思い込みという竜巻
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記事:西片 あさひ(ライティング・ゼミ超通信コース)
「おい、起きろ」
朝6時半の温泉宿。
父親の怒った声で、目が覚めた。
訳が分からなかった。
昨日はあんなに楽しかったのに。
こんなはずじゃなかった。
なんでこうなるの。
いろいろな気持ちが次々と浮かんでくる。
気付いたら、自分の行動を振り返っていた。
あれは中学一年生の時のことだ。
当時、私はソフトテニス部に所属していた。
「自分もこんな風にかっこよくボールを打ち返せるようになりたい」
先輩の姿に憧れて、入部することにしたのだ。
入部してしばらくの間はボール拾い、そして素振りの日々。
「いつかボールを打つんだ」
「そして、試合に出るんだ」
そんな気持ちを抱きながら、日々の練習に励んだ。
基礎練習の日々が数ヶ月続いたが、ついに試合に出られる時がやってきた。
大会が開催されることになったのだ。
この時期、一年生は技術が身についてない場合が多いので、大会に出られるのは二年生以上が中心だった。
しかし、今回は一年生だけが参加できる大会だったので、私も出場できることになったのだ。
「ついに試合に出られるんだ」
「練習の成果が出せるんだ」
これまで、ボールを打つ機会がほぼなかったから、本当に感慨深かった。
「ん、でも待てよ」
その大会が開催される同じ時期に、別の行事があることに気付いたのだ。
数年前に亡くなった父方の祖父の法事を兼ねて、親戚が集まって温泉宿に泊まりに行くというものだった。
法事には遠方に住んでいる従兄弟達が来ることになっていた。
従兄弟達とは集まる度に遊んでいたので、今回も会えるのをずっと楽しみにしていた。
しかし、ここでまさかのダブルブッキング。
大会と法事の日が重なり、どちらか一つを選ばないといけなくなったのだ。
「大会には出たいけど、でも従兄弟たちとも会いたいし」
1週間ほど悩んでいたら、顧問の先生からこんなことを告げられた。
「天気予報によると、大会が開催される日曜日ごろに台風が接近しているらしい」
「状況によっては中止になる可能性があるが、開催されるつもりで行動するように」
普通だったら、残念に思うのだろう。
待ちに待っていた大会が中止になるかもしれないのだから。
しかし、私にとっては違っていた。
むしろ、好都合だと思った。
「台風が接近するんだから、大会は中止になるに決まっている」
顧問の先生の言葉が決め手となって、法事に参加することにしたのだ。
「本当に法事に行って、大丈夫なのか」
「大丈夫だよ。きっと大会は中止になるだろうし」
法事の前日まで、父親とこんなやりとりをしたのを今でもよく覚えている。
台風が来るんだから、大会が開催される訳がない。
大会は、天気が良いときに後日開催されるだろうから、大丈夫。
そんなことを思っていた。
そして、法事の日がやってきた。
父方の親戚が集まり何台か車に乗り合わせ、温泉宿に向かった。
親戚との交流は本当に楽しかった。
温泉に入ったり、料理に舌鼓を打ったり、トランプで遊んだり。
夜も更けて、みんなで寝ることにした。
ちょうど同じ時間ぐらいに、雨も風も強くなってきた。
「今日は本当に楽しかった」「この天気なら大会は中止だろう」
そう確信して床についた。
この後、悲劇が待ち受けていようとは思いもしなかった。
「おい、起きろ」
父親の怒った声で、目が覚めた。
「今日、大会やるらしいぞ」
え、どういうこと?
耳を疑った。
父の話によると、私が起きる直前に顧問の先生から「予定どおり大会を開催する」と電話が来たらしい。
温泉宿があった山間部と異なり、実家のある地域は日付が変わってすぐに雨が止み、天候が回復したので、大会が開催することになったのだ。
時計の針は6時半を指している。
温泉宿から実家のある地域までは車で3時間かかる。
しかも、集合時間は8時。
父を含めた親戚の大人達は夜遅くまでお酒を飲んでいたので、運転を頼めない。
ましてや、私は中学生だから車を運転できない。
どうしよう! 困った。
ユニフォームもラケットも一切持ってきていない。
このままじゃ間に合わない。いや、絶対に間に合わない。
パニック状態になりながらも、父の携帯を借りて顧問の先生に電話した。
「すいません」
「中止だと思って遠くに行ってしまいました。大会に参加できそうもありません」
その場で顧問の先生からお説教を受けたが、どうすることもできなかった。
電話を終えてから、今度は父からお説教。
あれだけ楽しかった旅の時間が、辛い時間に変わってしまった。
あれから、20年以上経つ。
中学生だった私も社会人になった。
当時は思ったものだ。
自分だけが悪いわけじゃない、タイミングが悪かったのだ。
それなのに、あんなに怒られるなんて。
しかし、今になって思う。
あれは、私が悪い。
「言われなくても自分でやりなさい」
「先々を推測して行動しなさい」
生きていれば、多かれ少なかれ聞く言葉だろう。
たしかに、指示待ち人間では許されないこともある。
自分で想像して、先回りして行動するのは大事なことだ
しかし、思い込みは竜巻のようなもの、推測は似て非なるものだ。
勝手な思い込みで物事を都合良く考え、周りを巻き込んでしまったのだ。
もうあんな事も、あんな思いは二度としたくない。
思い込みには要注意。
あの経験からそう思えてならない。
***
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