男子禁読! リチャード・ギアになれないから、「おばちゃん男子」になってやる
記事:西部直樹さま(ライティング・ゼミ)
「やっぱりイケメンよ、はじめは……。でも、人の話をよく聴いてくれる人がいいのよ」
と、妙齢で佳麗な女性は、ジンジャーハイボールのジョッキを傾けながら、語るのだった。
過日「マリーゴールドホテル幸せへの第二章」なる映画を見た。
インドにあるイギリス人を集めたマリーゴールドホテルに、リチャード・ギアが登場すると、映画の中の女性たちは色めきだち、「○○が疼くは」と宣うのだった。
そして、映画を見ている女性たちからも「ああ~」と嘆息がもれるのを聞き逃さなかった。
「なぜ、リチャード・ギアはそこまでモテるのか」と、素朴な疑問を呈したとき、妙齢で佳麗な女性が出した答えである。
確かに、リチャード・ギアは年齢を重ねてもイケメンである。そして、映画の中では、確かに良く女性の話し相手になっていた。
正直、モテたいと思っていた。いや、今でもモテるものならモテたいと思っている。
モテ願望は、哀しいまでの男一般の性(さが)である。たぶん。
人生にモテ期は三度あるといわれる。
鑑みて、私は小学校と中学校にかすかにモテた記憶がうっすらとある。そして結婚直前で、そのモテ期は過ぎてしまったようだ。
四度目はない。
ないといったらない。
ここ四半世紀、全然である。
高校からずっとモテ期です。といった知人もいる。
ずっとですか! もう彼もアラフィフなのに……。
彼は、まあ、はっきり言ってしまうとイケメンである。
仕方のないことなのかもしれない。
イケメンには敵わない。
イケメンではないのにモテていると自称する輩もいる。
とあるお店の店主は、モテない要素のうちのいくつかを持っているはずなのに、モテモテである。たぶん。
モテモテの現場を目撃したわけではないので、モテるというが大言壮語なのかはわからないが、がまわりには、若く美しい女性が多い。悔しいのである。
まったくもう!
世の中は不公平にできているな、憤りを感じるのは、こんな時である。
無念ながらリチャード・ギアになることは叶わない。
しかし、モテる者とモテない者は何が違うのか、それくらいは知りたいではないか。
とりあえず、身近な女性たち、10代から40代の人たちにアンケートをとってみた。
どんな人がモテるのかと。
● 優しいひと。
● 笑顔にさせてくれる人
● 懐の深いひとかな(*^^*)
● 頼りになる人?
● 一緒にいて安心する人。
● スマートな人でしょ。
● 下心あっても見せないとか
● 会計はトイレ行ったすきにすませるとか。
● わがまま聞いてくれて優しい人
● 紳士的で相手の事考えられる人
番外参考
――好きなタイプと好きになる人は違うかもしれないですけどね(笑)
アンケートからわかったことは、
リチャード・ギアは、偉大だということだ。
10代から40代までの女性の心を掴んでいるではないか。
しかし、もうリチャード・ギアにはなれないし、ハリウッドデビューの道は険しい。
如何にすればいいのか。
そもそもなぜ、それほどまでにモテたいのだ、という根源的疑問もある。
あるけど、もうこうなったら、行くとこまで行こう。
と、懊悩に身もだえしていたとき、一筋の光明が差してきた。
それは
「おばちゃん男子」である。
ある読書会でのことだ。
その読書会は東京の下町北千住で行われた。
予約もなくふらりと入った居酒屋は、女性の店員さんがみな浴衣姿で、少し妖しいような気もしたのだが、そのようなお店ではなく、威勢良く、美味しい料理が出るなかなかの居酒屋であったのだ。
そこで、ウィリアム・ゴールディングのことや、吉村昭の小説はスゴイとか、川上弘美さんとは同い年なんだよね。とか、なんとか、本のことをあれやこれや話をしていた。
その中の一人の女性がこう言ったのだ。
「おばちゃん男子だね」と。
「おばちゃん男子、ってなに?」
まわりのおじさんたちは、色めきだった。
おやじギャルならぬ、おばちゃん男子である。
おやじギャルが一世を風靡したのは、もう何年も前のことだ。
