日本にいるのに、日本語が通じなかった夜の話
記事:39さま(ライティング・ゼミ)
ここは日本だよな。
ふとした時に不安になり、周囲を見渡す。
周りにいるのは日本人だ。
日本人が日本語を話しているから、きっとここは日本だ。
そして、目線をもどし、また、不安になる。
ここは……日本か?
金曜日の夜、ワインが手軽に楽しめるこのレストランには、様々な人が集まっていた。
会社の飲み会の二次会だろうか。
明らかに、上司と連れてこられた部下3人というテーブル。
お、かなりの本数のボトルを注文している。もしかしたら近くの大手企業さんの方かもしれない。
こちらは、ちょっと関係が不透明な男性1人と女性2人の3人組。
年齢も着ている服の感じも、どことなく統一感がない。
学生時代からの友人同士、とかなのかもしれない。
では、私たちは……
先ほどから3人組はこちらをチラリとみていることに、私は気づいている。
店員も、私のテーブルから呼ばれると、ちょっと戸惑いながらくることに、私は気づいている。
そして、さっきから愛想笑いしかしていない私にも、私は気づいているのだ。
私は飲み会で、話し役にもなるし、聞き役にもなる。
会話が続かなくて、しーんとしてしまう、あの飲み会の気まずさをどうにかするためなら、今日の天気の話だって、駅前にできた新しい商業ビルの話だってする。
それでも盛り上がらないなら、私の母親があんパンを食べて前歯を折った話だって、なんだって話してしまうと思う。
そして逆に、相手が自分の話を聞いてほしい上司だった場合には、ひたすら相槌を打ち続け、たとえ面白くない話であっても既に知っている情報だったとしても“ハジメテキキマシタ”という顔をしていられるだろう。
次の日に話した内容を覚えているかは別として。
つまり、私は飲み会自体にはそんなに苦手意識もなく、初対面の人であっても会社の役員クラスであっても、大きな問題はなく過ごせる、と思っていた。
思っていたから、この飲み会にも参加したのだ。
この街に引っ越して2か月。
去年この街に、大学時代のサークルの同期も引っ越していたことは知っていた。
かといって、自分から連絡をとるほどは生活も仕事も落ち着いていなかった。
それに、サークルのメンバーで飲みに行くことはあったかもしれないが、学生時代に2人で飲みに行った記憶もない。
ああ、あいつもこの街にいるんだよな、くらいにしか思っていなかった。
それが、昨日、あいつから突然メッセージがきた。
『この街に住んでいるなんて知らなかったよ。
転勤できたの?』
ああ、そうだよ。
嫁入りでこの街に来たわけではないんだよ、残念ながら。
と心の中で恨み節を一つ。
続けて届いたメッセージは、明日、彼とその彼女と、彼女の友人たちで集まるから来ないか、という内容だった。
この街には友達がまだいない。
数少ない知り合いで、私を飲み会に誘ってくれる人はかなり貴重だ。
恨み節を言ってごめんよ、とこれまた心の中で謝って、仕事終わりに行くことを伝えた。
すると、さらに彼からメッセージがきた。
『いっておきたいことがある。』
なんだなんだ、さだまさしの「関白宣言」か?
