カメラの腕がなくて、良かった
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:野口桃花(ライティング・ゼミ冬休み集中コース)
カメラの腕がなくて、良かった。
我ながら、ポートレート講座やフォト部を抱える天狼院の課題としてこの記事を書くのは随分と挑戦的だな、と苦笑している。しかし私は心からそう思っているし、カメラの腕がない人間が見た世界の一部をお伝えできればと思い、半ば喧嘩を売るような行動に出ている。
私はiPhoneユーザーだ。大学進学と同時にガラケーからiPhoneに乗り換えたから、もう7、8年の付き合いになる。iPhoneはその付き合いの間、新しい機種が出るごとに進化を遂げた。カメラ機能もその一つだ。CMでは「こんなに素晴らしい写真が撮れますよ、さあiPhoneにしましょう」とでも言わんばかりの映像が流れる。撮り方によっては、本当に素晴らしい写真が撮れるのだろう。
でも悲しいかな、私にはカメラの腕がない。日進月歩のiPhoneに頼ってもそれは変わらない。モノがどれだけ高機能でも、使う人間に技術がなければ、息をのむ一枚などはとても撮れないのだ。とはいえ風景を目に焼き付けられるほどの記憶力を持っている自信もない。けれど可能な限り記録には残しておきたい。そんなわがままな願望を持ったまま、露出やシャドウ、ポートレートなどと言った機能の意味も分からないまま、私は旅先の嵐山でシャッターを切った。
山々の間から覗いた11月の月は、細く美しい三日月だった。しかし写真フォルダに収まったそれはただの光点でしかなくて、あの輪郭なんてまるで見えやしなかった。
年の瀬も近づく12月下旬、陽が落ちる時間はとうとう16時半にまで繰り上がっていた。時差出勤を活用して定時より1時間早く退勤しても、夜色の空を望めるくらいの暗さだ。
ひと月前は嵐山をはじめとした京都各所へ旅をしていたが、ひと月もたてば、その記憶は仕事やプライベートの忙しさに埋もれてしまうものだ。写真フォルダには旅の記録こそ残っているが、所詮はデータとしての記録にすぎない。データ以上の情報を、データは語れない。
あの日あの瞬間の空気感や静けさを鮮明に思い出すことのできないまま、私はすっかり暗くなった帰路を急いでいた。
信号が赤になり、停止を余儀なくされる。おとなしく灯りに従い、青になるのを待つ。それにしても、東京は一気に冷え込んだものだ。そんなことをぼうっと考えながら、エレベーターで階数表示をつい見てしまうのと同じように、信号待ちの暇つぶしとして何の気なしに空を仰いだ。
都会の光の遥か上空に、私はあの日から心のどこかで探していたものを見つけた。
三日月だ。細く美しい三日月が、ビルの間から顔を出していた。
探していたといっても、私はそれを常に探し求めていたわけではない。例えるならば、「ずっと何か、誰かを探している」(新海誠『君の名は。』)ような感覚だった。ひと月前の大切な旅の一ページだというのに、それは忙しさの中で「何か」に成り下がってしまっていたのだ。けれどこの日、私は探し物の輪郭をようやく捕まえた。
嵐山の山々の間から覗くそれが脳裏に浮かぶ。
東京のただなか。街には煌びやかな電飾が溢れているというのにも関わらず、人間が作り出した光など私の目には一切入っていなかった。それどころか、私は東京を嵐山だと錯覚さえしていた。京都の電線は景観を守るため地下に埋められている、というのは有名な話だが、嵐山を感じている私の目は、電飾の光や電線を捉えながらにして視界から排除していたのだ。
京都へ旅をしていた三日間に思いを馳せる。あの日々で私が得たものは何だったか。あの日私がいた場所はどんな空気感で、どれくらいの気温だっただろうか。写真フォルダを覗くだけでは思い出せなかった事柄が、記憶の底からあふれ出て止まらなくなった。三日月をただの光点としてしか捉えられなかった反動だとでも言うかのように、あの日と同じ三日月を目にしたことで、記憶の蓋が開いたのだ。
人は手に入らないものを追い求めるというが、それはきっと正しいのだろう。
あの日の私にカメラの腕があったら、あのかたちを捉えられていたら。あの日の月はきれいだったな、と写真に数秒目を止めて、そのあとは無意識的にそれをスワイプしてしまっていただろう。細く美しい輪郭に満足して、思い出は思い出として記憶の底に埋もれたままだっただろう。
しかしカメラの腕がなかったからこそ、私は東京の三日月を見て、あの日の嵐山を思い出した。それは今だけに限らず、この先三日月を見るたびに何度でもあの日の嵐山にトリップし、思いを馳せるだろう。かたちなきもの・手に入らないものは、かたちあるものに勝る引力を持っている。きっと私の胸に、三日月はこれほどまでに執念深く居座ることがなかっただろう。
あの日、カメラの腕がなくてよかった。
かたちを捉えられないからこそ、記憶というかたちのないものを、私は思い出すことができるのだ。
こんなことを言いながら後日フォト講座を受講していたりしたら、笑ってほしい。
***
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