メディアグランプリ

音楽教師との正しい密会


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記事:まるバ さま (ライティング・ゼミ)

密室、密約、密談 …… 「密」ではじまる言葉はどれもアヤシくて背徳な響きをもつ。
ところが、高校に入って早々、私は不思議ですがすがしい「密会」を味わうことになった。

高1での音楽の担当教師は、当時ヒット曲を飛ばしていた女性歌手にどこか風貌が似ていたので、生徒たちは「マキ先生」とひそかに呼んでいた。

TVドラマや小説で描かれる音楽教師というと、清楚で物静かで白いレースのスカートが似合いそうな箱入りのお嬢様というのがお決まりである。
しかし、生徒たちが、彼女のことをテンプレートからはみ出した「確実にヘンな先生」と認識するのに、そう時間はかからなかった。どこかエキセントリックな雰囲気を醸し出し、周りの人とは違う時間軸の中で生きている人だった。

音楽の授業らしい授業はほとんどなく、週1コマの貴重な時間に、映画「サウンド・オブ・ミュージック」を4週にわたり上映して1カ月過ごしたり。またあるときは、インド旅行に行った際の体験記を一方的に話して、その日の授業が終了。

「で、先生、インドから帰国した後ね、日本でモノにあふれた中で生活するのがイヤになっちゃって」
「それで昨日、部屋のものをぜーんぶ売り払って、今なんにもないの。すごくスッキリしたわ」

あ……この先生ヤバイわ。

たまーに、気を取り直したように、腹式呼吸のレッスンを始めて、やっと音楽らしい授業になるものの、珍しすぎる光景に悪乗りした男子生徒が騒ぎだしてあえなく中断。ショックを受けた先生が、子どものように泣きじゃくり部屋を飛び出してしまったのは、さすがに後味が悪かったけど。どこまでも感情の赴くまま自由に生きている人だった。

一方、私はというと、誰もが期待に胸膨らませる高校生活1年目に運悪く肺炎を患い、1カ月の入院生活に突入してしまう。何とか退院したものの、遅れた勉強や課題をこなすのに必死の日々。
普段の授業はグダグダだったにもかかわらず、定期試験代わりということで音楽の課題もきっちりと課せられていた。

課題:「月に1回、クラシックのコンサートに行きレポートを提出すること」

もちろんクラシックにはあまり興味が無かったので、なかなか腰が重かったが、せめて好きな演目を聴こうと、ガーシュウィンの曲をメインにした大学吹奏楽部のコンサートへ足を運び、周りの生徒からはかなり遅れてレポートを書き上げた。

入院という事情で期日には特別猶予をもらっていたものの、そろそろ提出しないと考査に響く。ちょうど期末テスト期間に入り、音楽の授業はしばらく無いため、「じゃあ、土曜日は出勤してるから、レポートはその時音楽準備室に直接もってきて」と、先生から提案があった。

土曜授業が終わった昼上がりの放課後。吹奏楽部の低いチューニング音や、サッカー部のボールの弾む音が校内に響く。音楽室は防音の配慮のためか、通常科目の校舎とは離れた別棟になっており、先生の神秘性を高めるのに一役買っていたのかもしれない。

外の陽気がうそのように、薄暗くひんやりとした廊下を進み音楽準備室の戸をたたく。「失礼しまーす」とおそるおそる開けていくと、エキゾチックな音楽となにやら不思議な香りが鼻をつく。異様な雰囲気を感じ取ってひるんだが、すぐに謎が解けた。部屋中にインドのお香を焚いて、当時はまだ珍しいヨガの最中だったのだ。視界に飛び込んできたのは、艶めかしいポーズをキメている先生。ぴったりとしたウェアをまとい体のラインが露わになった姿に思わず息をのむ。

「せ、先生!レポートもってきました」
「ありがとう。今飲み物出すからちょっと座ってて」

出されたお茶(これもインド産)を飲みながら、「入院大変だったねー」なんて他愛のない話をして、さて帰ろうかというとき、先生は思いもかけない言葉を放った。

「先生ね、あなたみたいな人、好きよ 」
「!」

不用意にパスが飛んできたサッカー選手のように気が動転して、頭もまっしろ。

「あわわ*#$@……え、えーと、さよならー!」

逃げるように慌てて部屋を飛び出した。

その後、先生との距離感がなんとなくギクシャクしたまま数か月が経ち、実家の事情ということでマキ先生は突然学校を離れた。

先生がいなくった直後の高校生の時分は、敢えて思い出さないようにしていたのだが、大人になってくると「あの発言の意図は何だったのだろう?」と、折に触れどうしても気になる。
自由気ままに、思いついたそのままの言動をする先生のことだから、なおさら週刊誌の見出しになりそうな下世話な方向性にはどうしても思えないのである。授業崩壊の一員に加わることもなく、遅れてもレポートを提出する「品行の正しいお気に入りの生徒」くらいの意味だったのかもしれない。何の打算もない心からの好意の表れだろう。

大人になると、そんな風に手放しで好意を伝えることはとても難しくなる。伝えた後に両者の関係性が規定されることに、どうしても二の足を踏んでしまうからだ。好意を伝えることは、友達・恋人・その他などなど一定の関係性を強固に構築することと同義なので、慎重にならざるを得ない。
しかし、大人になれば誰しも気にする、そんなシガラミを全部飛び越えて、心のままに純粋な好意を言葉に表した先生の姿は、今になって、とてもすがすがしく正しい生き方のように見えるのである。

今でもラジオで、「ら・ら~」と歌う、ある女性歌手のヒット曲を耳にするたび、自分の心にまっすぐなまま、軽やかに通り過ぎて行ったマキ先生の言葉がよみがえってくる。そして、その言葉は、いつも自分自身に問いかけるきっかけをくれる。
「心のままに生きているか?」

 

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2016-04-19 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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