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私の円満退職とは劇作家兼舞台役者になること。

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記事:Taka(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
円満退職とはなんだろう。
残業中にふとそう思ったことがあった。
会社が多くの費用をかけて採用し、何年もかけて育てた社員が辞めてしまうこと、それが退職だ。人手不足が慢性化している業界では、2年から3年程度で新しい職場に移ることが多い。私の所属している会社では温かく送り出してもらった先輩社員はほとんどみたことがなかった。一般的にいう円満退職というものはないのではないかと思った。
 
私は6年勤めた会社を退職することにした。
自分を八方美人だとは思わなかったが、いわゆる平和主義者だ。どうやったら円満に退職という着地ができるのか。
 
6年も毎日顔を合わせてきた上司たちと最後に喧嘩別れのようなことはしたくなかった。元々、この組織と別れると決めた以上は、ネガティブな理由は何もいうまいと心に決めていた。ネットサーフィンをしたら転がっているような言葉で別れを告げたくはない。
 
なぜ、これまで退職した先輩たちは円満に退職できなかったのだろうか。
会社からすると多くの費用をかけた社員を失うことは損失である。また、管理者としては会社からの管理責任という面での評価も気になることだろう。そのため、複数回にわたる面談において引き留めに合うことになる。退職の決断をするのであるから、辞める側には大抵なんらかの不満があるわけで、そして、自分の未来はこの組織では描けないと感じているのだ。上司はその不満を引き出すことができない場合が多く、かつ理屈でも心情面でも納得できないまま退職への手続きを行うことがほとんどだ。
 
私の直属の上司は一人で年間1億前後の売り上げを出す。いわゆる、我が社では一流の営業マンである。たった1時間半の初回面談で社長を前に300万近い案件を契約に持っていく。新人の時にその様子を見た時は、さながら魔法のようであった。できる営業マンは口下手でも良い、そう書いた本を読んだこともあった。ただ、この上司は口数こそ多くないが口下手ではない。ゆっくり、十分に間を持たせ、予め描いたストーリーを噛み砕いた日本語で、少し低めの声で話す。初めて会う経営者を前に、わずかな情報と反応を見ながら即興劇をしているのだ。そして、気づいた時には相手の首を縦に振らせる。形がない物に金銭を払わせるのだ。もちろん得が損を上回るから契約に至るわけであるが、契約金額は上司のさじ加減で如何様にもなる。
 
私はこのような一流の営業マンを前に、理論立てて退職理由を説明して退職手続きをするだけではつまらないと思った。本来退職の仕方は法律で定められており、退職日から遡って、最低2週間前までに適当な理由を述べれば辞められる。しかし、実務上はその期間では十分な引継ぎはできないし、お世話になった顧客にも迷惑をかけてしまう。事務的な手続きに留まらず、印象に残る退職をしたいと思ってしまった。
 
そう決めると私は劇作家兼女優にでもなった気分だった。
業務から解放された後の人生に対してだけではなく、退職の準備をする毎日がワクワクした。自分でストーリーを決め、言葉を選び、場面に適した身支度をして、主演女優として舞台に立つ。きっと、その舞台は何度も行われることも予測できた。舞台といっても要は面談であるが。
劇作家になった私は、ペンを握りノートに大まかな流れを書き出す。
観客の目に自分がどう写るか、観客はどうストーリーを理解し解釈するのか、まるで幽体離脱をして舞台に立つ自分を見ているような気持ちだった。
自分の顔、性別、体型、表情、服装、姿勢に加えて、視線を投げるタイミング、頬紅の色、声のトーン、話すスピード等々、検討することは山のようにあった。
その全ての見え方と私の発する言葉が混ざり合って、私のシナリオは作られていった。
ただ、時には即興劇にならざるを得ないこともあるだろう。
観客が納得のいかない顔をするかもしれない。急に私が気の利いたセリフを思いついてしまうかもしれない。その場合には私はセリフを躊躇なく変える。もちろん、観客を笑顔にしたいと思うからだ。(それは上司から十分学んできたことであった)可能ならば見終わった後に、清々しい気持ちで観客にスタンディングオベーションをして欲しい。
 
まさか、今私がライティングに勤しんでいることなど想像もしていないことだろう。上司は、組織の中における私の実力や可能性をおおよそ計算していた。しかし、それは多くの職種の中でたった1種類の専門家を集めた組織の中での相対評価だ。この広い世界で、たった一つの物差しで全てを決められるわけがない。
上司が想像する私の可能性を良い意味で裏切り、新しい人脈を築き、予想もしない人生の選択をする。それをプレゼンする必要はなく、匂わせるのだ。そして、いつか私にまた会ってみたいと思わせる後ろ姿を見せる。それが、私の中の円満退職である。
 
 
 
 
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2020-12-29 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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