メディアグランプリ

私が、カフカの『変身』の主人公になった出来事


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:小北采佳(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
私が初めてカフカの『変身』を読んだのは、中学2年生の時だった。
『変身』は有名な作品なのであらすじをご存じの方も多いと思う。ある朝、主人公グレーゴル・ザムザが目を覚ますと、自分が巨大な虫に変身していたという話だ。彼がなぜ、どのようにして虫になったのかには一切触れられぬまま、虫になってしまった主人公と彼の家族の日常が淡々と描かれていく。
当時、私は夏休みの宿題の読書感想文を書かなければならず、なんとなく手に取ったのが『変身』だった。しかし困ったことに、読み終えてもなかなか感想が浮かんでこない。ストーリーのどこかに共感できるわけでもなかったし、何かの教訓が得られたわけでもなかった。そもそも、『変身』を通して作者が何を言いたかったのかがさっぱり分からなかった。『変身』は様々な解釈ができる本と言われているそうだが、当時の私にとっては全く理解できない作品だったのである。
 
ただ、主人公が虫に変身してしまった後の家族の対応がやけに冷たかったことが強く印象に残り、主人公を不憫に感じたことは覚えている。
虫になった主人公に対し、家族は誰一人としていたわりの言葉をかけたりしない。家族は虫になった主人公を見てショックを受けて泣き、おびえて近付こうとしない。主人公の母親は、おぞましい虫になってしまった息子を見て「助けてえ」と叫んで気絶してしまうし、父親に至っては、彼にリンゴを投げつけて怪我を負わせてしまう。
だから、当時の私は読書感想文にこう書いた。虫になったとはいえそれは実の息子である。彼の家族はいくらなんでも冷たいのでは? 息子のことをそれほど愛していなかったのだろうか?
 
そんな感想文を書いてから14年後。私は28歳の時に、わりと重い病気にかかっていることが分かった。職場で受けた健康診断がきっかけで見つかり、手術と治療が必要になった。
私は病気と知らされても、比較的冷静な状態でいた。幸い早期の段階での発見であり、早期発見できれば完治を目指せると医者から聞いていたためだ。病院の看護師さんから、「病気と分かってからごはんが食べられなかったり、眠れなかったりすることはありませんか?」と聞かれることがあったが、私はよく食べ、よく眠り、仕事も普通にこなすことができていた。
むしろ、私が病気であることを伝えた後の家族のほうが大変なショックを受けた様子だった。母親は泣き、祖母も泣き、祖母は私の行く末を案ずるあまり不眠症になった。父親は病気になった娘に対してどういう言葉をかけていいのか分からなかったようで、しばらくは私に一つの連絡もよこさなくなった。また、入院中は仕事を休むので直属の上司にも病気のことを伝えたが、上司にも泣かれてしまった。
 
小説やドラマでは、病気になった人が「どうして私が病気にならないといけないんだろう?」と言うセリフをよく耳にする。
病気であることを知らされたときには、私も思った。なんで私がこんな目にあうのだろう?
その時、なぜだかふいに14年前に読んだ『変身』がよみがえってきたのだ。そして、今の私の状況はまるで『変身』じゃないか? とピンときた。
 
お医者さんに「病気です」と言われた瞬間から突然患者に変身してしまった私。そしてある日突然虫になってしまったグレーゴル。どちらもある日突然災難に見舞われている。
しかも、『変身』では、主人公がなぜ虫になったかという謎は結局分からないままである。私もなぜ病気になったのか、明確な原因は分かっていない。理由は分からないが、ある日突然自分が望んでいない何かに変身してしまう、ということは誰にでもあり得ることなのかもしれない。
 
『変身』で描かれているのと似たような状況が自分にも降りかかってきたわけだが、『変身』と決定的に違う点がある。それは、私の家族と周囲の人々の反応である。
私の家族は、私の病気に対してショックを受けはしたものの、徐々に状況を受け入れ、私に対してできる限りのサポートをしてくれて、精神的に大きな支えとなってくれた。
職場の上司についても、仕事よりも体調を優先することに対して非常に寛大で、治療しながら仕事を続けられるよう取り計らってくれた。
私の周囲の人々の対応は、『変身』に出てくるグレーゴルの家族の対応とまるで違う温かいものであった。それは嫌でも病気と向き合わなければならない私にとって、とてもありがたいものだった。
 
自分が病気を経験したことで、中学2年生の頃にはさっぱり理解できなかった『変身』は、急に身近な実感を持てる物語になった。
虫になってしまったグレーゴルのように、ある日突然の災難はきっと誰の身にも起こりうる。逆に、自分ではなく身近な誰かが虫に変身してしまうこともあるかもしれない。そんな時にはその人を支えてあげられる存在でありたいと思う。
 
 
 
 
***
 
この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院書店「東京天狼院」

〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
TEL:03-6914-3618/FAX:03-6914-0168
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
*定休日:木曜日(イベント時臨時営業)


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00


■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「Esola池袋店 STYLE for Biz」

〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-12-1 Esola池袋2F
営業時間:10:30〜21:30
TEL:03-6914-0167/FAX:03-6914-0168


■天狼院書店「プレイアトレ土浦店」

〒300-0035 茨城県土浦市有明町1-30 プレイアトレ土浦2F
営業時間:9:00~22:00
TEL:029-897-3325


■天狼院書店「シアターカフェ天狼院」

〒170-0013 東京都豊島区東池袋1丁目8-1 WACCA池袋 4F
営業時間:
平日 11:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
電話:03−6812−1984


2020-12-28 | Posted in メディアグランプリ, 記事

関連記事