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メディアグランプリ

うるう年が来るたびに47万円が頭をよぎる



 

記事:Mizuho Yamamotoさま(ライティング・ゼミ)

 

今年はうるう年。2月29日は月曜日だった。

3回さかのぼった2004年は、忘れもしない日曜日、朝から母が吐血して救急車搬送さ

れた。意識はしっかりしていて、ぼそっとひとこと、

 

「救急車に乗るなんて、恥ずかしいなぁ」

 

胃の静脈瘤破裂。肝臓がんが起因していた。

かかりつけの市の総合病院に運び込まれる。

10年来の親しい主治医に、携帯電話で連絡をすると、

 

「ごめん、ごめん。今、北海道でスキー中。今日の休日担当はボクのよく知っている先生

だから、安心して任せて。ボクからも言っておくから」

 

先生の声を聞いて気持ちが和んだ。

 

「胃の破れたところをボンドで留めて、くっつくまで風船を入れて押さえます」

 

「ボンド」「風船」楽しい工作でもするような単語が飛び出し、父と顔を見合わせて笑った。

 

「現代医学ってどんなことでもやれるんだぁ」

 

緊急処置は1階の内科外来の奥の検査室で行われることになった。慌ただしく準備する医

師と看護師。

 

そこへ作業服の男性がやって来て、

 

「今から電気工事をするのでしばらく停電します」

 

「冗談じゃない、患者さんの命にかかわる緊急処置を始めるんだ」

 

「今日の工事予定は、以前から計画されているのですが」

 

一般の検査室には自家発電装置がないらしくしばらく問答して作業服の男性は去って行っ

た。

 

どのくらいの時間がかかったかは、覚えていないが、処置はうまく行き、ICUに移される

母は、いつも通りの美しさでストレッチャーに横たわっていた。

 

明けて3月1日は、長男の高校の卒業式。

厳粛な体育館での式の後、各クラスで最後のLHR。45名が一人ずつスピーチをするのが

恒例で、18歳は語るべき内容が心からあふれ出し饒舌になる。

 

司会者がひいた出席番号順に前に出ることになっていた。母のICU面会時間は3時まで。

2時半に学校を出たら間に合うと踏んでいた。

 

しかしである。なかなか息子の順番は回ってこない。事情を話して、先にやらせてもらお

うか? おめでたい席でICUを持ち出すのもなぁ…… 。

 

息子の運に賭けることにした。

 

こんなときについていないのが長男だった。

100人がグラウンドにいて、1名が雷に打たれるという事故が起きれば、被害者は間

違いなくわが息子だ! という子だった。

 

案の定順番は回って来ず、隣にいた知人に、後で内容教えてねと声をかけて、こっそり教

室を後にした。

 

その直後に息子の順番が回って来たらしく、

 

「あれっ? さっきまで母はいたようなんですが、まぁいいか」

 

と、立派にスピーチを始め、特に母への感謝を述べていたと言う。

 

駆け付けたICUでは、母が、

 

「あらぁ、来たの? 卒業式どうだった?」

 

いつもののんびりとした調子で話しかけてきた。

 

その後、2月分の支払いをお願いしますと、

看護師さんから書類を受け取った。

 

2月29日日曜日、1日分の請求は、

 

「470.000円」

 

「よ、よんじゅうななまんえん!!!」

 

父と2人でひっくり返りそうになりながら、

2人とも同じことを思った。

 

「ま、まさか、これから毎日この金額がかかるってことはないよね」

 

幸運なことにそれはなかった。

 

休日の救急搬送、緊急手術でかなりの割り増し料金となっていたのが明細を見て分かった。

 

スキーから戻った主治医と相談して、以前から話していた「介護休暇」を取るなら今しかないことを確認し、書類を準備することにした。

 

学校という職場の最も慌ただしい、3、4月。

母との最期の時間を1日でも長くそばで過ごしたい、1人っ子の私だった。

 

校長から猛反対を受け、それでも提出した書類の確認のためかかってきた県教委からの電話は、思いもかけない優しい言葉で、涙腺が思わず緩んだ。

 

病室に花を飾り、癒しの音楽をかけ、足のマッサージをして、母との時間を楽しんだ。

 

「まぁ、この部屋だけ別世界!」

 

看護師さんたちが、優しく、ときには皮肉を交えて声をかけてくれた。主治医と私は、「勝手にホスピス」と名付けて、母の看護にいそしんだ。公立病院の終末期医療は12年前は、ほとんど準備がなかった。

 

主治医は毎朝晩に病室に顔を出し、冗談を言って母を笑わせてくれた。

 

次男の中学校の卒業式も病室から出かけたし、長男の大学合格、次男の高校合格も母と共に

病室で聞いた。

 

長男の大学は遠く茨城にあり、家具、家電付のアパートをこちらで契約した。1人で行か

せるのは可哀相だなと思いながらも、母が気になって、病室を離れられないと思っていた。

 

「お母さんはボクが何とかするから、息子さんについて行ってあげなさい」

 

主治医に背中を押され、息子と一緒に茨城へ。

これは確かに、1人だったら大変だったろうなと主治医に感謝しながら、細々とした生活

用品を一緒に買いに行き、新生活の準備をした。

 

私が病室に戻って2日目の夜中に急変した母は、

 

「先生、約束のコロッと逝く注射をして!」

 

「はいはい、そうしましょう」

 

輸血の処置をしながら、主治医は、

 

「厳しいですね、とりあえず自宅に戻るけどいつでも駆け付けるから」

 

と言い残して病室を出た。

 

長男の大学の入学式が母の通夜。

 

次男の高校入学式が母の葬儀。

 

病院の裏側から母を乗せた車が出て行くとき

 

「桜と共に逝ってしまいましたねぇ、お母さん」

 

主治医がぽつんとつぶやいた。

4月8日花まつりが母の命日。

 

母の13回忌となる2016年。

2月29日からの目まぐるしかったけれど貴重だった日々を、ゆっくりと思い返している。

 

それにしても、衝撃の47万円は、数字が苦手な私の頭に深く深~く刻まれているのであった。

 

 

***
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2016-03-09 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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