いや、私には東京においてきた彼氏がいて、いや、あいつ彼女がいるって言っていたじゃないか。
なんだ、なんなんだ。
『彼女がカナダ人で、その友人っていうのもカナダ人で、男の子2人。』
お、おう。
カナダか。まあ、英語圏だし。
彼女は英語の先生をやっているくらいだから、日本語も通じるだろう。
それくらいにしか思っていなかった。
そして、今。
目の前には、彼女の友達という男の子2人。
1人は目をキラキラさせ、色っぽい手つきでパンをちぎって食べている。
スカイブルーの瞳、って本当なんだな、とつい見とれてしまう。
スカイブルーの瞳の彼は、隣に座っているヒゲがかなり濃いもう一人のカナダ人の肩に頭を寄せ、甘えている。
ええ、甘えている。
それを愛おしそうに、肩を貸しているヒゲの彼は見つめている。
世界は広い。
まだまだ私の知らないことはたくさんあるし、知っていても見たことのないものはたくさんあるのだ。
そう思っている間に、テーブルの上をどんどん会話が流れる。
会話には、サークルの同期とその彼女、目の前で仲良しの2人、に加えて、日本人の女性2人も混じっている。ショートカットできれいな女性と、ロングヘアで穏やかそうな女性。
どうやら、カナダ人の彼女の知り合いらしい。
が、日本人の彼女たちも日本語を話してくれない。
それどころか自己紹介をした時、握手からのハグ、という見事な流れで迎えてくれた。
全編英語で繰り出される会話は、男性用のブラジャーの話もあれば、東京で満員電車に押し込まれた話もある。
満員電車の話から、ショートカットの女性が電車で痴漢にあってしまった話をしているが、どうやら痴漢を撃退してしまったらしい。
そんな話を、ずっとずっと、途切れることなく英語で話している。
私はグラスのワインがなくならないようにチビリチビリと口に含みながら、
その濁流のような会話をながめていた。
ああ。
私、英語は得意ではないけど不得意でもないと思っていたのにな。
受験英語はできなかったけど、英語なんて要はコミュニケーションツールだから伝わればいいんだよ!
コミュニケーションということは、つまり気持ち。
相手のことを理解したいとか、相手に自分のことを理解してほしいという気持ちが大事、
なんて思っていた、のに、な。
もう、この時の私にはそんな気持ちは1ミリも残っていなかった。
私を呼んでくれた同期の顔をつぶしてはいけない、そんな思いだけでその場にいた。
2軒目に行く、という彼らを残し、私は先に帰った。
帰り道に思い返していたのは、先ほどまで繰り広げられていた濁流のような会話の渦。
日本人同士だからか、どこか日本人の女性の英語は聞きやすかった。
一方、カナダ人の3人の英語はどことなく聞き取りにくく、気を使って話しかけてくれるのに、ろくな返事もできなかった。
濁流をとめてまで、私に会話をふってくれたのに。
その会話の一滴さえも、私は受け取れなかったのか。
いや、そもそも、会話を眺めているだけではなく、あの渦の中に飛び込むべきだったのではないだろうか。
コミュニケーションは相互理解だ、なんて言っていたのは私ではないか。
きっとあの場にいた全員が、私のことをよくわからないオンナだったと思っているだろう。
それこそ、私を呼んでくれた同期の顔をつぶしてはいまいか。
誰も、きれいで文法の正しい英語なんか求めていないはずだ。
ただ、縁があって出会えたもの同士、楽しくおしゃべりできたらそれでよかったではないか。
なにを私は怖がって、恥ずかしがっていたのだろう。
なんで私は“彼とサークルで一緒でした。彼はドラムを、トロンボーンを吹いていました”くらいのことも言えなかったのだろう。
だから、もし、もう一度彼女たちにあえるなら、間違ってもいいから伝えよう。
I came to here on a job transfer 2 months ago.
Before I came to here, I lived in Tokyo.
He and I joined jazz music group when we were college students.
In our group, he played drums and I played trombone
Last time, I can’t talk well, so I want to have a long talk.
I am not good at speak English, please talk a little slowly.
なんて、この英語があっているのかどうかだってわからないけど、こんな感じでいえばきっと言いたいことは伝わるのではないだろうか。
コミュニケーションは相互理解。
間違ってはいないだろう。
しかし今なら
コミュニケーションは自分のことを知ってもらおうと、相手の懐に飛び込むこと。
そう思っている。
“私”の態度が変われば、“あなた”の態度だって変わるはずだから。
さて、今日は帰りに本屋さんに寄ろうか。
そして、英語の学習本でもさがしてこよう。
***
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