名前とは、世界で一番短い詩である。
記事:鈴木彩子さま(ライティング・ゼミ)
*この文章は、「天狼院ライティング・ゼミ」の受講生が投稿したものです。
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私の名前は、鈴木彩子といいます。
鈴木。日本で2番目に多い苗字です。180万人くらいいるようです。
今の職場でも私を含めて4人の鈴木さんがいます。全員同じ部署で、席が近かった時期もありました。電話がかかってきたときに、「どの鈴木でしょうか?」と確認するのはもはや日常茶飯事です。中学の時は担任の先生も含めて3人で「鈴木カブリ」を起こしていました。鈴木が2人いるなんて珍しくもなんともありません。なので、大体は下の名前で呼ばれます。
しかし、この下の名前というのも、私の場合はクセモノです。だって「あやこ」ですから。
これも多い名前なんです。彩子のほかに、綾子、亜矢子、文子、絢子など、字のバリエーションはあるものの、いや、バリエーションがあるからこそ、よく同じ名前の人に出会います。つい最近も2人ほど「あやこ」さんとお知り合いになりました。
当然、「すずきあやこ」さんもいっぱいいることになります。実際これまで、「同姓同名の友達がいるよー!」という、どう反応したらいいか分からない言葉を何度掛けられてきたことか。
個人情報というのは「特定の個人を識別できるもの」と定義されているようですが、それにのっとった場合、私の名前は個人情報になりえないということになります。フルネームで名乗ったって、「すずきあやこカブリ」を起こしている可能性があるわけですから。「どの鈴木さんですか?」「下のお名前もよろしいですか?」などと相手に言わせるのも申し訳ないので、最近ではいつもフルネームで名乗るようにしています。
しかし、フルネームを名乗ることで、逆に不便な場合もあります。
常連の多い飲み屋さんの雰囲気が好きで、行きつけも何軒かあるのですが、そこで出会った人にフルネームで名乗ってしまうと、相手が一瞬戸惑ってしまうのです。「苗字と名前のどっちで呼んだらいいんだ?」と。ここで呼びやすいニックネームのひとつでもあればいいのですが、残念ながらそれも無く、いつも何となく「彩子さん」とか「彩ちゃん」に落ち着いていきます。
そんな不便なことがいっぱいの名前ですが、実は結構気に入っています。
特に「彩子」のほうが。
大学の頃、ポエトリー・ライティングという授業を取っていました。
世界中を旅しながら詩人として生きているという先生が、英語で詩を書く方法を、英語で講義してくれるという授業でした。金髪の長い髪を無造作にポニーテールにまとめ、Tシャツにカーゴパンツというラフな格好で現れるアメリカ人の先生で、くりくりっとした大きな瞳が印象的な、ほっそりとしてかわいらしい女性でした。大学生だった当時の私と、年齢もそんなに変わらなかったんじゃないかと思います。
授業が終わった後のちょっとした雑談のとき、その詩人の先生が言いました。
「私、日本人の名前がとっても好きなの。漢字って、アルファベットと違って1文字だけでも意味をもつでしょう? それを組み合わせて、日本人の親たちは自分の子どもに名前をつける。つまり日本人の名前は、世界で一番短い詩ということになる。だから好きなの」
そして先生は、私たちの名前の構成する漢字の意味を尋ねました。
鈴、木、彩、子。鈴はベル、木はツリー、彩はカラフル、子はチャイルド。
……ほぅ、今まで同姓同名が多すぎてちゃんと考えたこともなかったけど、こうして見るとなかなか良い名前なんじゃないか? そんなことを思いながら、私は小学校の頃のことを思い出していました。
たぶん、2年生くらいだったと思います。「自分の名前の由来を聞いてきましょう」という宿題が出たので、母に聞いてみたことがありました。
「彩子が生まれるときはね、名前の候補が3つあったの。彩子と、涼子と、繭子」
「へぇ~。何で彩子にしたの?」
「彩り豊かな人生になりますようにって。明るい色ばかりじゃなくて、時には暗い色も入ってくるだろうけど、それもぜんぶ含めて、彩り豊かでありますようにって」
両親がくれた、世界で一番短い詩。
「彩り豊かな人生を送れますように」
それは、世界で一番優しい願いでもありました。
大学生になるまでずっと同姓同名が多すぎて不便な思いをしてきたけど、そしてこれからも不便な思いをし続けるだろうけど、この「彩子」という名前がものすごく好きになれて、この上なく大切に思えました。
昔から「鈴木カブリ」が多すぎて名前の方で呼ばれることの多かった人生です。もはや「鈴木さん」と呼ばれても、あんまり早く反応できません。「あれ? 彩ちゃんって鈴木だったっけ?」などと言われるようにもなりました。私としては、してやったりです。「鈴木さん」よりは「彩子さん」と呼ばれる方が、早く反応できるし、しっくりくる。学生の頃はニックネームで呼ばれている人を羨ましく思ったりもしましたが、両親がくれた「世界で一番短い詩」で呼ばれ続けるほうが嬉しいと感じるようになりました。
ところが最近、「いろどりさん」という呼び名をもらいました。私が表現活動をする際に使っている屋号を元につけてくれたのです。うれしい。でも「彩子」と呼ばれてきた期間があまりにも長すぎて、まだ体に馴染まないんですね。逆にこれが体に馴染んできたら、表現活動も次のステージに上がれるということなのかもしれません。そういう意味では、自分からも積極的に「いろどりさん」と名乗っていく方がいいのだと思います。しかし、誰も「彩子」の方で呼んでくれなくなっちゃったら、それはそれでさみしいなぁという思いもあります。
……というような話を友人にしたところ、
「俺さ、知り合いが“いろどり”っていう焼き鳥屋をやってるから、“いろどりさん”って聞くとそっちを思い出しちゃうんだよね」と言われました。
鈴木がカブるのは分かります。
彩子がカブるのも分かります。
でも「いろどり」までカブるってどういうことだっ!?
その辺の不便さやツッコミどころもぜんぶひっくるめて、この名前を愛しています。
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*この文章は、「天狼院ライティング・ゼミ」の受講生が投稿したものです。
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