「長男だから後継だな」実家の農家を継がないと決めた理由
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記事:市川寛(ライティング・ゼミ冬休み集中コース)
「農家は手伝わなくいい。まずは高校を卒業してくれ」
僕が16歳の高校生の時、大晦日に自宅が火災で全焼した。
この出来事自体も辛い思い出だが、僕にとって更に心を締め付けられたのは、
火災当日、必死の形相で消火活動に加わる親父の顔を見た時の真顔の涙で、
事の重大性を理解した瞬間だ。そして、被災後の再建についての話し合いの
場で家族に申し出た「農家を手伝う」に対する親父からの冒頭の言葉だ。
未熟だった当時の僕は、力になれないなんて
「なんて無力なんだ」、「親が困っているのに何も出来ないのか」と。
自ら勝手に存在意義を失わせ塞ぎ込んだ。
本当にどうにかしたいのであれば、学校に行きながらも親に黙って
力仕事などして稼ぐ方法もあったのに。
親に甘やかされて育った僕にはそんな根性や反骨心のかけらもなく、
ただ言われて引き下がることしか出来なかった。
だが、今だから言える。親父はわかっていたんだ。僕の本心を。
農家の子供あるあるになるが、
小学生の頃の家族といえば、
親子三世代、休みもなく、毎日モクモクと作業し、
3度の食事は決まった時間。山の幸を中心とした質素な食事。
これまたモクモクと食すという「生活のための労働」というリアルな
日常が繰り広げられ、子供の僕の目には「仕事が楽しい」というキーワードを
見出せないで育った記憶だ。
周りの友達といえば
家に帰れば母親が迎えてくれておやつだ。そして休みは家族で外食。
長期休みといえば家族旅行。こういったことに関する友達同士の話題に
入れず、単純にそれが羨ましかった。
大家族の本家だった我が家は、
盆暮れ正月には親戚一同が集まることが多く、毎年、大きくなる僕への
挨拶言葉は、「大きくなったなぁ。長男だから後継だな」のワンパターン。
日常でも、たまに会う両親の知り合いからも同じセリフを浴びせられる。
僕は年々嫌気を覚えていた。
子供心でも、周りの大人が僕の将来を勝手に決めるなと。
そんな勝手な大人の些細な言葉の積み上げが、その後の多感な時期に入った
僕への、反抗テーマに育ち、それを体現するかのように
親に何も相談することなく、農業とは正反対の高校に進学していた。
だから僕が「農家を手伝う」と申し出た時に、
親父は息子が有事で感情的なっていることに気づき、
かけられた言葉は嬉しくても「僕の言っていることと、やっていること」が
かけ離れていたから、一時的な感情で物事を判断するな。という
メッセージを込めて答えていたのだが、もちろん、親に甘えて育っていた
当時の僕には到底、理解出来なかった。
そんな親子間で解釈の違いはあったが、
学校を卒業する頃には、僕は自分がやりたい仕事で生きていく決心を固め、
自立を求めて親元を離れ、一心不乱に働いた。
その後、幾つか仕事を転々とし何とか自立を果たし、パートナーと出会い
結婚。子供も授かり会社員としてある程度の生活を手に入れた。が、
年齢を重ねるにつれ、何故か両親が続けている農家への関心が高まって
いたのだ。
その理由も単純だ、
帰省した際、僕がやっと社会人として自立出来たことを
親父が認められるようになったのか、次第に仕事に関する話題が増え、
それまで親父がほとんど語らなかった農業について
「続ければ続けるほど、楽しいし奥が深い」、
「答えがわからないからこそ、創意工夫のしがいがある」と。
70歳を過ぎても、なおプライドを持って仕事を探求し情熱を注いでいる
言動や姿に、僕が嫉妬したからだ。
それは僕が昔、子供心に感じていた「生活のための労働」というより、
「農業は人生だ」と言わんばかりで、いつしか尊敬の念を抱くようになって
いた。
そんな嫉妬から芽生えた農業への関心は、
明らかに親父の熱量が僕に伝染しているからだ。もっと言えば、すぐにでも
僕から頭を下げて教えを乞いたいとも思っている。
でも、まだその時ではない。
それは何故か……。
僕はまだ甘い。もう少しこの余韻に浸りたいからだ。
当然、親父は昔に比べては体力は落ちているが、
それをカバーするだけの知識と経験、そして技術が備わっており、
加えて変わらぬ情熱を傾ける姿に、芸術家が重なり
澄み切った姿勢で、自身の農業を追い求めるアーティストのように
作品を完成させようとしているからだ。
だから僕が中途半端に介入し作品の邪魔をしたくない。
とくかく近くで見ていたいのだ。
僕の勝手な推測ではあるが、今の親父を見ていると、
ここ数年の間で、大きな何かを掴むとも思っている。
だからそれまで、親父がくたばる訳が無い。
僕はそれからでも遅くはないと思っている。
だって親父の熱量が、僕の心に確実に伝染しているからだ。
僕はこの恵まれた環境に心から感謝している。
一度は「家業を継がない」と決めたが、今は違う。
いつでもやってやる。と思っている。
だって、人は熱量があればいつでも変われる。ということを
僕が創り上げればいいのだから。
***
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