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こたろうが死んだ日


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記事:宍倉惠(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
こたろうが死ぬ1日前、私は19:01分京都発、東京行きの新幹線に乗っていた。翌日に丸1日休みをもらい、実家に帰った。
 
たかが猫。
だけど、以前飼っていた猫を看取った経験から、死ぬ瞬間を自分の目で見るのと見ないのでは、その後の気持ちが全然違うことを知っていた。「いつの間にか逝ってしまった」そんなあっさりとした経験にはしたくなかった。
 
死を目前にしたとき、命は線香花火のように輝く。
 
5年前、先代の猫、そらが息を引き取った瞬間は今でも忘れられない。そらは、私の膝の上で息を引き取った。その瞬間を経験したのは、家族の中でも私だけで、そして、衝撃的だった。
 
死ぬ1ヶ月と少し前、そらが突然ばたりと倒れた。診断結果は、猫のエイズに感染、発症したとのことだった。野良猫からうつされたと推測された。
 
私の実家は豆腐屋で、ネズミから大豆を守るために代々猫を飼っている。そらはネズミこそ捕まえないものの、鳥やイモムシを捕まえてくるハンターだった。
わたしは生まれてからずっと猫と一緒に暮らしてきた。
 
そらが倒れた時わたしは大学4年生で、授業は週に1回のみ、卒論に集中している時期だった。だから豆腐屋の仕事で忙しい家族に代わり、日中は卒論を書きながらそらの介護をした。人がそばにいないと鳴き続けるので、常に近くにいないといけなかった。もう身体が動かないのに、少しの間もひとりでいられなくて動かない足を引きずって人のそばに来た。
 
倒れてから病院通いをし始めて、獣医さんの様子から、もうそらは永くはないことを悟った。もう延命治療でしかないという状況になったときに、家族で話し合って治療することをやめた。みるみるうちにそらの容態は悪くなった。
 
突然に、目がカッと開き、泳ぐように手を前後に動かして苦しみに暴れる。ギラギラした目は、生と死の間を漂っているのか、焦点がおぼつかず瞳に何が映っているのか定かではない。明らかにこれまでと違う苦しそうな姿に、家族は皆動揺した。
 
私は家族とは恐らく少し違った気持ちで見ていたと思う。すっかり弱弱しくなっていたそらにこんなに力が残っていたのかと驚いてしまったのだ。死の淵にいるのに、限りなく強い生の力を感じたのだ。
 
翌日、私はいつものようにそらを膝に乗せて卒論を書いていた。そしてある時、そらは前足をピンと伸ばし、ぐるると唸って、力が抜けた。それがそらが息を引き取った瞬間だった。パチパチと激しく輝く線香花火がぽとりと地面に落ちたような最期だった。
 
鮮明な記憶として焼き付いたその瞬間を想い出しながら、こたろうを看取るために家路についた。こたろうは、寝返りも自分で打てないような状態だったが、かすかに息があることがわかる。その日の晩は私のベッドの隣に寝かせた。4時頃、目が覚めて近づくと苦しそうに口をパクパクした。落ち着いたところで寝返りを打たせると呼吸が整った。
 
9時頃、家族はとうに仕事を始めているので、私一人、こたろうを見ていた。ここから数十分おきに口をパクパクさせる。落ち着いたと思ったら1回、2回と繰り返す。少し吐いてしまった。お腹を撫でる。こたろうは手を前後に動かして、まるで泳いでいるみたいだ。そう、確かそらも死ぬ前にこんな動きをしていた。
 
もう息をしているのかどうかわからないくらい浅い呼吸。そう思ったら少し深い息をして前足をくくっと引き寄せて呼吸が止まった。目の輝きを見ると、生きているようだが、お腹が動いていない。涙が出て、こたろうの目頭に落ちたが反応がないところで、間違いなく息を引き取ったことを理解した。
 
こたろうの最期も苦しそうだった。しかし、すっかり弱った身体が最期の力を振り絞ったときに生命を感じた。死とはもっと静かに儚く訪れるものだと思っていたが、壮絶なものだった。それが尽きる目前にして、光ることを知った。
 
その後は、静かに弔った。無知により、そらにしてあげられなかったことをしてあげたかった。毛をブラッシングして、体を丁寧に拭いた。膝に乗せるとまだ暖かくて生きているかもと錯覚する。身体の左側、お尻、お腹、顔、今度は右側、そしてもう一周して綺麗に拭いた。目も閉じて、舌もしまって、口の周りも拭いた。そうしたらすごくふわふわになった。
手足を引き寄せて姿勢を整えると、まるで寝ているみたいだった。
 
母が提案したこたろうを庭の月桂樹のふもとに埋葬するというのは良いアイデアだと思った。近くにいられる。こたろうの大きさを測りながら掘るのはなんとも言えない作業だったが、ひたすらに掘った。だんだんとコツを掴んできて、掘り進めるのが苦でなくなってきた。掘れば掘るほどふかふかの土になっていく。掘るのをやめたらこたろうを埋めなくてはならないと思うと、掘り続けたかった。
 
ひたすらに掘っていたとき、お隣さんが「お宝が出てくるといいですね」と声をかけてくれた。その言葉は、絶妙だった。なんだかよくわからない陶器が出土していたので、つい笑ってしまった。なんだと思って見ていたのかわからないが、何をしているか聞くでもなく、見て見ぬ振りをするでもなく言葉をかけてくれるそのふるまいに何故か救われた。
 
こたろうの最後の寝床に、良い穴ができた。たぶんこたろうがすっぽり入る、わたしの膝上くらいまでの深さがある楕円形の穴。
 
でも、埋めたくなかった。本音を言うと、愛する猫を土に埋めるのは怖い気がした。だから、穴だけ掘って帰ることにした。息を引き取る瞬間に立ち会えなかった家族にちゃんとお別れをしてから埋めてもらおう、という建前で怖い瞬間に立ち会わずに逃げた。
 
後日、妹から「こたろうを埋葬しました。ぴったりだったよ」と連絡が来た。やっぱりね。
 
こたろうはお茶目なやつだった。ありがとう。君の愛くるしさに救われたよ。実家に帰るのが楽しみだったんだ。寂しいけど受け入れるよ。生まれ変わったらもう一度うちに来てね。
 
そらもこたろうも、きっと今は星になって輝いている。
 
 
 
 
***
 
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2020-12-29 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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