茶の湯は心で終わる
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:納見萌芳(ライティング・ゼミ日曜コース)
五畳も満たない、狭い和室の空間。
通常の扉よりも狭い、にじり口から入って、にじり口に終わる茶の湯というものは、何回習っても何回習っても、ちっとも上手になれた気がしない。
茶の湯を始めたのは、ちょうど2年前。仕事でミスが続いた時だった。あまりにも落ち着きのない自分をどうにか変えてたいと思い、先輩に相談したところ、茶道をすすめられ通うことになった。
はじめての稽古では戸惑いの連続だった。茶室の入り口が、屈まないと入れないような場所なんて、これっぽっちも知らなかったし、足は何時間も正座しているから、痛くて痛くてしょうがない。でも、先輩がお茶を出す際の手捌きと、釜に入ったお湯がシュコシュコと沸く音だけが響く茶室は、とても神聖な場所に来たようで心がとても穏やかになる。私は足の痛みを抑えて、続ける決意をした。
2回目のお稽古で、お茶に関するあれこれを教わった。茶の湯というものはただお菓子を飲み食いするだけでなく、掛け軸や、お茶に使う道具なんかも愛でたりするらしい。お茶を入れておく道具を『棗』というのだが、その道具はどうやら50万円を超える高級品らしい。一通りお茶を飲み終わった後に一人ずつ鑑賞したのだが、価値のよくわからない私は、とりあえず見てみるふりだけはしてみたが、やっぱり良さがわからなかった。
茶の湯を始めて3ケ月たったが、先生は作法を教えてくれない。来たら、準備、茶をこして、炭を入れて。終わったら畳を拭いて、茶釜を洗う。
私はこれっぽちも上手にならない。上手になれない。同時期に入った女の子はどんどん次のステップに進む。私はいつまでも客席で、お菓子が回ってくるのを待っているのだ。一体なんのためにお茶を習っているのだろう。決して安くない月謝を思いながら、それでも私は狭いにじり口を潜るのだ。
茶の湯を始めて4ケ月経つ頃、先輩に愚痴を言った。先生が私にちっとも作法を教えてくれない。いつも準備と後片付けだけで終わる。先生は私のことが憎いのだろうか。矢継ぎ話に話終えれば、先輩は口を開いた。
「目に見えるものだけが全てじゃない」
それだけ言うと、ぼんやりとした私を置いて先輩はスタスタと去ってしまった。どうやら茶人というものは、皆、全てを教えてはくれないらしい。
5ヶ月が経った。季節は春めいてきて、にじり口の外も陽気な日差しが注いでいる。ホーホケキョと声が響けば、先生が鶯の話をしてくれる。鶯は別名『経読み鳥』と言う。「法、法華経、法、法華経」とお経を読んでいるように聞こえるため、そうなったとか。
「だから、今日は、法華経のお軸にしたんです」
最近あったかくなったから、ちょうど鶯が鳴くと思って。なんて言ってニンマリ笑う先生はどこかご機嫌。その場はすっかり春の話題になって、たけのこがどうだの、今年の桜はどうだの、話が進む。先生のちょっとした心遣いで、春の話が咲いた。
なんだかんだで、お茶を始めて半年が立とうとしている。しかし、今日も客席だ。先生は今日も作法を教えてくれない。そろそろ飽きてきたが、ここまでくるといっそ清々しい。まわってきた、茶をいただき、掛け軸を褒める。お道具がまわってくれば、それをゆっくりと見る。ツヤツヤと黒光りに光る棗は、どこか艶かしい。漆を使った道具は、肌に吸い付いてくる。一瞬のようで、長い時間をかけてみていたように思い、名残惜しいながら隣の人に渡した時、
「ようやく心が追い付いてきたか」
先生が嬉しそうに笑った。
「茶の湯は、もてなす心があって始めて完成する。作法を覚えればいいってものじゃない。作法だけになってしまうと、それは茶道ではなくなってしまう。だからみんな、何十年もお茶をやる」
そういえば、そうだ。先輩は10年以上お茶をやっているし、横にいるおばさまは20年もお茶をやってるらしい。お茶の作法自体は実はそれほど難しいものではないのだ。しかし、みんな何年も、何十年もお茶をやる。
「私には心がありませんでした」
先生に答えると、先生はさらに笑う。
「別に、君にだけ心がないわけではない。私なんかも心が無くなる時がある。ここにいる誰もがそう、しかし、それがわかっただけでもよかった」
その言葉を聞いて、私はようやく、茶の湯のスタートに立った気がした。
あれから1年と半年経つが、やっぱりまだまだ出来ない。先生に日によっては心があると言われたり、今日はないと言われたりする。あまりにもその時々すぎて弄ばれてるんじゃないかと思えば、そうでもないらしい。茶の湯というものは、何回習っても何回習っても、ちっとも上手になれた気がしない。きっと、上手になるまであと、40年はかかるんじゃないんだろうか。
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