尾崎が愛したカレーが美味いのは。
記事:岸★正龍さま(ライティング・ゼミ)
「尾崎豊が愛したカレーが美味いんだよ」
歌舞伎町にある肴と日本酒が素晴らしく美味い店で、津軽蛸の刺し身をつまみながらN先生が言った。
「尾崎が愛したって、なんなんですか、そのカレー」
目の前に置かれた、なまこの共和えを青森の日本酒でたのしみながら僕は聞き返した。
なにを隠そうカレーマニアの僕である。フリークといってもいい。美味いカレーがあると聞けば艱難辛苦を乗り越えて食べに行くし、シンガポールに行った時など滞在5日間全食カレーで極楽気分に浸っていたくらいだ。人気のピークにあった尾崎豊が「美味い美味い」と言いながら毎日のように食べたカレーと聞いて行きたくならないわけがない。ぜひ連れていってください、とせがむ僕を斜めから睨んでN先生。
「いいけどさ、プロレスわかる?」
わかるもなにも、僕は自分が経営する会社にもブランドにもプロレス技の名前を付けているくらいである。夜を徹する覚悟なくその話題を振らないで欲しいくらいは、愛していますよ。
「オーケー、じゃあさ、これから食べに行こうよ」
N先生は出てきたばかりの赤魚の塩焼きを食べながらそう言い、僕たちはあたふたと目の前の肴と日本酒をやっつけ、トイレと会計をサクッと済ませたあと区役所通りから大久保方面に向かって歩き、ホストの店が多くなるあたりに目当てのビルを見つけると、哀愁がこぼれてきそうな階段で昭和しか香らない3階に上がった。
「いらっしゃ〜い」
薄い扉を開けて店に入ると、かなりいい年をした禿頭の大男が大声で迎えてくれた。
うぁお、キラーカーンだ!
昭和の終わりにプロレスを見ていた人間で知らない人はいないだろう。モンゴルからやってきたスーパーヒール(実は新潟出身のれっきとした日本人)。ニューヨークでアンドレ・ザ・ジャイアントの足を折った伝説のプロレスラーで、僕は愛知県体育館でコーナーから舞う姿(アルバトロス殺法)を想い出して胸熱になる。
「うちは卵焼きが評判いいから食べてってよ」
そんな僕の胸熱をよそに、いま「カンさん」となったカーンさんは半ば押し売りの形で卵焼きを出してくる。セット¥3,000飲み放題(かなり多くの突き出し付)には組み込まれていない別料金のメニューだ。卵焼きの他にも、これも食べてよ、な料理が低くて食べにくいテーブルにかなり勝手に並べられていく。
「カンさ〜ん、リクエスト入れたから、よろしく!」
奥のテーブルに陣取った常連らしきお客さん(強面の男性×3+キャバいお姉さん×3)から声がかかりカーンさんが歌詞を下ネタに替えた下品な歌を唄う。店内が爆笑に包まれる。っていうかヤバいくらいに笑う。っていうかヤバイ。カーンさんはそんな中、すべてのテーブルに目を配り、声をかけ、押し売りのフードを出していく。
「尾崎が愛したカレーをください」
猥歌が終わってカーンさんが、ふぅ、とソファに腰を下ろしたとき僕はカレーをオーダーする。カーンさんは確か御年69歳。いくぶん疲れたその風情から、いまカレー頼んでんじゃないよ的な空気は察するも、フロアにはカーンさんしかいないし、カレー食いに来たのだからと心を強くしてオーダーを通す。
そのとき。カラオケが演歌のイントロを奏で出す。奥の席からやんやの喝采。まったく知らなかったがカーンさんは演歌歌手としてデビューしているらしく、そのオリジナルソングをリクエストで入れたらしい。カーンさんが歌う。上手い。卵焼きを食べる僕の手が止まるくらいに。
「お兄ちゃんたち、いまの歌のCD、1,500円で売ってるから買ってあげてよ」
奥の強面の中でも団長さんの風格が漂うお兄さんから濁声が届く。はい、喜んで! カーンさんと並んで写真を撮りCDを購入する。何だか知らないがメッチャ居心地が良くなっている。店はお世辞にも綺麗とは言えない。ソファは控えめに言ってへたれている。飲み放題の酒は悪酔い必至のクオリティ。フロアにはカーンさんしかいない。そのカーンさんも一曲謡うごとに疲れてソファーに埋もれている。けれど果てしなく心地いい。
「お待たせ。カレーだよ」
よっこいしょ、って感じでカーンさんがソファーから身を引きはがし、厨房に行って(ソファーから徒歩5歩くらいだ)カレーを受取りN先生と僕の前にサーブしてくれる。これか! これが、尾崎の愛したカレーか、よし、よし、よーし、と僕はスプーンを握りしめる。
「美味いだろ?」
N先生が焼酎の緑茶割りを煽りながら、カレーを2口食した僕に言ってくる。う〜ん、どうだろう。悪くはない。というか僕は好きな味である。であるが、しかし「ザ・お母さんのカレー」だ。最後に独特の辛味がピリッとくるものの、総合的には、普通、という評価が妥当じゃないのか? なぜこれを? あの尾崎豊が愛し毎日食べたのか?
「書くことはサービスである」
ふいにライティングゼミが教えてくれた言葉が舞い降りてくる。僕に一番沁みた言葉だ。
「お客さんが喜んでくれて、また行きたいって思ってもらえれば、店にとっては幸せなんだよ」
カーンさんが、大きな体を揺すりながら僕に話かけてくれる。
「書くことはサービスである」
サービスとは、なんだ?
「お金は大事だよ。けれどお金はお客さんしか落としてくれないから」
ニューヨークをわかした悪役が、眠たそうな目をして豪快に笑う。
「書くことはサービスである」
サービスとは……うん、そうだよな、そういうことだよな。なんか一気に嬉しくなる。
「兄ちゃんもなんか歌えよ!」
奥の席から声が飛び、僕はリモコンで曲を入れる。
僕が選んだのは……尾崎じゃねぇよ。
今夜はブギーバック。
なぜ僕がこれを選んだか分かる人、僕と桜の下で乾杯しよう!
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