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メディアグランプリ

視聴者の気持ちは“下り坂の自転車”に乗って~VTRを作るときプロが考えていること~



記事:竹下健一郎(京都ライティング・ラボ)

 

もしあなたがテレビ局に入局したばかりの新米ディレクターで、
ニュース番組のVTRリポート(5分程度)の作成を命じられたとしましょう。

そしたら以下のことを肝に銘じてください!
「VTRの作成とは、人の気持ちを自転車に乗せること」
※この場合のVTRリポートとは、何らかのテーマに基づいて一般の方を取材・撮影したような一番シンプルなかたちの動画を指します。

VTRの作成と自転車…?気持ちが自転車に乗るってどういう意味…?当然の疑問がわくと思います。

ここで一度、自転車にのるときのことをイメージしてみましょう。
ふつうは止めてある自転車にまたがり、ペダルに足をかけますよね。
最初のうちはそれなりの力でペダルを踏まないと、自転車は前には進みません。
でもそのうち、スピードに乗ってくると、そんなに力を込めなくても自転車が
すいすい進んでくれます。

その勢いで自転車が上り坂の頂点にまで達するとその先の下り坂では、
全然こがなくても自転車のスピードはどんどん上がります。
時には風と一つになったような気持ちよさを味わうことができたり…。
これ、そのままVTR作成の話に通じるんです。

ここまでの自転車に関するお話をVTR作成の要素になぞらえてみると
①自転車にまたがり、ペダルをこぎ始め、自転車が進み始める
=VTRの冒頭部分。ディレクターは視聴者の気持ちをVTRに引きつけ、感情移入させようとする
②下り坂で自転車のスピードがどんどん上がっている
=視聴者がすっかりVTRに没入し、次の展開が気になってしようがない

となります。視聴者を②のような状況に持ち込めば、そのVTRは面白い!と言ってもらえるわけです。

ですので、もしあなたがディレクターとして世の中からネタを拾ってくるならば、
そのネタに「下り坂」が含まれているかどうかが決定的に重要になります。
いわば「下り坂」の力を借りて、「自転車をすいすい進ませる=視聴者をVTRに没入させる」のです。

では下り坂の構造を持つネタとは何でしょう。
それは「ある人物が、何かしらの壁にぶつかっていて、その壁を乗り越えようとしている
状況のこと」です。

例えば
「男子高校生が卒業式で、3年間ずっと思い続けてきた女の子に告白をする」
「倒産寸前の会社の営業マンが、いちるの望みを賭けて新規の顧客を開拓する」
「万年一回戦負けの高校野球部に新しい監督がやってきて、最初の予選大会に臨む」
などです。

どれも先の展開が気になるシチュエーションですよね。こういうものが下り坂の
構造を持つ典型的なネタです(こんなにおいしいネタを取材できるタイミングなんて
そうそうないですが)。

たとえある人物がどんなユニークな個性やプロフィールを持っていたとしても、
何かの壁にぶちあたっていて、それを乗り越えるというタイミングが撮影できないのであれば、
その人物のネタは「下り坂」を持つとは言えません。

仮に大阪のおばちゃんで、どんな話を振っても、きわめてシャープな乗りツッコミで
いつも周りを爆笑をさせている人がいるとしましょう。新人ディレクターは、こういうキャラの人は
ネタになりそう…とついつい考えがちです。
でも何の工夫もせずにこの人を主人公にした5分のVTRを作るのはけっこう難しい。

もし5分尺にしたいのなら、この人を何年間も爆笑したことがない、めちゃくちゃガンコな
おじいさんのところに連れていく…といったような工夫(演出)が必要になります。
「このおばちゃんが果たして、おじいさんを笑わせられるのか?」という
「下り坂」の構造を人為的に埋め込み、撮影するわけです。
(余談ですが1分以内くらいのごく短い動画ならば、このおばちゃんでもVTRを制作できます。
短い尺ならキャラのインパクトでもたせることができるからです。でもそれ以上の尺の場合は
視聴者に「感情移入」を体験させないと最後まで見てもらえません)

この「下り坂」構造を持つネタを見つけることができれば、次はいよいよ自転車のこぎ始め。
視聴者の気持ちを上り坂の頂点に立たせることを目指します。

主人公となる人物のあまたある情報の中から、視聴者の感情移入に役立つものだけをチョイスし
撮影するのです。
視聴者にその人物に興味を持ってもらい、「こいつのストーリーなら5分間つきあって
やろうじゃないか」という気持ちにさせられればOKです。

例えば告白しようとしている高校生のネタなら「相手の女の子はどんな子で、どこが好きなのか」
「女の子を思うとどんな気持ちになるのか」みたいなことを取材します。女の子を思って
思わず書いてしまったポエムとかあると最高です。視聴者はがぜん、その高校生に興味を持ち始める
でしょう。

自転車も最初のこぎ始めにいちばん力が必要なように、ディレクターもこのVTRの冒頭に最も力を
注ぐ必要があります。そして一旦視聴者がその人物に感情移入できたら=自転車が上り坂の頂点に立ったら
あとはもうこっちのもの。「状況の力=下り坂構造」によって最後まで見てもらえるはずです。

「VTRの作成とは、人の気持ちを自転車に乗せること」
の意味、お分かりいただけたでしょうか。

ちなみに状況の「下り坂構造」を重視するこの自転車理論、ある程度長い尺のプライベート動画にも
応用可能です。「今から撮影する内容の“下り坂”って何だろう…」。このように意識するだけで、
動画の質がぐんと上がるはすです。ぜひ試してみてください。

 


2016-03-17 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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