メディアグランプリ

交換日記を交わした私達の春



                      
記事:小堺 ラム(ライティング・ゼミ)

*この文章は、「天狼院ライティング・ゼミ」の受講生が投稿したものです。
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運気を上げようと思って始めた週末の断捨離。
ときめくもの、ときめかないものを選り分けていた時にふと出てきた大学ノート
見開けば左のページは、たどとしい日本語で右のページは苦心して書いたようなハングルで埋められている。
それは高校2年生の時に男子学生と交わしていた交換日記だった。

私が通っていた高校には、夜間部が存在していた。
私達全日制の生徒が授業を終えた後、午後7時から授業が開始される定時制高等学校といくくりだった。
当時、海の外の世界に大変興味を持っていた私は、語学研究会といって主に英語討論をやったり、英語劇を上演する活動をやっている部活に入っていた。
日が落ちて暗くなり、語学研究会の部活を終えて仲間たちと学校を後にした頃に定時制の学生達が登校していたようだった。
だから私達は彼らの姿を学校で見たことはなかった。

春休みも終わって新学期、新入生の入学式準備をしていたある日、私はひどく疲れていて、その日宿題があった古語の授業で使っているノートを教室の机の引き出しにいれたまま、忘れて帰ってしまったのだ。
あーーしまった、宿題あったのに! 教室に忘れてきてるんだ! ノート定時制のやつらにイタズラされてないといいけど…と思った。
定時制の学生たちも当然同じ校舎、教室を使っており、一度ノートを忘れて帰ったクラスメイトが、ノートに卑猥な落書きをされたという事件があったのだ。
私は翌日、いつもより早く学校へ行った。
誰もいない教室の入り口をガラガラと開けて、自分の机の引き出しを開ける。
やっぱり! あった! 古語のノート…よかった~~
そして、安心したのもつかの間、どきどきしながらノートをめくった。
よかった…落書きはされてないみたい…
ほっとしながら、最後までページをめくると、一番最後のページにたどたどしい字でこう書かれてあった。
「ぼくは定時制にかよっています。おともだちになってください。イム・ジヨン」
うっ…こ、これは…
定時制の子が書いたんだ…
日本人ではないみたい…
ぼくって書いてあるから、男子だな…
急に私は恥ずかしくなった。
誰もいない教室なのに、私はこのページを誰にも見られたくなくて、パタっとノートを閉じた。
いつもなら、学校であったことをなんでも打ち明けている友人にさえ、私はノートでお友達になってください宣言を定時制の日本人ではない男子から申し込まれたことを言わなかった。
古語の授業は、購買部で買った新しいノートで挑んだ。

キーンコーンカーンコーン…
その日の授業が終わった。
皆家に帰ったり、部活へ行ったりしている。
私は、誰もいなくなるのを待って、教室で、古語のノートを開いた。
もう一度最後のページに目を落とす。
「ぼくは定時制にかよっています。おともだちになってください。イム・ジヨン」
見開きの左のページにシャープペンで書かれたたどたどしい文字…
私は書かれた一文を、そっと指でなぞった。
イム・ジヨン…
どんな人かなあ…
定時制だけど、同じ位の歳かなあ…
韓国の人かなあ…
まだこの眼で見たことがない男性に対する憧れと、海の外の世界に対する憧れが絡み合って、私を突き動かす。
シャープペンを筆箱から取り出し、私は彼が書いているページの右側のページに、こう書いた。
「わたしのなまえは、こさかい らむです。おともだちになりましょう。」
そして、パタっとページを閉じ、再び机の引き出しにノートを入れ、教室を後にした。

その日、語学研究会の部室で、私は韓国語簡単会話という本を手に取った。
語学研究会と言っても、殆どが英語に関わる活動をやっていたから、韓国語の事なんて全くわからなかった。
でも、会話集に出てくる登場人物の名前は、キムさんとかイさんとかばかりだから、ノートに書いてきた人は、やっぱり韓国人だろう。
定時制で、日本語を勉強しているのかな?
次は、私も韓国語で何か書いてみたいなあ…

そして、一つの言葉を調べた。
「負けないで」韓国語で「チヂマ」。
当時ZARDという女性ヴォーカリストがはやっていたので彼女の代表歌でもあったのでパッと浮かんだのと、異国で、働きながらやっている彼に対して、エールを送りたかったのだ。
私は、「チヂマ」とメモ帳にメモをして、誰にも見られないようにメモをしまい、その日は一目散に家に帰った。

