私のポップなおじいちゃん
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:西元英恵(ライティング・ゼミ日曜コース)
「ひー、ひー」涙を流しながら祖父が爆笑している。祖父は今年で96歳だ。
コロナ禍に陥るまだ前の話、私は祖父母宅でお正月を迎えようとしていた。
テレビでは大晦日恒例のお笑い番組「笑ってはいけない」が放送中だ。
画面の中では芸人たちがほぼ裸の状態で集い、何らかのゲームに興じている。お世辞にもお上品とは言えないその様子を見て笑い転げる祖父。それを見て、私も相乗効果で笑いが止まらなくなった。気が若いなぁと思いながら一緒に爆笑できる喜びを噛みしめる。近年稀にみる良い年越しとなった。
祖父とは何かと気が合う。
訪問時は手土産にいつも何かしらのお菓子を持参するのだが(ちょっとチョイスが若かったかなぁ)というような物でも勧めてみると「ちょっと、よばれてみようか」と必ず口にし「あー。うまかねぇ」と言う。二人でこたつに入りながら熱い緑茶をすすってお菓子を食べる。平和な時間だ。
祖父の趣味といえば机に向かって何か物書きをすることだ。あるとき書斎から出てきた祖父がおもむろに折り畳んだ紙切れのようなものを渡そうとしてきた。にわかに期待してしまう私。
(えっ、まさか、お小遣い?)
もう随分と大人になりお小遣いをもらうような年齢でも無いのだが、戸惑い半分期待半分でそれを受け取るとそこには「令和元年」と祖父の達筆な文字で筆書きしてあった。いらなくなったカレンダーをお札サイズに切った裏紙だった。
「……」言葉が出ない私。すると祖父は言った。
「記念にとっとかんね」
「おじいちゃん! お小遣いくれるのかと思ったよー!」と笑うと祖父もひゃっひゃっと笑う。
祖父に一本取られてしまった。
若者が見るテレビを見て爆笑し、若者が食べるお菓子を「うまか」と食べ、孫にドッキリを仕掛けてくる。最近の祖父は時代に合ってしゃれているし、遊び心が満載だ。何かとポップな印象を与えてくる祖父。ただこのポップさ、昔は皆無だったらしい。
昔の祖父は超厳格な性格で曲がったことは大嫌いと言うタイプだった。私の父が子供の頃、門限を破って帰宅するとそこに待ち構えていた祖父はバナナを丸ごと抱え、1本ずつちぎりながら父に向かって投げつけたそうだ。私は脳内に興奮したゴリラの姿を思い浮かべながらその話を聞いた。今も語り継がれる祖父の伝説だ。
そして実は私も一度だけやられた事がある。
幼少期、祖父の家に遊びに来ていた私は、庭に出て遊んでいた。
居間のほうを向くと、ちょうど目線のその先にある障子がピロッと一部破れていた。何の気なしにその穴をめくった瞬間、居間にいた祖父とバチーッと目が合った。
「まずい……」最初から破れていたし何も悪いことはしていないのだが、祖父のその殺気だった目に恐怖を覚え、私は一目散に逃げた。あろうことか祖父が全速力で追い掛けてくる。完全に私がやったと思っているようだ。家の壁と塀の間を走って逃げる4歳と本気で追う60歳。もうダメだ! と思ったその時、奥の部屋から祖母が手を引いて家の中に引き上げてくれ、なんとか助かった。
こういう事もあり、幼少期に父方の祖父母宅を訪れるときはなかなか緊張したものだ。
しかし年月が経ち、少しずつ体も心も丸くなって最近の祖父は可愛さすら感じる。
そんな祖父だが実は約10年前に脳梗塞を患っている。自宅で入浴中に具合が悪くなってしまったのだ。救急搬送されたが幸いにも脳に異常は無く、リハビリの甲斐もあり自宅での生活に戻ることはできた。しかし左足に少し麻痺が残ってしまった。
元来、生真面目な性格である祖父は退院後もずっと欠かさずリハビリを続けている。
そして、今は週に2日デイサービスに通い、そこで決められたメニューを毎日こなしている。デイサービスの方が準備してくれたメニューを書いた紙が玄関に貼ってある。
●起立立位10回 3セット
●ももあげ ゆっくり大きく交互に50回
●膝伸ばし しっかり上げて交互に50回
●つま先上げ 20回 2セット
●かかと上げ 20回 2セット
健康な人でも高齢者であればなかなかハードな内容だが、祖父は麻痺が残り動かしにくい体でこのメニューを頑張ってこなす。
玄関に設置してある手すりと段差を利用して行うのだが、リハビリしている最中は「はっ、はっ」と少し荒い息遣いが聞こえてくる。結構しんどいのだろう。しかし弱音を吐かず一人黙々と行う。
そんなある日、いつものように祖父とこたつに入っておしゃべりしていると、こんな事を言いだした。
「私も100歳までは頑張って生きんとですたい」
もちろん祖父には長生きしてもらいたいと心底思っているが、100歳という具体的な数字を目標として持っていることに驚いた。
「わー! おじいちゃんいいね! 絶対頑張ってよ!」と嬉しくなる私。
脳梗塞を患っても懸命にリハビリをこなし、書斎にこもっては読書をしたり気になるフレーズがあれば書き留めたり、食べることが好きで、テレビを見て爆笑する。
もちろん、年を取り以前に比べると動きは緩やかになったが、祖父には活力が溢れている。
(尊敬するよ、おじいちゃん!)と心の中で思った瞬間、祖父はこう言った。
「100歳まで生きたらお祝い金が出るとですよ。市から○○万、県から○○万、勤めていた会社の共済から○○万……」
えー! おじいちゃんの100歳目標って現金目当て! ?
今までリハビリに励む祖父の姿が清いとさえ感じていたのに、急にリハビリ中の祖父の目は¥マークになってるんじゃ……と思った私は大声を出して笑ってしまった。
そんな私を見て祖父も笑っていた。しかし、私はすぐに考え直した。
いや、逆に頑張った結果「現金」をご褒美としてもらえるのは健全なことじゃないか、と。
私だって仕事など頑張ったことの対価にお金をもらって喜ぶ。お金がすべてでは無いがとてもわかりやすい指標だ。そう考えると祖父に今そのような具体的な目標があるのは、やはり長生きの励みになることに間違いない。そして、もちろん「100歳」を称えて表彰されることも本当に名誉なことだ。
私はこのやりとりをして元気をもらった。なんだかワクワクしてきたのだ。
「単純」というと申し訳ないが、そういうシンプルなことで物事を進めて行っていいのだと思うと気が楽になったし、楽しくなったからだ。欲望に忠実なことは悪いことじゃない。
祖父には100歳と言わずそれ以上を目指してもらって、いずれは「県で最高齢」といってテレビの取材を受けるくらいになってもらいたい。
現在はコロナ禍で叶わないが事態が落ち着いた暁には、こたつに入ってテレビを見ながらまた二人で爆笑したいと心底願っている。そして私もシンプルな目標を掲げて毎日楽しく生きていこう!
***
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