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3番目の石切職人に胸キュン


記事:菊野由美子(ライティング・ゼミ)

*この文章は、「天狼院ライティング・ゼミ」の受講生が投稿したものです。
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ざわついていた会場が暗くなる。それは、大好きなアーティストと同じ空間を共有できる瞬間が、今、まさに始まろうとしているサイン。観客の見えない興奮の波動が伝わってくる。
そして、前方ステージに光が差し、アーティスト達が弾けるように現れる! それと同時に観客も弾ける!

が、しかし……。

4万人の観客がステージのアーティストに釘づけの中、なぜか私違う場所……、いやいや、違う人たちに目がいってしまうのだ。

姪っ子に誘われて、今をときめくダンスと歌のパフォーマンス集団のドームライブに行ってきた。
いやはや、「豪華絢爛!」とはこのことで、歌やダンスは言うまでもなく素晴らしいのだが、ステージ装飾へのお金のかけ具合がすごすぎる!

テニスコート数面分ぐらいはあるデジタルスクリーン、生きているのではないかと思わせるほどに七変化するステージ。汽車の形をした大きな風船は飛んでくるは、数枚の卓球台ほどの移動ステージがダンサーとの絶妙なタイミングで出てきたり、引っ込んだりしていく。久しぶりに聞いた黄色い歓声と大音量で耳はパニック、目はグルグル。

そんな中で、今でも忘れられない光景があった。あの大歓声の中で、ここに注目して感動していたのは、きっと私だけだったはず。

メインボーカルの二人が、ドームの上手と下手から大きなライオンの張りぼてに乗って登場した。そのライオンたちを7,8名のスタッフが人力で押して動かしている。こんなにデジタルを駆使したハイテクな舞台なのに、ここは思いっきりアナログなのか! と思うとさらに目が離せなくなった。
ボーカルの二人がはしごでライオンから降り、中央ステージに向かうと、もうだれもライオン君たちに目を向ける観客はいない。それはそうでしょ、ライオン君たちに、もうスポットライトさえも当たっていませんから。

でも、でも、私は見ていた!!

誰もライオン君のことなんて気にしていない中、ライオン君のシッポ係のスタッフは、そのシッポを暗闇であろうとも、「フリフリ、プリプリ」と左右に動かし続けながら上手と下手に去ろうとしているではないか!!!
私は、今、人気絶頂のアーティストのパフォーマンスより、この「フリフリ、プリプリ」に胸キュンしてしまっていた!

思い返してみると、私が「裏方さん」に興味を持ち始めたのは、半年ほどぷー太郎していたときの出来事がきっかけだった。ぷー太郎の間、好きなことをやってみようと思い、20人規模のお小さいイベントから、200人ぐらいのイベントを自分で主催したり、興味があったり、知り合いが主催しているイベントのお手伝いなどをしていた。

そのときに痛切に感じたのが、「裏方」の存在の重要性。

20人規模の小さなものなら、企画、チラシを作り、興味のありそうな人たちへ配り、集客し、金銭の受け渡し、当日までの出演者との打ち合わせ、当日の運営などは一人でまかなうことは可能。しかし、200人規模となると一人ではまず無理。当日までの様々な運営を一緒に行ってくれる人たちがどれだけ大切かを心の底から感じざるをえない。逆に一人だったら、と思うと恐怖を感じるほどだ。さらに当日、すべての担当位置に細かい指示がされていないにも関わらず、一人一人のスタッフが、その場所で考え、対応してくれている働きを見て感動する。もしかすると、主催者はイベントの内容よりも、裏方の働きに感動することが多いのではないか? と思ってしまう。そんな経験から、「裏方さん」には足を向けて眠れないのだ。

