メディアグランプリ

垢抜ける  


小堺さん 垢ぬける

 

記事:小堺 ラム(ライティング・ゼミ)

 

大晦日、僕は田舎に帰省した。

飛行機と電車を乗り継いてやっとのことで実家に着き、居間に荷物を置くのもそこそこに、母が切れかかった台所の電球を買いに行くように僕に頼んできた。
早く腰を下ろして休みたい気はやまやまだったが、しぶしぶと僕が小学生のころからずっと営業している近くのスーパーに歩いて向かった。
僕は、母に頼まれた電球を手に取り、店内に3つあるレジのうち、真ん中のレジに並んだ。
ふと左側のレジに視線を向けた。
清算を待っているその客の中に、人目を惹く女性がいた。

買い物かごいっぱいに正月用の食材を入れ、これを手で持ち、並んでいる。
着ている服は、ごくカジュアルなブラウンのダウンジャケットに何の特徴もない黒いパンツだった。
髪形だって普通の黒いストレートのセミロングで別に凝っているわけではない。
何のこだわりもなさそうな装いをしているのに、その人の美しさは漏れ出ていた。
ただ華々しく放たれるまぶしい美しさではない。
華々しい美しさが太陽だとすれば、彼女のそれはまるで月明かりのようだった。
じんわりとひっそりと辺りを照らす、月のようだった。
美しいのだけれど、そこはかとない憂いと哀しさを含んでいるように感じた。

こんな田舎にあんなヒトがいたんだなあ、里帰り中なのかなあ、等と、僕は何者でもないただの男になってあれこれ思い巡らせながら、その人から視線を外すことができなくなっていた。

彼女は先にレジで清算を済ませ、店の出入り口近くのテーブルで、持参してきたらしいモスグリーンのエコバックに支払い済みの商品を入れていた。
僕は、電球の支払いを済ませ、これで見納めだなあ、いやキレイな人だったなあと思いながら、その気持ちを悟られないようにひっそりと、彼女が商品をエコバックに移している真横を通り過ぎ、名残惜しむように店を出ようとしていた。

「もしかして、古田君じゃない?」

商品を入れる手を止めて、彼女が僕に言った。

「私、高校2年生の時同じクラスだった、覚えてない?」

僕は、まさか声をかけられると思ってもみなかったので一瞬怯んだ。
しかしながら、一方で彼女が何者なのか必死ではじき出そうとしていた。

あっ、もしかして……
でも、まさか。

高校2年生の時、クラスにとても地味で無口な暗い女子がいた。
いつも小難しい本を読み、確か美術部で黙々と絵を書いていたと思う。
その子はあまりにも暗かったし地味だったから、クラスの男子にとって彼女の存在を当時の表現でそのままいえば、まさにアウトオブ眼中って感じだった。
僕も、多分に漏れず彼女にそんなに興味は湧かなかった。
もっと明るくて、きゃぴきゃぴしているわかりやすい女子が好きだった。
ただ、学校の文化祭で彼女が描いた絵を見た時、僕は彼女の絵が掛けてあるその位置から、足が動かなくなり、いつまでもその絵を眺めていたことを思い出した。
海の上に月が描かれていた絵だったと思う。
何かこれを書いた彼女のような暗い絵だったような気がするけど、なぜか僕はその絵に心を掴まれたことを思い出した。

そうか、あの絵を描いた彼女だ!
こんなに雰囲気のある女性になったんだー。
いやー、びっくりした。
女性ってこんなにも変わるもんだ。
垢抜けるって、きっとこんな変化を指すんだろうか。
「あの、美術部だったよね……」
僕は、すっかり美しくなった彼女の方から声をかけてくれたことに戸惑いながら、どきどきしながら答えた。

彼女は、「そう、覚えててくれたんだ」と答えた。
清算済みの商品をエコバックに移し替え終わった彼女と僕は、店をあとにした。
並んで歩きながら、お互いに今は帰省していること、高校を卒業してからの近況を簡単に話した。
真横に見る彼女の顔の造形は、高校二年生の時と比べて、少しほっそりした以外はほとんど変わっていないことがわかる。
今の彼女の美しさは、まぎれもなく憂いと哀しさをはらんでいる、このたたずまいである。

そんな彼女を感じながら、僕はふと思った。
ひょっとしたら、彼女は何にも変わっていないのかもしれない。
無口で暗くて、小難しい本ばかりいつも読んでいた高校2年生のあの頃と、何にも変わっていないのかもしれない。
変化したのは僕の方かもしれない。
僕が、彼女の中に孕んでいる憂いや哀しさを、ようやくわかるようになった、ということなのだろうか。
高校2年生の時には気がつかなかった彼女の本質的な、どちらかというと陰のある魅力にやっと気が付けるようになったのだろうか。
いや、それも違うような気がする。

高校の文化祭の時、彼女が描いた暗い月夜の絵にくぎ付けになった僕は、その頃から既に、憂いや哀しさを本質的に知っていたのだ。
だからこそ、あの絵の前から僕は動くことができなかった。
ずっと長い時間、あの絵を眺めていた。
僕は、彼女が描いた絵の中に、憂いや哀しさを見つけた。
そして、彼女の絵の中に見つけた憂いや哀しさと同じものが、僕の心の中でざわついていた。
でも、当時はそれが何なのかよくわからなかった。

しかし、今ならわかる。
僕の心の中に知らずのうちに積もっていた憂いや哀しさが、彼女の絵を見ることで反応していたのだ。
ただのおちゃらけた高校生だった僕は、当時そんなことに、気が付くことができなかった。
しかし、今の僕なら、きっと彼女の本質を知ることができる。
彼女の美しさの要素である、ただならぬ憂いと哀しさを感じることができる。
それは、間違いなく僕の中に元々存在していたものだからだ。

垢抜けるって、単に目の前にいる相手の変化や洗練を指すのではない。
自分の本質をわかるようになって、目の前の相手の良さに気が付けるようになる。
垢抜けるという言葉には、そんな意味も含んでいると思う。

僕はそんなことを感じながら、彼女に目を向けた。
はちきれそうになったエコバックを下げている彼女。

「あ、オレ、持つよ」

とっさに僕は言った。

「ありがとう」

はにかみながら彼女は僕に言った。
僕は、これからもっともっと、彼女の事を知ることになるだろう、そんな気がした。
そして結局僕は、彼女の事を深く知れば知るほど、他でもない自分のことをより深く知ることになるのだ。
こうして、人は、人を知ることで自分自身を知っていく。
それが、垢抜けるってことなんだろうと、大晦日の日、僕はまた一つ自分を知ることになった。

 

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2015-12-30 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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