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私の父は、カゴの中の鳥である。

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記事:増嶋 太志(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
先日、荷物を受け取るため実家に帰った。すると、父が私の顔を見るなり、笑いながら「おれはカゴの中の鳥よ。希望も何もない」とドラマの台詞のような言葉を吐いてきた。「急にどうした?」と思いながら理由を尋ねても、「いいから早くいけ」と荷物を渡して帰らせようとする。先を急いでいた私は、仕方なくその場をあとにしたのだが、家に帰るまでの運転中、父の言葉が頭のなかにこびりついて離れなかった。滅多にあるわけではないが、父はときどき自虐的になり、ちゃんと聞こえる声量で否定的な独り言を言う。「気にかけてほしい」という気持ちがだだ漏れで、小さな子どものようにも思えるが、それでも心配なものは心配だ。
帰宅後、私は仕事で実家にいなかった母にLINEで一部始終を伝えてみた。すると、「甘えたかったんじゃない? あの体で自分をよく鳥に喩えたね」と返信がきた。
 
今年で79歳を迎えた父は、自分の父親ながら80歳を目前にしているとは思えない見た目と肌ツヤをしている。それは、今年の春頃まで現役で現場仕事をしていたからこそだと思う。ただ、新型コロナウイルスの感染拡大に伴う外出自粛もあり、母から「そろそろ仕事をセーブしていいんじゃない?」との提案を受ける形で、1日の大半を家で過ごすようになった。そこには「今まで本当によく働いてくれました」という母からの感謝と労いの気持ちがあったのだと思う。
当初は父も「Netflixのおかげで助かった」と言いながら、毎日映画やドラマ三昧の日々を楽しんでいるように見えた。しかし、母が仕事に出かけてしまえば、誰とも会話することはなく、ペットの亀に一方的に話しかけるくらいだ。天候や場所によっては過酷な環境で仕事をしてきた父にとって、「ただ家で過ごす」ということは心が休まる時間であると同時に、退屈で寂しいものなのだろう。
 
父の現在の仕事というと、仕事に行く母を駅まで車で送迎することだ。母からすればそれだけで非常に助かっているのだと思う。ただ、その役割を除いては、「家で過ごす」という選択肢しかない生活に、父は少々疲れているのだと私は思った。
父は仕事のあとに待っている風呂上がりの一杯が大好きである。これまで摂取したビールにより着実に育てられた父のビール腹は、ただ家で過ごす生活でさらに膨らみ、今では幕内の力士にいてもおかしくないほどの貫禄が出てきた。母からのLINEにあった「あの体で」という部分は、「鳥にしては、ずいぶん膨らんだ腹をしてるな」ということを意味している。たしかにあれだけ肥えてしまっていては、自ら飛ぶことを放棄しているようにも思える。
そもそも「籠の鳥」ということわざを辞書で調べてみると、「籠の中の鳥のように、身の自由が束縛されている状態のたとえ」だそうだ。コロナ禍では、私自身を含めてだれもが、同じような思いを抱えているはずである。「自分はカゴの中の鳥」と喩えた父の気持ちもわからなくない。
 
母からのLINEを見たあと、私は奥さんも含めた4人で夜ご飯に出かけよう思い、メッセージを返した。それからしばらくして、母の仕事帰りに、二人でときどき寄るという「餃子の王将」で両親と待ち合わせることになった。私達が早めに着いて待っていると、両親の車も到着した。父は「餃子の王将」の餃子とラーメンが大好きだ。好きなものを食べながら、好きなビールを飲み、みんなで一緒に食事ができる。車から降りてきた父は照れ笑いを浮かべていた。
 
私の父は、「カゴの中の鳥」である。新型コロナウイルスという目に見えないカゴによって、自由を束縛されている多くの人たちの中の一人だ。家にいながら好きなときにテレビを見て、好きなときに食べたいものを食べられる1日だとしても、父は不自由さを感じた。友達と会話をしたり、一緒にお酒を飲んだり、ボウリングで遊んだり、大きな声で笑い合ったり、誰かと一緒だからできたことができないということは、人をひどく寂しくさせる。そして、寂しい気持ちは人を自虐的にする。
私の父は「おれはカゴの中の鳥よ。希望も何もない」と言った。自分を「カゴの鳥」だと思う気持ちはわかる。けれど、「希望も何もない」のか。
私は今を生きていること、それ自体が希望だと考える。カゴの中にいたとしても、今を生きていることには変わりない。ピンチだと思えることが起きても、寂しさが押し寄せてきても、自分の命の終わりまで、できることを探して動き続ける。その行動こそ自分に変化を起こすものだと信じたい。そして、その先に、誰かの役に立てたり、誰かを喜ばすじぶんがいると思うのだ。
家の中で「ただ過ごす」日々を送っていた父は、人と関わる機会が減り、いつしか自分の存在の意味を疑うようになったのだと思う。だからこそ「カゴの中の鳥」だと感じたのだろう。それでも生きているということによって、その存在に救われている私がいる。
だからこそ、希望は今を生きる自分自身なのだと思う。私の父にとって、父自身が何よりも希望だと私は考える。
 
 
 
 
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2020-12-28 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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