嫉妬の風景 〜女は消費し、男は締める〜
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:佐藤あやの(ライティング・ゼミ平日コース)
「りなちゃん、6月いっぱいで退職しちゃったね」
「それでよかったのかもよ」
カフェの2階席で女達はランチをしていました。話題はりなちゃん周辺のこと。
りなちゃんは、有名大学卒業で、可愛くて、物静かで、仕事ができません。
仕事ができないことはりなちゃん自身もよく分かっています。
仕事ができないりなちゃんは、自分を守ってくれる男を見分ける才能には長けています。
瞬時に嗅ぎ分けて、両手の平を胸の前でパタパタとさせて、ピタリと男に寄り添います。
ポニーテールとスカートが可憐に揺れるのを女達は見逃しません。
「俺がりなちゃんを守ってやった!」
男が勘違いした瞬間も、女達は決して見逃しません。
しかも、そんな男は3人もいるというのに、
「俺こそがりなちゃんの1番だ!」
そんなふうに思っているのですから、3人ともいい人です。この男3人を仮に、トン吉、チン平、カン太と呼ぶことにいたしましょう。
りなちゃんの苦手なExcelは、トン吉が手伝ってやっています。
りなちゃんのお話しは、チン平が聞いてやっています。
りなちゃんがバスに乗り遅れると、カン太が送ってやっています。
女達は眉をハの字にしました。
送るってどう言うことかと言いますと、会社は駅から遠くて電車の乗り継ぎが悪いから、マイカー通勤のカン太がりなちゃんを送ってやっているのです。
が、乗り継ぎが悪いのはりなちゃんだけではなく、みんなにとって等しく悪いのです。みんなだって送ってもらってもいいはずです。
だから、りなちゃんの上司がバタバタとカン太の車に乗り込んでりなちゃんと一緒に帰ることになりました。
そしたら……。
カン太はいつもりなちゃんちまで送ってやっていたのがバレました。駅までではなかったのです。
「アッシー!」
女達は胃袋が裏っかえりそうな勢いで昭和の言葉を吹き出しました。
カン太は既婚者なのにアッシーだなんて、少し落ち着いた方がよろしいです。
いつものように夕方のバスが出た時間、カン太が当然のような顔をしてりなちゃんの席にやって来ました。りなちゃんはすでに帰った後でした。
「え?」
カン太は驚いてドアを見ました。見たとて、もうりなちゃんはいるはずもないのに、どうしてだかドアを見ました。きっとドアの先のりなちゃんの幻を追っかけているのでしょう。
カン太は腰のベルトに手を置きました。
実はりなちゃんはチン平の車に乗って帰ったのです。そんなこと女達はもちろん見逃すわけがありません。
さあ、女達の怒涛が始まりました。
「りなちゃんのような子は、もっと穏やかな人がお似合いに見えるのに!」
「りなちゃんのような子は、職場の花と言われているうちに結婚退職して、ママが会社で一番可愛かったんでちゅよーって子供に聞かせてあげたらいいのよ!」
「りなちゃんのような子は、地元の大きなお店の息子さんと結婚したら、さすが商店街の看板娘! っておじさん達から大切にされるわよ!」
りなちゃんのような子が幸せになる人生について議論は展開し、食事の手は完全に止まっていました。女のランチは運動よりもカロリーを消費します。
6月に入り、この数日、りなちゃんがいませんでした。男3人はりなちゃんの席をチラチラ見ていました。
さすがに鈍感な3人でも有給にしては長いことに気がついたようです。
りなちゃんと個人的な付き合いがあれば、りなちゃんがいない理由ぐらい知っているはずでしょう?
個人的な付き合いが、あ・れ・ば・の話ですが、なさそうなので仕方ありません。りなちゃんの上司は気をきかせて、3人それぞれに知らせてみました。
「りなちゃん、6月いっぱいで辞めちゃった」
すると3人の心の声が綺麗に漏れ聞こえてきました。
「どうして?」
「俺は退職を知らなかった」
「りなちゃんは相談してくれなかった」
3人の目が覚めた瞬間を、やっぱり女達は見逃しませんでした。そして女達の意見は一致しました。
「3人の他にもいたわね」
りなちゃんは最初から仕事なんかで勝負していませんでした。女達は別の競技をしていたようなもの。体力を消耗して喉がカラカラになりました。
私はくたびれて、グラスをクッと飲み干したら、梅雨の晴れ間の空が青くて何故か清清しました。
りなちゃんのような子は、何も悪くないのです。
それにしても私は、大変興味深い発見をしたかもしれません。
俺が1番じゃなかったと察したとき、3人とも平静を装ってはいましたが全く同じ動作をしました。
3人とも腰のベルトに手を置いてギュッ掴んだのです
男はどうやら嫉妬を腰でギュッと締めるみたいです。
これはこの3人に限っての反応なのでしょうか?
誰もが持っている妬みや嫉みの気持ちですが、自分で勝手に走り出してしまった気持ちですから、自分で車庫入れするしかありません。
苛立っても誰かにぶつけることなく、腰のベルトを締めて抑えることができるなら、これは素晴らしい解決方法の発見です。自分の嫉妬をうまく乗りこなせる人はとてもチャーミングだと思います。
可愛い嫉妬は可愛いものです。一歩間違えたらモンスターですけど。
私の、いつ役に立つかわからない嫉妬にまつわる風景観察は今後も継続して参ります。
***
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