れてその光景を眺めた。厳密には、高山植物の保護のため、登山道から山小屋に続く道にしか降りることはできない。だからこそ、疑問に思う。この丘を、人の手で整えずに、つくることができるのか?
森林限界というらしい。
一定の標高を超えると、背の高い木は育つことができないそうだ。
だからある境を過ぎると、自然に森がなくなる。その境のことを森林限界と呼ぶのだ。
私は正直に言って、ガーデニングが得意な方ではない。だから大した知識も持ち合わせてはいないのだが、地上で美しい庭園をつくるのに、どんなに手間暇かかるか想像はできる。
それがなんだ、何の手も加えずに、この花も、緑も、この空間をつくりあげている。まるで意思があるみたいだ。
登山がレジャーではなかった時代にここにたどり着いた人は、ここが天上の国だと思ったことだろう。こんな場所があるなんて、下山してから信じてもらえる訳もなく、まぼろしを見たのだと言われるか、良くて伝説とされるか。
ところが今や多くの人が登山を趣味にして、楽しむことができるようになった。あんな苦行を趣味にするなんて、大概変わっているけれども。(失礼。)
でも、分かった。
海を渡って旅行に行くように、本を読んで時間を渡るように、登山は天上の国に遊びに行くことなのだ。そこには、これまでの常識をくつがえす何かが広がっている。足を踏み入れた人にしか分からないちょっとした秘密は、人を救うことがある。
神様もたまったものではない。
人間が度々姿をあらわすものだから、仕方なくまた別の場所にも天上の国をつくりあげているに違いない。
お願いだから私たちを滅ぼさすに、「もっと素敵な国をつくったから、はやくここまでおいで」と待っていてほしい。
***
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