若い女性であるにもかかわらず、おやじのやるようなことをする。
ガード下の立ち飲みでいっぱいやる、下手なダジャレ(おやじギャグ)をかます……などなど、若い女性とそのおやじ的行為のギャップに瞠目したものである。
そぐわない言葉を併せて、意表を突くということでは、最近では
スィーツ男子なるもののいるようである。
男子たるもの、女子どもの食べるような甘い菓子など口にしないものだ。
升の縁にのせた塩で酒を飲む、それが男子たるものの本懐である。
とは遠く離れて、甘い物を好む男子、である。
カフェでパフェを平気で食す、デパ地下でスィーツを自分のために買う、スィーツめぐりができてしまう、そんな男子だ。
私の知り合いにもそんな男子がいる、イケメンだったり、かなりごつい体型の男が、和三盆の菓子がいいなどとSNSに投稿したりするのである。
おばちゃん男子も、この意表を突く組合せに他ならない。
意表をつかれて、驚いたのだ。
おばちゃん男子というのはなんなのか。
話を居酒屋の読書会に戻す。
「おばちゃん男子」という言葉が出たのは、
川上弘美さんの「センセイの鞄」について話しているときだった。
ある男性が「センセイの鞄」は、淡々と進み、主人公の行動とかは、私にはよくはわからないけれど……云々、といったときのことだ。
私はこの小説がとても好きなので、「いやあ、わかるなあ、主人公の気持ちは」と宣うたような気がする。
すると、参加者の一人のなかなか切れる女性が「わかるというのは、おばちゃん男子だよね」と、言ったのである。
おばちゃん男子とはなんぞや?
彼女曰く、わかることがポイントらしい。
何が分かるのか、
それは、気持ちがわかる、ことさらに女性の気持ちがわかる、共感できることだという。
おやじギャルが、おじさんたちと同じ行動をして、おじさんたちの共感というか恐怖を呼び起こしたように。
ただし、おばちゃん的行動をとらなくてもいいらしい。
井戸端的会話を好まなくても、
安いものに取り合えず飛びつくとか、そんなことをしなくてもいいらしい。
「センセイの鞄」の主人公の気持ちがわかるように、女性と共感的会話ができるということが大きいらしい。
小説をよく読み、女性の心の機微に通じた男性は、いいらしいのだ。
いいことがモテる事なのかは定かではないが……。
そして……
というところで「手羽先辛唐揚げです」と、料理が運ばれ、おばちゃん男子の話は辛い手羽先が如何に美味かということに変わってしまった。
いささか残った「おばちゃん男子」の謎は、これから解明してゆくことにしよう。
わかったことは、おばちゃん的男子は女性に受けるということ。
おばちゃん男子という、ネーミングは意表を突いて受けそうだということだ。
リチャード・ギアにはなれない。
知人のようなイケメンにはなれない。
某店の店主のように毎日フルスロットルにはなれない。
しかし、おばちゃん男子なら、なれるというか、なっている。
おばちゃんだから、話し好きだ。人の話もよく聞く。共感するだろう。
おばちゃんだから、人に優しく、笑わせる(笑われる?)こともできる。
おばちゃんだから、懐は深く、安心できるでしょう。
おばちゃんだから、経験も豊富でものごとをスマートに進めることもできるだろう。
おばちゃんだから、他人の多少のわがままも我慢できるだろう。
これからモテるのは、おばちゃん男子なのだ。たぶん。
だから、リチャード・ギアでも、イケメンでも、フルスロットルでもない人は、おばちゃん男子になるしかない。
だから、男性はこの記事を読まないで欲しい。
リチャード・ギアに、イケメンに、フルスロットルに、さらに多数のおばちゃん男子がいたら、私がモテる余地がなくなってしまうじゃないか。
「おばちゃん男子? ふふ、似合っているかも」
妙齢で佳麗な女性は、アーリータイムズのロックを傾けて、片頬で微笑んだ。
似合う、似合わないの問題ではないようなのだが……
と私は思いつつ、これからのモテ人生に思いを馳せるのだ。うふふ。
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