メディアグランプリ

例えば、残業中に同僚がくれた一粒のチョコレートのように。

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鈴木さん 例えば残業

 

記事:鈴木彩子(ライティング・ゼミ)

 

21時。パソコンの電源を落としてカバンを肩にかけたところで、眉間にしわを寄せてディスプレイとにらめっこする同僚の姿が見えました。
「大丈夫?」
私が声をかけると、彼女はキーボードを叩く手はゆるめずに、でもほんの少し表情をゆるめながら、こちらをチラッと見て、
「うん、大丈夫」
と微笑むと、すぐに視線をディスプレイに戻して、せわしなくキーボードを叩き続けました。私と彼女は担当している仕事の種類が少し違うので、手伝うとなると多かれ少なかれどうすればいいかを説明してもらわなければなりません。おそらくそのときは、説明して手を借りるよりも自分でやっちゃった方が早いという状況だったのでしょう。私は表情とジェスチャーで「がんばって!」と伝えると、オフィスを後にしました。なぜか、チョコレートを持っていない自分をとても悔やんでいました。

別に、チョコレートを常備していてその日はたまたま切らしていた、というわけではないんです。むしろ逆で、どうしても小腹が空いてしまったときに、食べきれる分だけを買ってくるので、チョコレートどころか甘いものを携帯していること自体ほとんどないのに、どうしてあのとき、チョコレートがないことを悔やんだのでしょう?

インターネットで「チョコレート 効能」と検索してみると、疲労回復や集中力の維持、リラックス効果などの説明がものすごい勢いで出てきます。するとあのときの私は、焦りと緊張で張りつめた状態の同僚を、チョコレートの効能によって疲労回復させ、リラックスさせて、集中力を高めてあげようと思ったのでしょうか? いや、そんな論理的な発想ではなかったと思うのです。

そもそも、論理的なものをなるべく避けてきた人生でした。数学が苦手で、「証明せよだと? 偉そうにっ!」と涙目でテスト用紙に向かうタイプでした。
逆に国語は好きで、特に小説の部分は授業そっちのけで読み進めたりしていました。国語教師だった祖父がハードカバーの本を山ほど買ってくれたことも、物語好きになった大きな要因だと思います。布張りの立派な装丁のファンタジー小説を読みながら、いつか自分も何かの拍子に冒険に出かけることになっちゃうかも……なんて、半ば本気で思っていました。あ、もちろん小学生の頃の話です。
何かの拍子に冒険に出かけることは無いと分かった後も、人が人を想う物語に涙し、ドタバタのコメディに夢中になり、目の覚めるような大どんでん返しにワクワクしました。さまざまな物語に触れることで、さまざまな種類の「面白い」が存在するのだと分かりました。物語に向き合っている間は、この上もなく楽しくて、満ち足りた感覚に浸ることができました。

やがて読むだけでは飽き足らず、自分でも物語を書くようになりました。しかし読むのと創るのとでは全く違います。いざやってみると、舞台設定は穴だらけ、人物設定はブレまくりで途中からキャラが変わる、ストーリー展開は説明が足りなさすぎてぐちゃぐちゃ。壊滅状態とはまさにこのこと! 論理的思考を避けてきたツケがとても分かりやすい形で回ってきていました。それでも物語を書くのは楽しくて、いつしか小さな自主公演という形で、創った物語を観てもらう機会を設けるようになっていきました。

そうして何本か書いていくうちに、題材が何であろうと、作品の中に必ず入れようとする要素があることに気づきました。

一、人が人を想う物語にしたい
一、軽妙な語り口で、笑えるところを作りたい
一、ワクワクしてもらえるような仕掛けを入れたい

これらはすべて、私が好きになった物語に備わっていた要素でした。

ある舞台演出家さんが言っていました。「人間は、かつて自分を救ってくれたものに夢を見る」と。ちょっと大きな話なので、これが日常にどうリンクするのかピンとこないかもしれません。では、こう言いかえるとどうでしょうか? 「人は、されてうれしかったことを人にもしたがる」。

オフィスからの帰り道、ここまで考えてやっと腑に落ちました。なぜがんばる同僚にチョコレートをあげたいと思ったのか? 私は、うれしかったんです。かつて自分が仕事に追われ、冷や汗とワキ汗を大量に流しながら「やばいやばいやばい」と残業していたときにかけてもらった「大丈夫?」のひと言が。「無理しないようにね」とそっとデスクに置いてくれた一粒のチョコレートが。そして、そのチョコレートをほおばったときに沁み渡った甘さと、肩の力がフッと抜けたような感覚に、もうひとがんばりする元気をもらったのです。だから、無力な自分の精一杯のエールを同僚に伝えたいと思ったとき、チョコレートが脳裏をよぎったんだと思います。

物語も同じです。私が物語を創り、もっと面白い文章を書けるようになりたくてライティング・ゼミに通い始めたのは、私自身が物語に心揺さぶられ、癒され、驚かされ、楽しませてもらい、次の1週間をがんばる元気をもらってきたからです。物語を通してなら、無力な私でも誰かを応援できるかもしれないと思ったからです。
残念ながら今の私にはまだまだ力が足りません。次の日の午前中を乗り切る元気をプレゼントできたら御の字という状況です。これが「次の日の午後」になり、「次の1日」になるように思考錯誤しながら、それでも、自分が作りだす物語が、そして今ご覧いただいているこの文章が、ささやかな「残業中のチョコレート」になれればいいな、などと願いながら今日もパソコンに向かうのです。

 

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2016-01-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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