昔からの天敵と仲直りした話
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記事:猪熊チアキ(ライティング・ゼミ平日コース)
ああ、また負けた。これで何回目だろうか。
私はたった今、とある天敵に負けてしまった。彼とは長年の付き合いだ。いつも私の考えに茶々を入れてくるし、私が失敗したときは誰よりも私を責め、馬鹿にして笑う。いつからか耐えかねた私は、奴に戦いを挑み、攻撃し返すようになった。これでもか、これでもかと奴をとっちめるのだが、しぶといもので、20年経ってもピンピンして現れる。
その天敵とは、私の中にいるもう一人の私だ。
平たく言うと、私は私のことが昔から好きになれない。だから私は、いつの間にか心の中にもう一つの私を住まわせるようになった。彼は、いつも容赦なく私を攻撃する。「君は○○ができない、優れた能力がない」と罵るのは序の口で、過去のトラウマを引っ張り出し、ご丁寧に見せつけてきたりもする。
私はいつも応戦し、「私にだってやればできるはずだ」「昔に比べれば今の私は成長したはずだ」などと言い返すのだが、いつも彼の迫力に負けてしまう。負けた瞬間は、じんわりと嫌な感触が胸の中を占める。
そんな彼が心の中に住み着いているせいだろうか、私はこれまでの人生でも、たくさんのチャンスを逃してきたかもしれない。傍から見れば、適切な努力をすれば叶うことが明白な目標ですら、取り組むことには相当な心労があった。目の前のチャンスをものにする前に、私の中の彼に勝つことの方が遥かに難しかったし、体力を消耗したからだ。
しかしそんな私が、とうとうシャレにならないものを失うときがきた。ごく最近のことだ。具体的に何を失ったかここでは明言できないのだが、私の生命を揺るがすくらい重要なものだった。例えるなら、地球にとっての太陽くらい欠かせなくて、人間にとっての水くらい大切なものだった。あなたにとって大切な人、大切な仕事、大切な思い出などで想像していただけたら、とてもありがたい。
いつも心の中の彼と戦っていてボロボロな精神状態の私は、もろにそのショックを受け、文字通り立ち上がれなくなった。幸いその当時は仕事をしておらず、寝たい時間に寝ることはできた。それでも頭の中は、冷凍庫に数年放置されたアイスのように、芯まで冷え切って固く、不透明な状態だった。
そんなときは、いつもの彼も活発ではないらしい。皮肉なことに、私は久しぶりに、誰からも邪魔されず考えることができた。なぜ、私はああも大切なものを失ってしまったんだろう? 何がいけなかったのだろう? それとも、どうしようもないことだったのだろうか?
長らく考えているうちに、私は突如、胸を槍で一突きされたような感覚を覚えた。痛みと共に、湧き上がってきた結論があった。「重要なものを失うのは、私が弱いからだ」
私はいつも、私を罵倒する心の中の彼に負けていた。一応抵抗はするものの、負け戦の方が遥かに多いから、いつからか「負けても仕方ない、気にしすぎないほうがよい」と思うようになっていた。それは、私の精神を消耗しすぎないようにと働いた、防衛本能だったのかもしれない。ともかく、私はいつも心の中で負け戦を繰り広げており、気持ちはいつもくたくたの敗残兵だった。だから、現実に存在する重要なものを守ることに、エネルギーを注ぐことができていなかった。
私はオオカミのような叫び声を上げて泣いた。心底、自分を嫌う自分の弱さが憎かった。こんな事態になるまでは、やっかいな自分嫌いもいつか治ると思っていた。しかし現実は、自分嫌いが治る前に、不毛な負け戦に精神力も体力も持っていかれ、本当に大切なものが指からすり抜けていってしまった。
ギャンギャン泣いたその夜から、不思議ともう、私は彼の攻撃におびえなくなった。流した涙がそのまま、彼の攻撃を飲み込む大きな盾になったような感覚だった。彼は相変わらず私の心の中にいて、私ができないことやできなかったことをあげつらう。挙句の果てに、「君がそんなにも優秀じゃないから、重要なものを失ったんじゃないかい?」とまで煽ってくる。
しかし私は、彼の言葉によって不安を増幅されなくなった。涙でできた大きな盾は、彼のトゲトゲした言葉を、おおらかに包んでいった。その盾を前にすると、彼も諦めたように口を閉じ、黙って私を見守るようになった。私は彼と、何十年ぶりかの和平を結べた気がした。
その後も、しんどくなりたまに寝込むことはあれど、心が不安定なままに、目の前のチャンスをおざなりにすることは減っていった。そして彼のことを、少し厄介だが共生していくべき妖精のように感じていた。もう私は理解していた。彼は私の弱さの化身だ。いちいち私の足を引っ張ることで、私に彼自身の存在を主張していたのだ。彼は私に存在を認めてもらいたがっていた。
以前の私は、強くなるとは、自分の弱さを徹底的につぶすことだと思っていた。しかし実際は、彼を攻撃すればするほど、彼は大きく膨れ上がり、手が付けられなくなっていった。そして、現実の生活にある重要なものに注目できなくなるくらい、強いマイナスのパワーを持ってしまっていた。
本当は、彼の放つ攻撃を無防備な格好で受け止め、心の赴くままワンワンなくことが大切だったのだ。これに気づいたとき、以前はあふれ出る溶岩のように大きく見えていた彼の力が、実際はこぶし一つ分くらいの鉛玉くらいなのだと、はっきりと感じられた。
これからも私は、すぐに何の疑いもなく自分を好きになることはできないかもしれない。だから、一こぶしくらいに縮んだ彼とも、しばらく付き合いを続けていくことになる。しかし、今なら彼と上手くやれそうな気がするのだ。そして、近い将来、私は私のことをとても好きになれそうな予感がしている。
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