メディアグランプリ

祖父が作るつやつやの鏡モチの想い出


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記事:こひだまり(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
幼い頃のことを鮮明に覚えている人もいれば、ほとんど覚えていないという人もいる。
 
先日、祖父がコロナ禍の中、静かに亡くなった。
入院中、面会は禁止で、いよいよ最期というときになっても、お見舞いは1人だけに限られていた。
 
私は会いに行けなかった。
だけど、心はきっとつながっているはずと、せめて祖父のことをたくさん思い出したくて、記憶をさかのぼった。
 
私は、あまり幼い頃のことを覚えていないほうだ。
 
鮮明に覚えているのは数えるくらいの出来事。
 
そんな中でも、私が思い出すのは、年末に祖父と鏡餅を作った想い出だ。
 
祖父の家は、私の住んでいた家から車で30分ほど走ったところにあった。
 
私は、いつも期待をふくらませながら母の運転する車に乗り込んだ。
 
後部座席から眺める祖父宅までの景色は今でも、わりと鮮明に思い出せる。
坂を登りきったところにあった電気屋。踏切りを渡り、近所では手に入らないものを購入するためによく行くショッピングセンターを通り抜け、街はしだいに見慣れない景色に変わっていく。
 
家の前に到着して母が車を駐車する前に、私と妹は車をおろしてもらう。
そして、少しドキドキしながら、一番に祖父の家のドアのチャイムを鳴らす。
 
「はーい」という声がして、長身だった祖父が少し腰を折り曲げながら顔を出す。
少し照れているようにも見える、優しくほころんだ笑顔を見るのが好きだった。おでこに、くっきりと横皺ができている。
 
木造の祖父の家は、独特の匂いとひんやり感があった。
そして、なぜかいつも少しだけ薄暗かった。
渡り廊下を歩くと、みしみしと音がする。
 
トイレが印象的だった。木でできた戸をあけると、小さなタイルがはられたその空間はトイレと言うよりは、厠という方がふさわしい感じがした。
上からたれたヒモを引くと水が流れる仕組みの和式トイレで、腹痛を撃退するための閻魔様の札が貼ってあった。のちにそれは、洋式トイレにリフォームされた。
 
95歳で逝った祖父は、幼少期を戦前にすごしていたから、生きているうちに生活様式も大きく変わったに違いない。高度成長期を経験し、新しいものが好きな人だった。
 
さて本題の、年末の鏡餅づくり。
そんな祖父は、年末になると、自ら鏡餅づくりとお正月用のための、のし餅づくりを企画した。
 
いつも、台所仕事をするのは祖母なのだが、こういうときには祖父が仕切った。
しかし、鏡餅づくりと言っても、杵と臼を持ち出して餅をつくわけではない。
 
祖父がいつも、うやうやしく取り出すのは、電動の餅つき機だった。
 
その電動の餅つき機に、祖父が湯気がもうもうと立ち上がる蒸したもち米を、うやうやしく入れる。
それを、母や私達、孫がじーっとみつめるという具合だ。
 
その後は、その餅を電動餅つき機でつく。
取り出すのに最適なタイミングがあるのか、なぜか祖父は餅つき機にはりつき、時間管理を行う。
果たして、はりつく必要があったのか、今思えば謎ではあるのだけど、当時はそういうものだと思っていた。
 
音楽が流れると、電動の餅つき機を祖父があける。
もうもうと湯気が立ち上がる餅を、粉を敷かれたテーブルの上に広げる。
 
今思えば、昔からの伝統的な生活様式の中に、電動の餅つき機が投入され、新旧入り交じる様子がなんとも可笑しかった。
 
鏡餅づくりがいよいよ始まると、あまり口数の多くない祖父が、見てご覧というふうに、
さっと餅をひとつかみとる。
餅の内部の、まだ外気に触れていないアツアツな部分を、クルッとまるで皮を向くかのように出して、くるくるっと円を描くように粉の上に押し付けていく。
 
すると、鏡餅は、不思議とツヤツヤと光り、その名の通り鏡のような輝きとなった。
 
私達、孫はそれを見て、自分もできる!やってみたい!と、さっそくその動きを真似てやってみる。
けれど、どんなに頑張っても祖父の出した輝きは出せずがっかりするのだった。
 
それなりに、きれいな形に整形はできるのだけど、祖父の作る鏡餅のようにはならなかった。
 
祖父のつくった、輝く美しい鏡餅は、ウラジロの上に置かれ、床の間に飾られた。
 
いつか、私もあんな鏡餅を作れるようになりたいと思っていた。
数年間、その行事は続いたけれど、ついぞその域に達しないまま、私は友達との約束だとか色んな理由で、祖父のその行事に参加しなくなってしまった。
 
そして、いつの間にか祖父は高齢になり、鏡餅づくりの会自体も開催されなくなってしまった。
 
今年、新年に我が家に飾った鏡餅は、スーパーでかったプラスチック製の鏡餅。鏡餅の中に、小さなビニール袋で作られた丸い餅が5個入っていた。
子どもたちは、それを鏡開きの日に喜んで奪い合って食べた。
 
それを見ながら、私は祖父との鏡餅作りのことを、懐かしく思い出していた。
 
たくさん抱っこしてもらったはずだし、何度もにぎやかな食卓を囲み、祖父と楽しい時間を過ごした。でも、なぜか今でも鮮明に心に蘇るのは、あのときのツヤツヤに輝く鏡餅だ。
 
祖父の最期には母が会いにいった。
 
目を開けることはできなかったが、手をギュッと握り返し、母が部屋をでるときには、手を振ってくれたらしい。
 
私は、最期に祖父に会うことは叶わなかったけれど、心はきっとつながっていると信じて、もうだいぶぼんやりとしてしまった幼い頃の記憶から、一つ一つ取り出し、これからも慈しんでいきたいと思う。
 
そして来年は、私も電動の餅つき機で、子どもたちと鏡餅づくりをしてみたいと思う。
 
 
 
 
***

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2021-01-24 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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