メディアグランプリ

留学中に出会ったカナダ人の彼、ともに過ごした日々は夢か現か幻か


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記事:松浦純子(ライティング・ゼミ平日コース)

「なんだかなあ」

太陽の光を受けて反射する海面をぼんやりと見ながら、わたしは独り言ちた。
夏はカナダのベストシーズンだ。街は花であふれ、世界各地からやってきた観光客が楽しそうに街を歩いていた。そんな人達を後目に、私の気持ちは晴れなかった。

留学エージェントから紹介されたホームステイ先は、静かに規則正しく暮らす几帳面な老夫婦の家だった。夫婦の趣味は映画観賞で18時から22時まで毎日2本。趣味というか日課だろう。映画好きな人だったら最高の環境だろうが、あいにく私は映画に興味がない。誘われるので頑張って一緒に観ていたが苦痛でやめた。しかも映画中は話しかけられない。何かを聞くと「あ、ちょっと待って」と毎度一時停止ボタンを押させるのが申し訳なく、いつしか挨拶だけになっていた。

そして語学学校で選択したコースが自分には全く合わず、やり遂げる自信をなくしていた。違うコースに変更したいと申し出たが、受け付けられず、どんよりとした気持ちで毎日を過ごしていたのだった。

満たされない気分を紛らわそうと、授業が終わると海を見に行った。
そんな時、出会ったのがカナダ人の彼だった。

カナダに留学していても実際に話ができるのは、学校の先生と、同じく留学している主にアジア人のクラスメイトで、現地の人と話す機会はほとんどないのだ。それゆえに彼との出会いも、会話も、私にとっては新鮮で救いだった。
写真で見た彼の家は、小高い丘の上に建つ白亜の邸宅と呼ぶに相応しかった。
何度か会っているうちに彼が「うちで一緒に住む?」と言ってくれた。

「ただ……」と言った後、彼はこう続けた。

「実は、うちには既に2人女性がいてね。まずは彼女たちに会って欲しいんだ」

なるほどね。私は三番手ってことか。
数週間後、一緒に暮らしている女性達と対面した。金髪ですらっと背の高い女性と、グレーがかった黒髪でふわふわの巻き毛をした綺麗な顔立ちの子がいた。

金髪の女性はパトリシアといい、昔、小学校の先生をしていたそうだ。それ故か「いつまでカナダにいるの?」とか「なんで留学したの?」とか質問攻めしてきた。黒髪の巻き毛の子はアナステージア、略してアニーと呼ばれフランス系の血を引いているとのことだった。人見知りの性格だというアニーは「どうも」と握手だけすると、その後は「あたし興味ないし」という態度を貫いた。なかなか手強そうだが、どこの馬の骨ともわからぬ東洋人の私を、彼女たちは受け入れてくれたらしいことに感謝した。

一緒に住む前に食事に招待され白亜の邸宅に足を踏み入れた。家を囲む森も彼の土地で、写真で見るよりもずいぶん大きな家だった。
「うわぁ! 素敵!」と私の目を釘付けにしたのは、綺麗に芝が敷かれ、彩り豊かな寄せ植えの植木鉢がたくさん並んだ中庭だった。そこには寝そべることができる屋根付きのブランコがあり、鳥やリスが餌を食べに来る姿が見えた。
もしかしたらこれは夢なのか? 夢でもいいからここに住みたい。いや、住む。
こうして彼の家で暮らすことになった。

今までとは全く異なる毎日だった。
みんなで近くの森や湖や海岸に行き、ウォーキングを毎回たっぷり1時間以上。
家に帰るとパトリシアと私は、氷を浮かべた白ワインにチーズをつまみながらテレビを見た。私はお酒が弱い上に、薄ぼんやりとした間接照明やキャンドルの灯りは眠気を誘った。女たち全員がウトウトと昼寝をしている間、「この家の女性達は揃いも揃って」と言いつつも、彼は口笛を吹きながら上機嫌で晩御飯の支度をしていた。朝には前の晩に彼が仕込んだパンが焼きあがっていたし、午前中から何かしらキッチンで晩御飯の仕込みをしていた。

ある日、私が使ったお皿を食洗機に入れていたら、パトリシアが「それ置いといていいよ。あとで彼がやるから。ていうか私それ使い方知らないの。もうとっくに諦めたわ」と言って、タバコを吸いに中庭に出ていった。
食洗機に汚れたお皿を入れセットし、翌朝お皿を食器棚にしまうのも、残り物にラップをして冷蔵庫にしまうのも、掃除をするのも全て彼だった。

「さすが元イギリス領、やっぱり女王様の国だわ」と感心した。
私はやまとの国の出だけど、ここにいる間だけは女王様の国の人にしてもらおう。

夜、私たちはいつもリビングのソファでテレビを見ていた。
躾ができていない犬をトレーニングする番組、とんでもない汚部屋を片付ける番組やクイズ番組など気楽なものだ。「これどういう意味?」と質問しても彼もパトリシアも快く答えてくれたし、逆に「これは日本では一般的にどう考えられているの?」と多くの質問もしてくれた。みんなでゲラゲラ笑っていたかと思うと、パトリシアがいつの間にかイビキをかいているのもいつものことだった。彼は私に向かってウインクし、パトリシアを起こさぬようテレビの音を小さくし、ブランケットをそっとかけるのだった。

アニーはというと、なかなか難しいお嬢さんだった。
私がソファに座っていると、アニーはふわふわの巻き毛を揺らしながら、私の前に立ちはだかり「どいてくんない?」と言わんばかりの無言の圧をかけてきた。私が冷蔵庫のコーラを取りに席を立った瞬間にさっとソファを奪い、すました顔して寝たふりをした。すると彼が私に自分のソファを「どうぞ」と勧めてくれるのだった。

あまりに楽しくて幸せな毎日で、毎晩大きなクイーンサイズのベッドに潜り込むときには「どうかこれが夢でありませんように」と祈りたくなるほどだった。

ある晩、彼とパトリシアが2人で出かけアニーと2人で留守番をした。
アニーは置いて行かれて不貞腐れていたのか、別の部屋で寝ているようだ。
大きなリビングでひとり、いろいろなことを考えた。

もし私が映画好きだったら、最初のホームステイ先を出て行こうなんて思わなかったはずだ。学校も違うコースを取っていたら1人で海を見に行こうなんて思わなかったし、彼と出会うチャンスは生まれなかった。人生、本当に何が起こるかわからない。
そう考えると、それまでの苦しかったことも、彼らに出会うために巧妙に仕組まれた試練だったようにさえ思える。私の脳裏には「人間万事塞翁が馬」という言葉が過った。
ぱっと見、オセロの勝負が負けに見えても、負けじゃない。急にぱたぱたと駒がひっくり返る可能性だって十分にあるし、仮に全部の駒が相手の色になったとしても、そのときはそれが最高の采配で、その勝負が一生を決める訳じゃない。
この後も人生にはしんどい出来事は降りかかってくるだろうが、「次にわくわくすることがやってくる前触れかもね!」と捉えることができそうな出来事だった。

そんなことを考えていると、彼とパトリシアが帰ってきた。

「おかえり。楽しんできた?」

「ええ、とても楽しかったわ。子供達が私たちの結婚50周年のお祝いをしてくれたの。ところでアニーは?」

「いい子だったよ」と答えると、彼が「ヘイ! アニー!」と呼んで指笛を鳴らした。
アニーはどこからともなく走ってきて「ワン!」と鳴いた。短い尻尾をちぎれんばかりに振って。

***

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2021-05-06 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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