医療者が行き来する、どこでもドアの向こう側
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記事:りんご(ライティング・ゼミ集中コース)
いまの医療現場は、私たちが生活する場と大きく乖離している。どこでもドアの向こう側である。一歩踏み入れると、何もかもが違う。緊張感も、切迫感も、悲壮感もまるで違う。まるで別世界のようである。どこでもドアを閉じると、先ほどまで見ていたものが虚像とさえ思えてしまう。
新型肺炎ウイルスにより、医療崩壊の足音が近づいている。例に漏れず、私の地元の保健所や病院も混乱を極めていた。私も何か協力することができないかと思い、年末に一時的に現場のサポートをした。
久しぶりの現場のため、事前に送られてきた分厚い資料に目を通し、関連法規を確認した。少しでも現場を離れると、日進月歩の医療に置いてけぼりを食らう。そのため分厚い資料を読み込み、徐々に現場感覚を取り戻し、用意周到に準備した。そして冬休みをコロナ対応に当てた。
寒い朝だった。緊張とともに現場に足を踏み込んだ。あのピリピリした緊張感はいまでも覚えている。すでに疲労感が滲み出ている管理者とスタッフ、所狭しと並べられたホワイトボード、想像以上に混沌とした現場だった。どこでもドアの向こう側はまるで別世界だった。メディアを通じて外から見ていたものは、おそらく数週間前の姿だったのだろう。初っ端から大打撃を受けた。
「聞いていたことと違う……」
現場はまさにカオスだった。
次から次から緊急案件が舞い込んでくる。対応しても対応しても終わらない。無理をして仕事を捌いても、また緊急案件が舞い込んでくる。どんどん舞い込んでくる。際限なく舞い込んでくる。終わりのみえないマラソンのようだった。ゴールテープがいっこうに見えない。角を曲がっても、坂道を駆け上がっても、いっこうにゴールが見えない。身体的な疲労もさることながら、精神的な疲労が強かった。
さらに、通常の医療と現在の医療に大きなギャップがあり、そのギャップに苦しんだ。通常の医療では助けられるにも関わらず、現在の医療では対応できない。医療資源が限られているため最善の医療が提供できず、様々な葛藤があった。不甲斐無さや虚しさがあった。頭の中では社会全体の医療資源を考慮しなければならないことを理解できるが、患者さんを目の前にするとなかなか難しい。通常の医療では助けられると分かっているがゆえに無念だった。「いま、この場所でなければ……」と何度も思った。
おそらく、他の医療者も同じような葛藤を抱えながら現場に立っているだろう。やり場の無い怒りを抱えているかもしれない。無力感に苛まれているかもしれない。私は二つの世界を行き来する中でバランスをとれずに苦労したが、それでも現場に立ち続けてくれる医療者に尊敬の念を禁じ得ない。
帰り道の一歩はいつも重たかった。この惨状を周りの人に伝えていかなければならないと思った。向こう側とこちら側において、見ているものがあまりに違う。この戦いに対する認識があまりに違う。生活の場で目にするコロナ対策の緩みは、この戦いを他人事のように捉えているからであろう。向こう側の出来事として捉えてしまっているのだろう。私自身もこの惨状を目の当たりにするまでは我が事として捉えることが難しかった。どこでもドアの向こう側が見えない故に、こちら側は想像することしかできない。ただ、様々な葛藤を抱えながら、やり場の無い怒りを抱えて無力感に苛まれながらも、それでも現場に立ってくれる医療者がいることを忘れてはならないと思う。
向こう側に足を踏み入れた者として伝えたい。「移動を控えてほしい。少しでも医療の負担を軽減するために、あなたの移動を控えてほしい」
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