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もったいない! 実にもったいない!


もったいない

 

記事:鈴木彩子さま(ライティング・ゼミ)

職業柄、いろいろな職種のいろいろなスタッフさんにお話を聞く機会があります。
飲食店のホール&キッチンスタッフさん、アパレル店員さん、クリーニング工場の作業員さん、トラックやタクシーのドライバーさん、介護スタッフさん、ブライダルスタッフさん、フィットネスジムの事務スタッフさんなどなど、自分ひとりの人生では経験しきれないほどたくさんのお仕事のお話を聞いてきました。

どのお話も、とびきり面白い! それだけでひとつの物語が書けそうなくらい面白いんです。チェーンの居酒屋さんなど、身近でよく知っているはずのお仕事でさえ、想像もしないようなエピソードがいろいろ飛び出してきたりして。そのまま実際のお仕事風景を見学させていただく事も多いのですが、この姿がまた実にカッコいい。コップをスッと置く手つきや、商品を丁寧かつ素早く扱う力加減など、普段は意識しないようなところにそのスタッフさんの積み重ねてきた時間と経験が宿っているような感じがして、ずっと見ていても飽きません。そして99%の確率でそのお店やお仕事のファンになって帰ってきます。

しかし残念なことに、同じく99%くらいの確率で、実際にお仕事をされているスタッフさんは、その自分たちのカッコよさに気づいていないんです。

例えば、ボトルやシェイカーをアクロバティックに投げたりしながらカクテルを作るフレアバーテンダーという職業。これは誰が見ても明らかにカッコいいんです。フレアバーテンダーさんたちも、「自分の技量はまだまだだけど……」とひと言添えながらも、自分の仕事のカッコよさに気づいているし、楽しんでいます。

でも、世の中そんな華やかで派手で分かりやすくカッコいい仕事ばかりではありません。あまり知られていなかったり、(実際どうかは別として)誰でもできるとされていたり、感謝されることも賞賛される機会もほとんどないようなお仕事もあります。むしろそんなお仕事の方が圧倒的に多いと思います。

でもそんな一見地味なお仕事にこそ、胸がキュンとするようないぶし銀的なカッコよさが、宝物のように隠されていることが多かったんです。

例えば、深夜のトラックドライバーさん。何か所ものお店や拠点に、時間通り荷物を届けるお仕事です。このお仕事を取材した時、長年お勤めされているベテランの方が、ぽつりと話してくれました。「何もトラブルがなく、無事に全ての荷物を届け終わったときが、一番うれしい」と。それがどういう意味なのか、初めは分かりませんでした。そんなに毎日トラブルばかりで、無事に届けられないものなのかな……? と。
そのドライバーさんが扱う荷物は、日によって量も大きさもバラバラなのだそうです。それを、下ろす順番を考えながら積んでいく。毎日新しいパズルを短い制限時間の中で解いていくようなものです。ここで手間取ると出発が遅くなり、後のスケジュールに早速影響を及ぼします。時間通りに出発しても渋滞に巻き込まれることがあるし、スムーズに目的地につけたとしても荷物を下ろすときに手間取ることもあります。荷物を受け取ってくれるお店のスタッフさんとの連携も作業スピードに大きく関係するので、新人さんに当たってしまうとそれだけ遅くなってしまうのだそうです。自分ではどうしようもない要素を常に計算に入れながら、何かあった時には臨機応変に対応していかなければなりません。ここまで読んでいただいただけでも、「毎日、時間通りに、滞りなく」荷物を届けることがどれだけ難しいか、ご想像いただけたと思います。
でも、ドライバーさん達はこのすごさを自分から語ったりはしません。取材に行ってあれこれ質問させてもらったからこそ、教えてもらえた事実です。ほとんどの家族はお父さんのお仕事について根掘り葉掘り質問したりはしません。お子さんは、こんなにすごくてカッコいいお父さんの姿を知らないままでいるのです。

クリーニング工場で働くママさんもそうでした。大量の洋服をひとつずつ手に取り、一瞬で洗い方を判断して仕分けしていく人、理科の実験のように薬品を組み合わせてシミを抜いていく人、きっちりした役割分担で流しそうめんのごとく次々とYシャツにアイロンをかけていく人たち。ポジションごとに分かれて、それぞれが流れるように作業していくので、どこかが一度でもつまずくと大変なことになります。そのプレッシャーと闘いながら、表情は凛として涼しく、でも額に汗して。極限まで無駄をそぎ落とした動きは、ほれぼれするほど美しく、ずっと見ていても飽きませんでした。でも、ご本人たちはそのカッコよさに気づいていません。気づいていないから、仕事が終わった後「疲れた」ということしか家族に語っていないんじゃないかと思うのです。「ずっと同じ作業ばっかりの単純作業。楽しくてやってるわけじゃないけど、ま、仕事なんてそんなもんだから」と。

もったいない! 実にもったいない!
自分がカッコいいかどうかは気付きづらいとしても、同じ仕事をしている同僚を見ればその仕事のカッコよさには気づけるかもしれないのに、なかなかそうもいきません。判を押したように、仕事が終わったら「はぁ、疲れた。早く次の休みにならないかな」なんて。どうしてこんなことが起きてしまうのでしょう?