そんな同じ時期に、その後、ことあるごとに良く思い出すようになった、あるビジネス書に書かれていた逸話と出会った。

その昔、3人の男が働いている石切場に道行く人が通りがかった。そして、その石切職人にこう尋ねた。

「あなたたちは何をしているのか?」

1人目の男は苛立ちながら、「この忌々しい石を切るのに悪戦苦闘しているのだよ」

2人目の男は、「これで暮らしを立てているのだよ」

3人目の男は胸を張って言った。「みんなの心のよりどころになる大聖堂を作っているのさ」

私は日々の仕事を、仕事量が多ければ多いほど作業のようにこなしていた。それで給料をいただいているのだから、生きていくために当たり前のことと思っていた。多くの人が「仕事とはそういうもの」と、きっと共感してくれるはずだ。しかし、何か心にさみしいものを感じていた。もっと深いところで、「私は何のために働いているのだろう?」と……。
そんな時、イベントを行う中で、たくさんの3番目の石切職人の人達に出会うことになった。「イベントを成功させる!」という私たちにとっての大聖堂である一つのミッションの下で、それぞれの仕事が終わってからミーティングに駆けつけて、割り振られた役割の確認、進捗状況のチェックをし、また、出演者との連絡やコミュニケーション、広報など「目に見えない」ところでもエネルギーを割いている彼・彼女達に、言うまでもなく「胸キュン」してしまっている自分がいた。

そしてそのことが、仕事だけではなく、自分の恋愛観にも影響を及ぼしていることに気づいた。

ある日、八百屋を継いで4代目になる友人が、次世代の「八百屋」を目指して、熱く語っているのをワクワクしながら聞いていたことがあった。
取引先である高齢者施設の調理担当者から、少しでも作業時間を短縮するために、「玉ねぎは皮も剥いて、ある程度すでにカットしている状態で持って来てほしい」などの要望をよく耳にすることになった。すでにカットして提供するなら、見た目のこだわりはない。ならば、捨てるしかない規格外の作物を安く引き取れば、生産者も少しでも収入になる。後は、カットする作業場と、防腐剤などを使わずに、鮮度を保ちながら搬入するにはどうしたらいいかを試行錯誤している。または、八百屋だからこそのお惣菜に力を入れたいし、スムージーに関連した商品も提供できるようになりたい。などなど、少年のようにキラキラしながら語る彼の話を、読み聞かせを楽しんでいる子供に還ったようにワクワク聞いていた。彼は、たくさんの従業員を抱える経営者なので、ただの夢物語を話していたのではなく、キラキラした目の奥では、そろばんも弾いていたことだろう。 

そしてある日、彼の八百屋を通りかかると、白いTシャツ一枚にジーンズ姿で、ナタのような大きな包丁を右手に、大量な大根を「ザクッ、ザクッ」と、まるで石切職人が大根職人になって表れたのかと思うような錯覚をしてしまうほど、その彼の姿に見とれてしまったのだ。

まさにこのとき、「お友達」だった彼が、私の中の「胸キュン対象者」に一瞬で変わった瞬間だったのだ。

「私の彼は、会っても仕事の話しかしないからつまんない」という声も女友達からよく聞く。だが、私は今の彼の仕事の話を聞くのも大好きだ! (八百屋の彼ではありません。彼とは今でもお友達)
どんなに苦悩しているような話題でも、私には、彼の働く姿が、3番目の石切職人に見えてならない。
こんな恋愛観を持っている女性はマイナーなんだろうな、と思っていたが、いやいや、すべての女性には、3番目の石切職人大好き説は当てはまるでしょ! と確信した出来事があった。

それは、過疎化の嫁不足に悩む地域でのお見合い大作戦のテレビ番組を見ていた時だ。

弟は社交的で背も高くルックスもまぁまぁ良い。兄は内向的で話下手、第一印象としての見た目は地味な感じ。
男性たちは、自己紹介を掲げたボードの前に立ち、そこに参加女性たちが意中の男性のところに行って、フリートークするのだ。

予想を裏切ることなく、弟のボード前に参加女性の人だかり。隣でお兄さんは、ポツンとしている。番組のゲストもその状況を心配している。

そんな時、一人の女性が兄の自己紹介ボード前で立ち止まり、何やら質問している。そのお兄さんは、車のパワーウィンドウを作っている工場で働いているエンジニアだった。彼は、自己紹介ボードの前に、普通車のドア1枚を展示していた。一見、車のパワーウィンドウなんて、女性にとってはなんら興味もわかない題材だっただろうに、なぜか、その立ち止まった女性にパワーウィンドウの説明をし始めると、2人、3人、と女性参加者がお兄さんのブースに集まり始めたのだ!
どんな風にお兄さんが語っていたのかまではテレビでは流れなかったが、きっと口下手なお兄さんでも、仕事のことは、自分が気がつかないうちに、熱く語っていたのではないかと推測する。

そのあと、さらに奇跡が起きた!

