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「赤い公園と私」 ―財布をなくして失ったもの―


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記事:篠田 龍太朗(ライティングゼミ平日コース)
 
 
人生において「たられば」はないけれど、誰しも「たられば」の後悔を繰り返しながら生きている。ましてそれが、大切なものの喪失につながってしまうのだとすれば、その悔しさややるせなさみたいな気持ちは心の片隅に残り、なかなか忘れることもできないのだろう。
 
 
一昨年(2019年)の春、私は財布を失くした。たしか外出先のトイレか何かに財布を置き忘れてしまったのだと記憶している。私はものをよく失くす割りに悪運の強いたちで、「今回もそのうち交番かどこかに届けられるだろう」と鷹をくくっていた。
 
財布の中身は何を入れていたのだろう。少しの現金とキャッシュカードやクレジットカード、常連の店のポイントカード。もちろんこれらは困るので方々に電話し、カードを止めてもらったり再発行してもらったりした。
 
ここまでは財布を失くしたときの一般的な手順だと思う。ところが、このときは財布の中にもう一枚、とても大事なものをしまっていた。
 
ロックバンド「赤い公園」のライブのチケットであった。
 
当時割と音楽を聞くのが好きだった私は、いろんなバンドやアーティストの曲を聞いていた。良いなと思うアーティストがいれば、そのSNSなんかを調べて、さらにそこからそのアーティストと交友のあるバンドやおすすめの曲が紹介されていれば聞いてみるみたいな感じで、数珠つなぎのように色々な曲を聴いていた。
 
そんな風にして「赤い公園」に出会った。ギターの津野米咲がつくる、目まぐるしく変化する曲調や歌詞のとらえどころのなさが面白くて、でもどこかとてもキャッチーで切なくて、安直な言葉を使えばハマってしまった。しばらくずっと赤い公園ばかり聞いていた。自分と同世代の4人組のガールズバンドだが、彼女たちはとてもキラキラしていて格好良かった。そして自分よりもずっと大人びていた。
 
そんなわけで、普段ほとんどライブなんかに行かない私がライブのチケットを買った。その矢先、チケットの入った財布を失くしてしまったのである。
 
 
結局財布は見つからず、私はこのライブに行くことができなかった。
ライブに行けなかったのは悔しかったのだが、このときは正直に言えば、それ以上に財布が出てこないショックや、その財布自体に愛着や思い入れがあり、それを失くしてしまったショックの方が強かった。
 
それでも、しばらくすると財布を失くしたショックも癒えた。その頃から仕事がとても忙しくなってきたのもあって、赤い公園のライブに行けなかったことそれ自体も忘れていたし、徐々に音楽を聴くこと自体、自分の習慣から抜け落ちつつあった。
 
 
そして時は流れ、2020年10月18日夕方。
仕事の合間にふと携帯を見た私は、ニュースの通知に目を疑った。
 
 
―(速報)津野米咲さん死去 ロックバンド「赤い公園」メンバー
 
 
呆然とした。焦って何度も同じニュースを見直したり、誤報なんじゃないかと他のニュースも検索したりしたが、報道各社が伝えていたのはどこも全く同じ内容であった。何度見返しても、津野米咲はもうこの世にいなかった。
 
そして、このとき「あのチケットのこと」を猛烈に後悔した―。
 
あのとき財布を失くしていなければ、ライブに行くことができていれば……。
 
彼女たちをずっと支えてきた、熱狂的な真のファンの皆さまに怒られそうなのは重々承知している。こんなことを言うのがおこがましいことも分かっている。それでも私は思うのだ。「あのときライブに行っていれば、歴史は変わったかもしれない」と。
 
ドラマ『素敵な選TAXI』で竹野内豊が言っていたが、人々の人生や歴史は、小さな選択肢の一つ一つの積み重ねで生まれている。もしあのときライブに行っていれば、きっと何かが変わったに違いないのだ。こうした「自己の小さな選択の結果」と「すぐ近くで触れ合うはずだった誰かの生死」が初めて交差して、私は何ともいえない虚しさに襲われた。
 
こうして、津野米咲を失った赤い公園は解散を決意した。先月末にラストライブが行われ、ファンに惜しまれつつバンドの歴史の幕を下ろしたようである。わざわざ「ようである。」と書いたのは、彼女たちの解散やラストライブ自体は知っていたものの、関東に住んでいない私はコロナ禍で東京まで遠征するのも難しかったし、何よりこの時期は仕事が忙しすぎて、ほとんど情報収集する時間もなかった。だから、気がつけば津野米咲はこの世からいなくなっていたし、赤い公園も解散していた。私はまたひとつ、やるせない気持ちに襲われた。
 
「後悔先に立たず」という言葉があるが、本当にその通りだと思う。「いま応援している誰か」「大切にしている何か」は、明日ふとした瞬間に急になくなってしまうかもしれない。そして、その「存在の喪失」と「自分の選択肢の結果」が交差すると、心のどこかで後悔の気持ちや後味の悪さが消えずに残り続ける―そんなことを今回の件で知った。
 
 
2021年6月現在、ワクチンの接種開始など希望の光は見えつつあるものの、いまだコロナ禍は終息の兆しを見せていない。誰かに会ったりみんなで集まったり、どこかに出かけたりする機会もめっきりと減ってしまった。
 
それでも、「思い立ったが吉日」である。自分が応援している人のところや行きたいところには、コロナ禍だろうが何だろうが、「会いたい!」「行きたい!」と思った瞬間にできる限り触れておくべきだと心底思う。「良かった」「幸福だ」と思える人生は、きっとそういう「やりたいことやったもん勝ち」な決断の積み重ねで生まれるのだ。
 
そんなことを私は赤い公園に教えてもらった気がして、「人生のやりたいことリスト」を作り始めたところである。もう、同じような後悔はしたくないから。
 
 
最後になりますが、津野米咲さんのご冥福を心からお祈りいたします。
 
 
 
 
***
 
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2021-06-25 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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