もしかしたら、「仕事とは、好きではないことをやるもの」という刷り込みが働いてしまっているのではないでしょうか? やっている間は夢中になっていて、それなりに楽しんでいたとしても、仕事が終わってふと我に帰ったときに「これは仕事である。つまり、好きではないことをやっていた。あぁ、疲れた」という「思考のフォーマット化」がなされてしまっているのではないかと思うのです。

このフォーマットは実に厄介で、まず自分自身でそう思いこんでしまうがゆえに、その後、外部に発信する情報が「疲れた・大変だ・やっと終わった」などのネガティブな情報ばかりになってしまうということです。
これを吐き出すことでご本人のストレス解消になっている場合も多々あると思うのですが、発信される情報からは、残念ながら仕事の楽しさや夢中になる瞬間の魅力のようなものは読み取ることができません。そして、自分の口から発するネガティブな情報は、自分自身の仕事に対するネガティブな思い込みにも拍車をかけることになります。

さらにこのフォーマットの厄介なところは、「仕事は大変で、終わった後は疲れていなければならない。少なくとも、対外的には」という、別の種類の思考停止をも招くところだと思うのです。「自分としては、この仕事をまぁまぁ楽しいと思っている。やりがいも感じているし、今日もささやかだが嬉しいことがあった」と感じていても、そのポジティブな思いを語るのは照れ臭かったり、恥ずかしかったり、他人にとってはつまらない話かもしれないという自主規制が入ってしまって、結局「いやぁ、疲れた疲れた。今日も大変でさ、まいっちゃったよ~」というネガティブなネタの発信に流れていってしまうのではないかと思うのです。

では、この「思考のフォーマット化」によって仕事についてのネガティブな情報ばかりが発信されてしまうことによる弊害は、どこに出るのでしょうか? 私は、子どもたちに一番の弊害が及ぶのではないかと考えています。

思えば私が子どもの頃、仕事とは、大変で基本的に行きたくなくてできることならやりたくないものなんだ、と思っていました。父は私が起きるより早く出かけて行って、私が眠った後に帰ってきて、休みの日はひたすら寝ていました。自分が働くようになって「そりゃ休みの日ぐらい寝たいよね」と、当時の父の気持ちを実感として理解しましたし、むしろあんな過酷な勤務状況だったのに子どもの前では愚痴一つこぼさずいつもニコニコしていた姿には尊敬の念すら抱きますが、父がどんな仕事をしていたのか、その仕事の中でどんな風にカッコよかったのかは、残念ながら今でもよく知りません。

でも、何となく社会に出てしばらく経った後、私は楽しそうに仕事をする大勢の「楽しそうな大人達」に出会いました。たこ焼き以外の新メニュー考案が止まらないたこ焼き屋の店長さん、「日本をそこら中にパクチーが生えてる国にする」と活動し続ける旅人経営者さん、オーロラが見たいと南極で2回も越冬した料理人さん……。この世界の大人達は、そしてその働き方は、私が思っていたよりもずっとずっと多様で自由でした。もし、子どもの頃にこういう大人達と出会っていたら、どうなっていたでしょうか?

例えば、近所に天狼院書店があったとします。そこは本屋さんなのにコタツがあって、決まった曜日の決まった時間には、大人達が文章の書き方を勉強したり落語を見たりお勧めの本を紹介しに集まってきます。お店の片隅では店主のおじちゃんがPCやスケッチブックを駆使しながら楽しそうに何かやっていて、時々パッと表情を輝かせたりしています。で、子どもならではの無邪気な図々しさで「何やってるの?」と聞いてみると、その店主のおじちゃんはいたずらっ子のような目をしてニカッと笑い、「お仕事」と答えるのです。
たったこれだけのできごとが、その子どもに「早く大人になってその『お仕事』とやらをしてみたい」と思わせるかもしれません。そのわずかなやりとりが、その子の未来に「楽しそうな選択肢」をひとつ増やすことになるのかもしれないのです。

ただ残念ながら、この「店主のおじちゃん」や私が大人になってから出会った「楽しそうな大人達」は、子ども達の前にはそうそう姿を現しません。これは単純に、母数の大きさの問題だと思います。自分の仕事の楽しさを自覚しそれを発信できる大人に対して、自分の仕事の魅力に気づかず「思考のフォーマット化」にとらわれたままの大人の数が圧倒的に多いから、必然的に、働くことの魅力に触れる機会も少なくなっていくのでしょう。実にもったいない!

どんなお客さんにも笑顔で接客している姿は美しい。
食料品をパパッと品出しする素早い動きには思わず目を引かれる。
クレームにもグッと堪えて頭を下げる姿はカッコいい。
お惣菜の量り売りで100gを1発で盛れる技術は素晴らしい。
でも、それに気づいて発信する人がいなければ、その魅力は見つけてもらえません。

残念ながら、この世の中に存在するお仕事の大半は、外からなかなか見えないところで行われています。オフィスワークなどは、その最たる例だと思います。
だからこそ、せめて身近な人だけにでも、自分の仕事の「ちょっといいところ」を語ってみませんか? そして、「そっちの仕事、面白そうだな! でも、うちの仕事も面白いんだぞ! そういえばこの前もな……」なんて話を、共働きの夫婦や飲み屋さん仲間の世間話の中で普通にできるようになれば、もっと世の中が楽しくなると思うんです。少なくとも私は、愚痴より楽しそうな話の方がウキウキするし、お酒もすすみます。

大丈夫です。その話、絶対面白いです。自分で思っているより数百倍面白いし、カッコいいです。それでもスベったかも……という状況になったら、それは話が面白くないのではなく、十中八九聞き手の力量不足なので、気にしなくて大丈夫です。たくさんの職場で、いろいろなスタッフさんから、いろいろなお仕事の話を聞いてきた私が、保証します。

 

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この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
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2016-03-15 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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