クソはどっちだ?
記事:岸★正龍(ライティング・ゼミ)
一年ほど前の出来事だ。
平日の昼下がり、事務所に電話がかかってきた。
出てみると若い女の子の声で、知らない会社名の後に続けてこう話してきた。
「売れるホームページを無料でお作りするご案内をしております。御社のホームページを拝見しましたが販売ページがありませんよね。素晴らしいブランドを展開されているのにもったいないです。弊社にお任せいただければ、少なくとも月に100万の売上は保証させていただきます」
いや、お見事!
ここまで見事に胡散臭さしか漂ってこない営業電話も珍しい。
僕の会社は、戦略的にウェブ販売をしていないからこの提案はかすりもしないのだが、あまりの胡散臭さにどうゆうカラクリでなにを売り込んでくるのか知りたくなり、メッチャ興味があるフリをしてみた。
「え? 月に100万ですか? それ、かなり凄いじゃないですか! うちみたいな商品がウェブでそんなに売れるのってにわかには信じられないのですが、それだけ販売された事例をお持ちなんですか?」
「はい、もちろんです。XXXってご存知ですよね? 」
電話の向こうの女の子の声がわかりやすく明るくなり、僕の業界でこのところウェブ販売をグングン伸ばしている会社の名前を言ってきた。
「XXXさんのホームページの設計をした会社さんに、弊社の協力会社が関わっております。お任せいただければ、XXXさんの情報をお知らせできるかもしれません」
座布団! 5枚あげて!!!
協力会社が関わってるって、たとえば協力会社が便利屋でトイレが詰まったのをポッコンポッコンやっただけでも関わったことになるし、お知らせできるかもしれませんって、できなくてもなんの問題も起こさない言い方。いや、磨かれたトークだ。
僕は俄然興味が出て、それは嬉しいですね、などと持ち上げていたら、ぜひ一度ご説明に上がらせてください、となり、それはぜひぜひお願いします、と僕も調子を合わせ、では早速来週ということで、次の週の頭に大学を卒業したばかりだろうと思われる、よく言えば初々しさ爆発、悪く言えば社会人としての言葉遣いすらできない女の子が僕の会社にやってきて、僕は彼女からプレゼンを受けた。
聞いてみれば、簡単なカラクリだった。
売れるホームページは無料でつくる。制作費は要らない。ただし特殊なソフトを走らせるのでそのソフトが組み込まれたパソコンが絶対必要で、そのパソコンのリース料が月3万円。契約期間は5年(リースは途中解約できないから〆て180万円というあり得ない金額のパソコンだ)。
なるほどね、ただ同然で本体を販売しその後の補充トナーで稼ぐプリンター商法と同じね、と納得しつつ、僕は当然誰もが持つだろう質問をぶつけてみた。
「契約の内容はわかりましたが、実際のところどうやって100万円の売上を作るのですか? うちの商品の平均単価からすると月に50個は売れないとダメです。いまのPV数では難しいと思いますが、どこからお客さんを引っ張ってくるのですか?」
「それは弊社が開発した秘密のノウハウになりますので、ご契約いただいた方にのみお話ししています。けれど月に100万円の売上は確実に保証いたします。もしご心配でしたら誓約書を書かせていただきますよ」
え? 誓約書まで書く?
これで僕は心が揺れた。
誓約書を書くってことは本物なのか? 実際に僕が聞いている話で、月に50個どころか300個をウェブだけで売っている同業者もいる。もし僕の目の前のこの女の子の言っていることが本当で、契約すれば月に100万円の売上が上がるならやらない手はない。というか、会社の利益を最大化させるのが経営者の使命だからやらないとしたら経営者失格だ。
僕は目の前に置かれた契約書を手にした。
さて、この一見おいしそうな話、もちろん落とし穴があるのですが、それはどこでしょう?