このお見合い番組では、参加女性が意中の男性の自宅に訪問するコーナーがある。男性側は、息子の嫁取りという一大事に、テーブルいっぱいの豪華料理を準備して、「何人来てくれるだろう」とそわそわしながら待っているのである。もちろん、現実は厳しく、訪問者「ゼロ」の場合もある。

そこにやってきました未来のお嫁さん候補の方々が!

兄弟での参加なので、訪問してきた女性たちが、いったい兄と弟のどちらのお目当てで来たかは分からない。でも、「そこはテレビの見どころでしょ!」ということで、レポーターが訪問時間最後の方で、お目当ては、兄なのか弟なのかを質問し始めた。私の記憶が正しければ、なんと、5名中3名がお兄さん目当てだった!!
まさかの逆転! レポーターが理由を聞いてみると、

「フリートークのときのお話が楽しくて、まじめな方なのだな。と思いました」だとさ。

何度も言うが、お兄さんがどのように話していたのかは、音声で聞くことはできなかったのだが、間違いなく、パワーウィンドウの話からの、「僕は、車の一部のパワーウィンドウではあるけど、みんなが心地よく安全に乗れる車を作っているんだ」なんて言っていたにちがいない! と勝手に想像してみた。

それを見たとき、「はは~ん、どうやら3番目の石切職人胸キュン説は、私だけでなく、すべての女性の感性に眠っているなぁ」と勝手に確信したのだ。

そういうわけで、3番目の石切職人の存在を知ってから、コンサートの裏方さんだけでなく、町で見かけた「3番目の石切職人」にことあるごとに胸キュンするのだった。
夜間に道路工事や店舗改装工事をしている人。噴水の新設工事で、噴水の出具合をビショビショに濡れながら調節する人。大雪の日でも運行をがんばってくれているバスの運転手。などなど……。

あれ? なんだかおかしい……。

確かに彼らは素敵だ。でも、彼らから仕事に対する話を一切聞いたこともないのに、なぜ胸キュンするのか?

石切り職人は、旅人が尋ねたから知ることができた。八百屋の跡取りも、事前に彼のビジョンを聞いていたから、大根切り職人の姿にときめいたのだ。お嫁さん候補の参加者も、お兄さんの話を聞いたから、興味が沸いてきたのだ。それならなぜ? 話を聞いてない人たちにも胸キュンするのか?

明らかに、私が勝手に「彼らは3番目の石切職人」と決めつけて妄想して胸キュンしているだけなのだ。

コンサートのシッポフリフリのお兄さんは、「僕は、何万人もの人たちを感動させるコンサートを成功させるために、このライオンのシッポ役をやっているんだ!」と、私が勝手に解釈したにすぎない。
もしかしたら、「早くコンサート終わって、彼女に会いて~」とか、「今日は深夜残業代まで稼げるかな」と思いながら、シッポフリフリしていたかもしれない。

深夜工事の人たちも、「ここが、たくさんの笑顔であふれたお客さんが集う店舗になるんだ!」と思いながら働いているというのは私の希望で、実は、「店舗工事はいつも深夜で割に合わないんだよな~。でも、仕事がないよりはましだな」と思いながら工事しているかもしれない。

八百屋の彼も、「野菜は自分で切ろうよ~、調理人でしょ。これ、結構手間なのよ」と思いながら大根を捌いている日もあるかもしれない。いや、あるでしょう。

でも、そう思うと、なんだか悲しくなってくる。

あ、待てよ……、そもそも、この人は「一番目の石切職人タイプ」、この人は「2番目」そして彼は「3番目」なんてそもそも区別できないのではないか?
日によって、1番や2番になったり、一日の間でも、午前中は3番目で仕事に取り組めたけど、夕方になるにつれて1番になってきた……と行ったり来たりしている方が普通かもしれない。

そもそも、そういう自分自身はどうなのか?

