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メディアグランプリ

とある、往復1500円の冒険



記事:大場理仁さま(ライティング・ゼミ)

 

昔から散歩というものが好きだった。そして、自転車で目的を持たずにどこかに行くということも好きだった。地元ではあるけど、自分の知らない場所に行くということに惹かれていた。少し変かもしれないけれど、夜の街灯に照らされた街を自転車で行き先を決めずに走るということもよくする。

昔、中学生の時に東京から高崎まで自転車で行ったことがある。無論、中学生の持っている自転車なんていうのは高級なロードバイクなんてものではなく、ママチャリだ。やりたいことと比べて、明らかに低スペックである。それに朝の7時にまたがって、当時のお小遣いの半分の額である1500円を財布に入れて、約100km先の目的地へと自転車を走らせた。

彼がそこに行こうと思った理由は、特に何もなかった。友達がそこに転校したわけでもなければ、何かのイベントがあったわけでもない。観光をしようという感情さえもなかった。実は、単純に中山道と環状七号線が交わる交差点で「高崎 98km」を目にして、時速20km程度で走ることができれば、行って帰ってくることが可能なのではないかと思ったからなのだ。我ながら、昔の自分の発想力には驚かされる。当時、自転車通学であった私は学校までの約5kmの道のりを15分かからないくらいで走っていたから、きっとそう思えたのだろうけれども。

朝の7時に家を出発してからずっとひたすらに自転車のペダルをこいだ。途中で、スーパーで水を買ったり、トイレに行ったりしたが、それ以外はずっと自転車だ。そんな無味無臭で一見して楽しくなさそうな話だが、実は思いもよらない出来事が散らばっていた。特に、東京から埼玉へ移る時に見た、朝の太陽に照らされた荒川は忘れられないし、埼玉から群馬に変わる時は何もない坂道にその標識があったことに驚いた。他にも、もう今となっては顔がぼんやりと雲に隠されたようにはっきりと思い出せないが、高崎までの道を教えてくれたパン工場のトラック運転手のちょっとお腹の出たおじさんとの話を今でも覚えていたり、かわいらしい雑貨店がその道のりにあったことも、やたら大きいユニクロがあったことも、東京を離れれば離れるほど見たこともない店が並んでいたり、ネーミングミスしたのかと思えるラブホテルがポツポツとあったりしたことも覚えている。何もないようで、何かがあったりするものだ。

そうやって道を進んでいった末に、高崎駅に到着した。それと同時にバカでかい建物を目にすることになった。それは某大型家電量販店だった。これは東京にもあると思い、少しがっかりしたことを覚えている。それから中学生だった彼が街をうろついてみたが、その年齢で面白いと思えるものは街に見つからず、滞在時間1時間もせずに帰路に着いた。きっと、今行けば魅力的なところもあると思う。ただ、生意気な中学生には少し早かったのだ。

それからたしか3時くらいに高崎を出て、帰った。初めは太陽も頭上にいて明るかったが、時間が経つにつれ、夕暮れ時の橙色へと光が変わり、夜の闇を照らす街灯のライトへと光が変わっていった。帰り道も迷うと危ないと思ったため、来た道と同じ道をひたすらに進んでいった。それでは面白くなかったのではないかと思われるが、そんなことはなくて、帰り道で時間帯も違うし、見ている視点も少し違っているからこその面白さがあった。新しい発見がそこにはあった。群馬から埼玉に変わる場所は相変わらず変な場所に標識があったけれど、昼とは違い車が多くて通るのが大変だったり、埼玉から東京に移る時の荒川は朝とは違う夜の静けさを醸し出していた。そして、行き道では気づくことのなかったお店を見つけることもできたし、ネーミングのダサいラブホテルも夜になるとキラキラと光っていた。

結局、夜の11時に家に着いた。その日の収穫はたいしたことはなかった。そもそも収穫する気なんてなかったのだから。高崎の土産話なんていうのもなかった。そもそも1時間もいなかったのだから。だけれど、中学生の自分でもそこまで行くことができたということが嬉しかったし、そこでの発見が楽しかった。お小遣いの半分である1500円がそこで失われたが、彼は満足していた。

別に目的なんてなくても、適当な目的地をつけることは意外にも面白いものなのかもしれないと今になっても思う。高崎に行って何がしたいとかがなくても、行ってみることでいろいろなことがわかったりもする。目的があるときとは逆に、目的がないからこそ周囲を観察して面白さを探すということもあるのではないだろうか。

それは読書だって同じはずだ。自分の興味のある本ばかりを読んでいても、自分の知識は広がらない。好きな作家さんやジャンルに偏ると新しい発想が生まれにくいし、考え方が固まりだす。それでは、ちょっともったいない。時には、少し面白そうだという理由で本を買ってみると今まで思いつかなかった発想を得られるかもしれない。

もちろん、その中には、自分が思っていたのとは期待はずれの結果に終わるかもしれない。それは昔の私が高崎に行って、すぐに帰ったのと同じように。だけれど、その文脈の中で得るものがあれば、それはそれでいいのだと思う。自分にはそれが合わないという失敗の経験もまたいいのではないかと考えたりもする。あらかじめ立てた目的を達成するだけでなく、時には目的を持たずに自転車を走らせてみると、思いもよらなかった出来事に出会えるはず。それこそ本はだいたい1500円あれば、一冊買うことができるのだから。

 

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2016-02-25 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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