……Thinking Time
答え
契約書がパソコンのリース契約になっていること。
彼女は僕に語っている。「特殊なソフトを走らせるのでそのソフトが組み込まれたパソコンが絶対必要で、そのパソコンのリース料が月3万円」と。つまり、僕の会社が彼女の会社と書面上で結ぶ契約はパソコンのリースなのだ。そこにはホームページを作ることに関して一文字も記載されていない。ホームページに関しては口約束なのだ。ってことは法律上の拘束力はどこにもなく、こうした場合、口約束が守られることは100%ない。
それを前提として彼女は売上保証の誓約書を差し入れるというのだ。僕の経営者歴からして、これはブラックの匂いがする。というかブラックだろう。僕は、彼女がやっていることに心底腹が立った。
「この契約書おかしいよね。僕があなたにお願いするのはウェブの制作だ。なのにこの契約書はパソコンのリース契約になっている。つまり買うものと契約の内容が一致しない。こんな契約書に判をつくことはできないよ」
「いえ、そうじゃありません。ホームページ制作は法律上リース契約ができないのです。だからパソコンをリースする形にさせていただきたいのです。ちなみに契約していただくパソコンは最新のスペックなので、安心してお使いいただけます」
「パソコン必要じゃないんだよね! 要るのは売上保証つきのホームページなの!」
「もちろん、ホームページはお作りしますし、売上保証の誓約書も入れさせていただきます」
「だったらさ、作ってもらうホームページをあなたの会社のサーバーに置いてさ、売上保証つきのサーバーレンタル契約にしてよ。それならできるはずだよ。あなたの会社が約束通りの売上を保証してくれる限り、僕は約束通りのお金を送金し続けるからさ」
「いえ、それは、会社の上司と相談しないと……」
「だから! 結局ウソなんだろ? 売上保証をちらつかせて無駄に高いパソコンを売りつけてるだけなんだろ? もちろん売上保証はウソだし、ホームページ制作だって怪しいもんだ。クソだよ、おまえ、おれらみたいな小さな会社から180万も巻き上げて、それで生きてて恥ずかしくないのかよ!」僕は彼女に言葉を叩きつけた。
「あんたこそクソだろ!」彼女から負けずとデカイ声が返ってくる。
「契約書をチラリと見ただけでこのビジネスのカラクリを見抜いたんだから、あんたは私が電話したときから気づいていたはずだ、なんか裏があるってね。契約する気だってなかったんだろう? それなのに興味本位で私を呼び出した。なんのためだよ? あんたの時間潰しかよ。それとも下らない正義感? ふざけんなよ! 私だってここに来るのに交通費もかかってるし、時間だって使ってる。あんたさ、出会い系で女買って、てめえがイッタ後に説教くれるクソオヤジと同じだよ。いや、そのクソオヤジの方が金払ってくれるだけマシだよ。あんたは私に何くれるんだ? 私だって人間だ。自分がなにやってるかなんて端からわかってるんだよ。けど生きてかなきゃいけないんだ。聞いてるのか、え? クソ野郎!」
クソ野郎! クソ野郎! クソ野郎!
そう、僕はクソ野郎だ。
彼女の言ったことが圧倒的に正しい。
僕と彼女のどちらが卑しいっていったら圧倒的に僕だ。
彼女が僕に語ったことは彼女が生きるため、僕が彼女に……いや、こんないい訳すら……
僕は彼女に頭を下げた。
「すまなかった。あなたの言うとおりだ。僕ははじめから契約する気がなかったし、興味半分であなたを呼び出した。僕は…なんというか……本当に申し訳ない。吐いた言葉は取り消せないが、どうか許してください」
「じゃあ」と彼女は言った。「これからランチをご馳走してよ」
僕は喜んでご馳走した。
もちろん僕の贖罪のためだ。
実は名古屋の出身ではないという彼女と、地元の名物である味噌煮込みうどんの老舗に行き、土鍋の中で煮えたぎるうどんをすすりながら彼女の話を聞いた。壮絶な話だった。その壮絶さに改めて浅薄な自分を恥じた。
私の周りではよくある話ですよ、固いうどんを頬張りつつ彼女は笑った。そして、いまはこんな会社にいるがウェブの仕事は本当に好きで、お金のことが片づいたら専門的な勉強をしてウェブデザイナーになりたい、と言った。
僕は友だちのウェブ制作会社の話をした。絶対にいい会社だし、紹介することもできるから、そのときがきたら電話をくれと彼女に伝えた。けれど、それから夏がきて秋がきて冬が去りまた春になっても、彼女からの連絡は一切なかった。
一週間ほど前の出来事だ。
平日の昼下がり、事務所に電話がかかってきた。
出てみると若い女の子の声で、よく知っている会社名の後に続けてこう話してきた。
「売れるホームページに興味はないでしょうか? ない場合は、味噌煮込みうどんをご一緒させていただくコースもありますが、そちらはいかがでしょう?」
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