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お墓は博物館

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記事:三浦康志(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
「お墓、どうする?」
10年程前から、妻と私とで、時々こんな会話を交わします。私は実家を離れて都会で暮らす次男です。実家の墓に入る選択はありません。
 
普通の墓はカッコ悪いと思ってきました。自分らしい何かを求めています。決め切れていませんが、タイムリミットがあります。自分が死ぬまでに決めなければ、自分が避けたい普通の墓になってしまいます。
共同墓地がいいのか、自然葬もいいかもしれません。自然葬なら山より海の方がいいな。でも、そもそもお墓って必要なのかとも考えます。
 
そんなことを考えている時に、ある新聞記事を読んで衝撃を受けました。瀬戸内海の豊島という小さな島にある「心臓音のアーカイブ」というモダンアート博物館に巡礼者が訪れているという記事です。記事にはこう記されていました。
 
「亡くなった夫がここ(心臓音のアーカイブ)に録音を残していたことを思い出した50代のフランス人女性が、わざわざ本国から訪ねてきたことがあるという。担当者が声をかけると『心臓音を聞いたら夫がここにいるような気になりました』と答え、アーカイブに自分の(心臓)音も残していった。」
 
この博物館には行ったことがあるので、この意味がよく分かりました。でもここに初めて行った時には、単に奇抜な作品だと受け止めました。行ったのは2016年の瀬戸内国際芸術祭の時です。
 
この博物館がある瀬戸内海の豊島は、直島の隣にあります。直島は、ベネッセグループが「島丸ごと博物館」というコンセプトのもとに、島中にモダンアート作品を展示している島です。
 
東隣の豊島は、産業廃棄物の不法投棄で有名になった島です。その負のイメージを払しょくするために、ベネッセグループが第二の直島にすべく、博物館づくりを推進しています。「心臓音のアーカイブ」もそのうちの一つなのです。
 
「心臓音のアーカイブ」の玄関を入ると、真っ暗な空間があり、太鼓のような音が何重にも聞こえてきます。音に合わせて照明も点滅します。その太鼓のような音は心臓の鼓動なのです。その先にある瀬戸内の風景を眺める安らかな部屋で、他人の心臓音をヘッドホンで聴けるのです。誰の心臓音かが明記されています。
 
心臓音を何人か聴いてみて感じたのは、心臓音には個性があるということです。人によって大きな違いがあるのです。これは大きな発見でした。心臓音など誰でも一緒だと、それまではぼんやりと思っていました。それは間違いでした。強い心臓音、静かな心臓音。早い心臓音、規則正しくない心臓音など、千差万別です。
 
「心臓音のアーカイブ」は、生と死をテーマに表現活動を続けるフランスの芸術家、クリスチャン・ボルタンスキーが、2010年の瀬戸内国際芸術祭時に制作した作品です。制作から11年過ぎて彼の意図がだんだんわかってきました。
 
心臓音をここで記録した人が延べ4万人いますが、前述のフランス人男性のように、亡くなる人が出てきたのです。亡くなっても心臓音は保管され続けます。亡くなってこそ、心臓音の価値は高まるのです。
ボルタンスキーは、心臓音のアーカイブを「巡礼の地」と表現していますが、それは「お墓」の一種だと私は捉えました。
 
心臓音のアーカイブによって、お墓についての思考が整理できました。お墓とは、墓石とか中に入っている骨のような物的な存在よりも、亡くなった人に寄り添えたり、亡くなった人が見守ってくれると感じられる「ソフト」が大切なのだと思うようになりました。
ソフトがしっかりしていれば、ハードのスペックはどうでもいいのではないかと思い始めました。
 
2016年に心臓音のアーカイブを訪問した際は、ボルタンスキーの意図を理解できなかったために、自分の心臓音を登録してきませんでした。次回行った際は必ず登録しようと思います。登録した心臓音は未来永劫保管され、誰にでも公開されることになります。登録費は永代供養料とも捉えられます。登録費の1570円は世界一低価格な永代供養料といえます。
 
「亡くなった人に寄り添えたり、亡くなった人が見守ってくれると感じられるソフト」は心臓音だけに限りません。自分が一生懸命生きた活動が永続的に記録されることは、全てそのソフトだといえます。このコラムが天狼院書店のHPに掲載され、天狼院書店が永続すれば、天狼院書店のHPも私のお墓の一種となります。
 
人は忘れられた時が本当の死、ということを聞いたことがあります。忘れられないためにお墓は存在しているのかもしれません。昔はお墓だけが忘れられないための媒体だったのかもしれませんが、現代ではそのための媒体は無数にあります。心臓音のアーカイブもその一つなのです。
 
それらを上手に活用して、一生懸命に活動した証を記録することが、本質的なお墓だと思うようになりました。
 
 
 
 
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2021-03-12 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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