翌朝、いつもより早く学校へ行った。
一刻も早く、ノートが見たかったからだ。
教室でノートを開ける。
「おへんじうれしかった。おともだちです。
 ぼくは、昼レストランでアルバイトをしています。
 ぼくは19さいです。
 韓国に父と母と妹がいます。
 日本語はむずかしい。
 がんばります。」
彼のことが少し前よりもわかった。
なんだかうれしかった。
そして、もう少し彼の事が知りたくなった。
私はたどたどしい日本語が書いてある彼のページの右ページにこう書いた。

「へんじありがとう。
チヂマ!!
 勉強がんばってください。
 日本では、まいにちの日記のやりとりを、こうかん日記とよびます。
 とってもたのしいです。
 私もあなたのくにのことばを勉強しようと思います」
 
韓国のことは、小学校の時にやっていたソウルオリンピックの事と、大好きなキムチくらいしかその時は知らなかった。
しかも、その時私は、ヨーロッパに興味があったから授業でも語学研究会でも英語の勉強に力をいれていたところだった。
でも、今はそれよりも、彼との日記を楽しみたかった。
彼が母国語でない日本語で日記を書くのであれば、私はその逆、韓国語で日記を書こう、そう決意した。

その日から、私は語学研究会の資料や、図書館で韓国語を調べては、彼に伝えたいことを韓国語に直していった。
現在では、韓流ドラマやKPOPが流行ったこともあり、韓国語の教材は巷にあふれているけど、私が交換日記をしているときは、市場にそれほど韓国語習得の教材は出回っていなかった。
でも、日ごろの学校のこと、感じている想い、それを伝えたい一心で、夢中で辞書を引いた。
ハングルの書き順や成り立ちなんてまったく分からなかった。
誰が教えてくれるというわけでもない、
でも、「語学の勉強」という枠を超えて、彼と思いを交わすために、努力だとか苦労だとかそんなことは一切感じることもなく、遅くまで残って日記帳に韓国語を書き綴る毎日は、喜びに満ちていた。

今日の出来事や天候といった話のレベルをとっくに超えて、お互いの想いをやり取りするようになるのに時間はかからなかった。
いつも一緒にいる学校の友人には、日本語でさえ話さないような自分の劣等感や、これからの人生に対する希望を、慣れないハングルで書き綴った。
彼も、日本でのこれからの生活、やがてやってくる兵役に対する想いなど、見違えるように上達した日本語で書いてきた。
学校の友達のことなんてそっちのけで、私は彼との交換日記にのめりこんでいった。

そして夏休み一週間前に、私たちは、一度会おうということになった。
その時もうすでに、周囲のクラスメイトには、私が定時制の外国人生徒となにやら交換日記をしているということがバレており、噂になっていた。
ある日、職員室に呼び出される。
私たちが交わしている交換日記のことを誰かが密告して、先生からこれをやめるように忠告された。
彼の方にも、定時制の先生が日記をやめるように告げるとのことだった。
やめなかったら、停学処分も検討するとのこと。
大胆に韓国語で男子学生と日記を続けてきた私だったけど、結局は親のすねをかじるただの高校生。
先生の言うことを聞かないわけにはいかなかった。
結局、翌日から日記はやめてしまい、結局私たちは会うことはなかった。

交換日記帳を39歳になった今、じっくりとめくりながら思った。
私は、今、大切な人と本当に思いを交わせているだろうか。
いや、必死になって思いを交わしたい、それほどまでに大切な存在に私は気が付いていないのではないかと。
電話、メール、直接の会話でのやりとり、様々なSNS…
たくさんのコトバを毎日のように交わしている。
表面上は。
だけど、高校一年生のあの春、彼と交わした交換日記のやりとり以外で、お互いを気遣い、思いをくみ取りながら、自分の意思を伝えていくことを、やってこなかったと思う。
お互いの思いを交流させる楽しさと喜び、そして充実感を再び味わってみたい。
残念ながら、今、交換日記をやりたい特定の人はいないのだけど、私は日々の発信に自分の思いを乗せてみようと思う。
そして、読んでくださったみなさんに思いを委ねてみたい。

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*この文章は、「天狼院ライティング・ゼミ」の受講生が投稿したものです。

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*この作品は、天狼院メディア・グランプリ参加作品です。
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2016-04-06 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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