はい、間違いない、行ったりきたりしている。しかも、3番目の比率がかなり少ないのではないか?
「ウェディング」という人生で大きな節目の仕事に携わっているにも関わらず……。

私の仕事は「ウェディング関係です」と言うと、ほぼ9割の人たちが、私のことをウェディングプランナーだと思ってしまう。しかし、私の仕事は、新郎新婦とは全くコンタクトをとることのない、思いっきり裏方の仕事なのだ。
結婚式と聞くと、ほぼ「披露宴」を思い浮かべるでしょう。多くの人達が忘れがち、いや、忘れているというより、あまり記憶に残っていないであろう、「挙式」が必ず披露宴前に行われている。その挙式は、神前式、教会式、人前式などがある。その中で、教会式、いわゆるチャペルウエディングを執り行っているのが、私が勤めている会社だ。

日本では、40年位前から洋装ウエディングに憧れる流れがあり、今では、ウエディングの9割は、チャペルウエディングである。結婚式場やホテルは、洋風で白やクリスタルなどをあしらったお城のようなチャペル、または、おしゃれで落ち着いたスタイリッシュなチャペルが併設されている。中には、ヨーロッパのエーゲ海やバリ島を思わせるような神秘的な空間を演出しているチャペルもある。

そのような流れの中で、チャペルウエディングに必要なのが、聖歌隊、オルガン奏者、バイオリン、フルートなどの音楽奏者である。また、挙式を進行する司式者が必要である。司式者とは、いわゆる牧師の役をする外国人だ。彼らは、「牧師」として生活をしている人たちではないが、洗礼を受けているクリスチャンであり、日本人牧師の面接にパスした人達でないと、この司式者の仕事はできないことになっている。その司式者や音楽奏者が弊社に登録しており、取引先の式場やホテルに毎週彼らを派遣し、挙式を執り行っているのだ。
式場やホテルでは、挙式はほぼ100%外注している。

そういうわけで、私たちが直接コンタクトを取るのは、新郎新婦ではなく、式場やホテルの担当プランナーなのだ。司式者や奏者は、挙式の前にリハーサルを行う際、新郎新婦と言葉を交わすことがあるが、私たち派遣担当者は、挙式が滞りなく進行されているか、または、音楽や司式者のパフォーマンスの質のチェックのために定期的に現場に赴くが、その時でさえも、直接新郎新婦と言葉を交わすことがない。

 毎月、何百もの挙式をこなすために、とにかく、目の前の仕事を捌いていくのにいっぱいいっぱいになっている。3番目の石切職人のように、「私は今、新郎新婦の一生に一度の大切な瞬間のお手伝いをさせていただいている!」と思う気持ちはどこかに置いてきてしまい、とにかく1挙式、1挙式、「ミスなく行う」という事務的な作業になってしまっている。

純白のウエディングドレスに身をまとう新婦。母からの新婦への最後のお仕度として、新婦のベールをお顔にかぶせるベールダウン。新婦が父とバージンロードを歩き、聖壇前で新郎にバトンタッチ。そして、司式者の進行に聖歌隊と音楽が色を添えて、厳かで感動的な挙式が進行する。最後は華やかな曲とフラワーシャワーで笑顔と涙の新郎新婦が退場していく……。

定期的な挙式立ち合いで、そんな挙式を目にして胸が熱くなる。「この瞬間のために、またがんばろう!」と思い、式場を後にするのだが、そんな気持ちをかき消すように、2時間後の挙式、明日の挙式、来週末の挙式、来月の挙式……とたたみかけるように追いかけられ、また「事務的な私」に戻ってしまう。

それでも、3番目の石切職人に出会ってしまったので、自分自身もなるべく「3番目」でいる比率を長くしていたいと思うのだ。

そして、私が「ライオンのシッポフリフリのお兄さん」に胸キュンしたように、式場に通りかかった石切職人が私の姿を見て、私に話しかけることなく、「あぁ、この人は、私が作った大聖堂でたくさんの人たちに感動の挙式を届けてくれているのだなぁ」と胸キュンしてもらっている自分になりたいと思う今日この頃なのだ。

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*この文章は、「天狼院ライティング・ゼミ」の受講生が投稿したものです。

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*この作品は、天狼院メディア・グランプリ参加作品です。
メディア・グランプリは、ゼミ生・スタッフ・出版関係者・著者・作家などプロの書き手も混じって、本気でアクセス数(PV数)を競うものです。
「天狼院ライティング・ゼミ」に参加すると、投稿チャレンジ権が付与されます。
詳しくはこちら→ 天狼院メディアグランプリ〔TENRO-IN GRAND PRIX〕7thシーズン開幕!(2016.2.22〜2016.4.17)

 


2016-04-06 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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