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本屋の店長を辞めた彼が、竹細工を始めた理由


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:内藤恵子(ライティング・ゼミ集中コース)
 
 
「仕事、もう辞めるわ」
珍しくこじらせた風邪がインフルエンザになり、2、3日高熱を出して寝込んだ末の彼の結論は驚くほど予感させたものだった。私は平静にお茶を入れながら、なるたけ明るい声で言う。
「いいよ、嫌な仕事を一生やることはない」
そう自分にも言い聞かせる。多かれ少なかれ、いつかはこうなると思っていた。
やりたいことをやれば良い。一度きりの人生なのだから。
こうして彼は12年間勤めてきた本屋を辞めた。
 
御茶ノ水駅から徒歩数分、古い建物の二階にある彼の本屋は、一部のコアな利用客しか訪れない宗教書の専門書店だった。
国立大学を卒業して後、すぐにこの本屋に就職した彼は、さぞかし志が高かろうと思いきや、後で聞いた話によると「就職活動の仕方がよく分からなかった」そうだ。
けれども本屋の仕事は楽しいらしく、私にもいろいろなことを教えてくれた。
ポップの書き方、書籍の配列、季節毎の店内のオブジェ、仕入れ数に取引先の業者とのやり取り、ヤマトの集荷、そして委託販売の困った来訪者のあしらい方。
 
年末には恒例行事のようになった棚卸しの作業には、なぜか私も加わった。人手は多い方が良いらしい。1日だけだったが、手元のカウンターに在庫の値段を打ち込んでいく作業は、想像以上に単調でしんどい。本棚からの出し入れにもすぐに飽き、夕方にはたいてい腰が痛くなっていた。もともと手先が器用で丁寧な作業をする彼は、そうしたお店の小さな変化を毎日繰り返すことに、一定の満足感を得ていたように思う。
対人関係は不器用で接客向きではなかったため、だいぶ苦労はしていたが。
 
そんな彼に変化が訪れたのは、店長という肩書きが与えられてからだった。
「店長にはなりたくない」
 
彼はずっとそう言っていた。けれど元々小さな団体だったから、東京以外の店舗では正社員として雇われるのは店長だけで、名古屋、札幌、京都店も正社員はみんな店長だった。
 
「なんで?給料上がるし、いいじゃん」
聞けば、薄給は変わらずに店長とは名ばかり。
小売りの限界と裁量のなさ、そして見えない人間関係の色々、そして何よりも本が売れないことに、悩まされていた。
 
それでも店長になってから、彼は売り上げのために新しいことを色々始めていった。
書店員FBの更新、オンライン販売の一から構築、イベントの企画販売。
 
それでも、本は売れない。
本が売れない時代だ。書籍よりも本屋にある雑貨やカレンダーの方が売れていく。
 
「いつ沈むか分からない船に、いつまでも乗っている気はない」
 
いつからか、そう口にするようになった彼は、何も打つ手を持たないで、船が沈むことを待っているように見えるらしい同労者にも、明らかに苛立っていった。
 
そうして休日も含めた連勤が続いていたある晩、遅くに帰宅した彼はそのまま発熱した。
熱にうなされながら、ぐるぐる回る天井を見上げていたとき、辞めようと決意したらしい。
 
「誰かに使われるだけの仕事はもうしたくない」
「うん」
「自分で何かを生み出せる、一生続けられる仕事がしたい」
「――職人とか?」
 
もともと職人気質の人だ。向いているに違いない。
 
それからバイトを探す傍ら、伝統工芸や様々な職人の技術を一通り眺めた結果、ようやく行き着いたのが竹細工だった。
素人が簡単にできるもんじゃない。
 
日本で竹細工の専門学校として名を知られているのは、京都の工芸学校と大分別府の職業訓練校だけだ。私は2年間の単身赴任を覚悟した。
そして私たちは九州旅行にかこつけて、訓練校の見学に行った。
入学資格は三十代まで――四十手前の彼には人生のラストチャンスのように思えた。
 
「行かない」
「え」
「職業訓練校には行かない。そこを出たところで仕事はないと言われた」
 
確かに別府で教官に言われた。
「竹細工は売れないよ」
おそらく人生を投げ出して、竹細工職人になろうとしている血迷った30代に見えたんだろう。あるいは、本気かどうかを試そうとしたのかも知れない。
「この学校を出ても仕事はないよ」
 
頑固な性格の彼は額面通りに受け取り、そして逆に火が付いたらしい。
東京でガチの竹細工教室に通い、独学で竹を学び始めた。
千葉の田舎にある知り合いの竹林から真竹を切り出し、私が愛車のラパンで運ぶ。
私の書斎だった小さな部屋は、あっという間に竹でいっぱいになり、彼は夜な夜な籠もってそこで作業をするようになった。私はリビングに追い出された。
 
こうして彼は半年で、竹から3mの竹籤を切り出して、それを編み込み、竹かごを作る技を習得していった。六つ目編み、八つ目編み、ござ編み、なわ目編み。
本屋の専門用語から竹細工用語を私も新たに覚えていった頃、彼は教本に載っている編み方は大体できるようになっていた。
 
竹は安価で手に入るし、担い手がそんなに多くはない――これからのニッチで可能性のある領域。
おぼろげだけれど、彼は竹細工を始めた理由をそんな風に表現していた様に思う。
でも、それ以上に見ていて思う。
 
楽しいは強い。
自分でゼロから生み出すのって、楽しい。
 
「それ、どこで買ったんですか」
私も嬉しい。
自分の手にしている竹籠が、ゼロから作られたと知っているのが。
 
――今年秋、コロナ禍の煽りを受けて、旦那の勤めていた本屋がグループごと解散したことをFBで知った。彼が開拓し、担当者が交代してからは、更新頻度の下がったFB。そのアクセス数が今までで一番延びたのは、閉店最後の投稿だった。
 
 
 
 

***

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2020-12-30 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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