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『Fantasy』が刻印した極上のエクスタシー


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記事:諸星 久美さま (ライティング・ゼミ)

これは、今から14年前の初夏。
私の初出産の、長い、長い一日のお話である。

  *

AM10:00

ヒッ、フー。
ヒッ、フー。

母親学級で習った呼吸法は、発音として口から洩れるだけで、新しい空気が充分に入りこんでくることはない。
呼吸に意識を向けてみても、波のように訪れる痛みで強ばっていく体に、
「リラックスしろ」
という自身の叱咤は届かない。
私はラマーズ法とやらを早々に諦め、オリジナルの呼吸リズムに合わせて、足先で壁を蹴り始める。

深夜零時すぎに始まった微弱陣痛の間隔を計りながら、うつらうつらと夜を明かし、早朝に夫と産婦人科に駆け込んでから、もう3時間は過ぎている。
初産は時間がかかるとは聞いているが、先の見えない不安が、心労となって体力を奪っていくようだ。

マジか……、気が遠くなるほど痛いじゃん……。
これ、いつまで続くんだろ……。
弱音ばかりがループする。

シャッと開いた陣痛室のカーテンから、「どう?」と姉の顔が覗く。
「結構、痛いんだね」
と、2年前に出産経験のある姉に言葉を返す。
「その様子だと、当分まだだね」
さらりと鬼のような発言をする姉に、「は? なんでそんなこと言うの?」と思いながらも、
「え~? これでもまだまだなの~?」
と情けない声が漏れる。

鬼発言をしたくせに、姉はスツールに座って、2歳になったばかりの甥っ子を腕に抱いたまま、私の腰をさすり始めた。
あ、ありがたい。
じわりと伝わる姉の手のひらの温度に、弱気度が増していく。
束の間引いていた波が、また訪れる。
ぐわん、ぐわんと痛みが下腹部で重く息づき、呼吸が浅くなる。
痛みのせいで、吐き気すら覚えるほどだ。
 
「呼吸法は?」
背中越しに姉の声。
「あれは……、取得……できなかった……」
途切れ気味に返した返事に、姉の笑い声が重なる。

「どうでもいいけど、ちゃんと呼吸は繰り返しなよ」
「意識が痛みに引っぱられて、集中できない……」
「でも、やりな」
手厳しい……。
私は姉への憤りを足にこめて壁を蹴りながら、鼻息を荒くする。

どれほど背中をさすってくれていただろう。
姉は、甥っ子が目を覚ましたのを合図に、
「じゃ、ちょっと外行ってくるから、頑張って」
と、カーテン越しに消えた。

孤独の寂しさは痛みを増すのだな……。
そんなことを思いながら、私は1人きりの陣痛室で、小粒の涙を流した。

AM11:00

「どう?」
数分後、カーテンを開けて入ってきた夫の顔を見たとたん、涙腺が壊れる。
どうどう。と言うように、私の背中をなでてくれる夫。
「もうちょっと下……」
甘えが、クレーム化して口から洩れる。
彼の手のひらから、どんな声を掛けるべきかと思案しているのが伝わってくる。
その気づきが、またもや涙腺を刺激する。
「痛いよね?」「変わってあげたいよ……」などと言う、浅はかな発言をしてこないことが、心底ありがたい。

「よし、彼との間に授かった子の誕生にだけ意識を向けよう!」
そう思った次の瞬間、また陣痛の波がやってくる。
「くそっ」と、胸中で毒づいて、私は壁を蹴り始める。
「気にしないで……、こうしてると気がまぎれるだけだから……」
言い訳のように、そう呟く。
彼は何も言わずに、腰をさすり続けている。

あと何回、この波を越えたら、解放されるんだろう……。
一緒に親になるのに、なんで私だけこんなに痛いんだよ……。
そんな、とばっちりのような怒りが、背中から彼に伝わりはしないか? と心配はするものの、痛みのせいで思いやりが遥か彼方に霞んで、手繰り寄せることができない。

PM12:00

「変わるよ~」
陣痛室に入ってきた母の声に安堵する夫の様子が、背後から伝わってくる。
分かりやすくて、愛しさがこみ上げる。
この戦いにおいての同士は母が良いと思っていた私は、夫と同様に安堵しながら、
「ありがとう、待っててね」
と健気さを持ち出して、彼に手を振った。

なぜだろう。母がそこにいるだけで、なんとなく戦いぬけるような気持ちになる。
いつの間にか、出産が戦いに変換されていることはスルーしたまま、私は久しぶりに時計に目を向けた。
 
夜中の微弱陣痛スタートから半日が過ぎていて、ぎょっとすると同時に、急にお腹が減ってくる。
「何か、食べたい」
「買ってくるよ。サンドイッチ? おにぎり?」
咀嚼するのも面倒に思えて、「ゼリー」と答える。
「はい、はい」と遅すぎる所作でカーテン越しに消えていく母の様子に、少し笑う。

後に、私の注文など聞いていなかったことに驚愕しながら、母の買ってきたサンドイッチを頬張る。しかもカツサンド。マスタードが強めで、泣けてくる。

PM13:00

母と変わって、婦長さんが入ってくる。
細身で皺の目立つ婦長さんは、おばあちゃんの部類に入る風貌だが、ナースキャップに並ぶ2本のラインが、なんとも頼もしい。
婦長さんは、機械から垂れ下がる紙(陣痛の進行状況の分かるデータ)を見て、
「なかなか、進まないね」
と私を見下ろす。
「このままじゃ、ママも赤ちゃんも疲れちゃうから、少し広げようか?」
婦長さんの提案に、何を広げるのか分からぬまま、私は頷き返す。
「じゃ、ちょっと足広げて」
ベッドに上がった婦長さんが、私の足の間に座る。
僅かな羞恥心の中で、私は膝を立てて足を広げる。
産褥ショーツという、前がビリビリと開くダサい下着を開かれる。
次の瞬間、するりと看護師さんの(多分)2本指が、膣に挿入される。
「え?」
と思う間に、挿入された2本指が、ぐぐぐっと下に下ろされる。
あ、広げるってそこね、と合点する私の耳に、
「はい、2センチ広がったよ。これで進むよ」
婦長さんのクールな声が届く。

なんて原始的なんだ……、と驚く間にも、新たなビッグウェイブ。
婦長さんがいる手前、壁は蹴れない。
私は身体を丸めて浅い呼吸を繰りかえし、タオルを噛んで痛みが去って行くのを待つ。
時折、これは何の痛みなんだっけ? と気のふれたような問いが生じるが、「あ、赤ちゃんに会うためか」と思い直して、私は性別への想像を巡らせてみる。

……が、
「男の子かな~? それとも、女の子かな~?」などと、夢見心地に想像をふくらます時間は、痛みに打ちのめされて疲労困憊気味の私の中に、長く滞在することはなかった。
婦長さんが出て行ったことで、また1人になった私は、お腹をなでて壁を蹴りながら、「どちらでもいいから、早めにお願いね」と、お腹の中で奮闘中の赤ちゃんに囁きかけた。

PM14:00

いかんせん痛い。
束の間途切れるせいで、次の波がさらに痛い。
悲しくなってきて、ぐずり始める私の耳に、陣痛室の隣のカーテン越しから、ある夫婦の会話が聞こえてきた。

「お前は2人目なんだから、あんまり大きな声で叫ぶなよ。隣の子がもっと怖がるだろ……、1人目みたいだし……」
「……うん」

陣痛室にいる妊婦は、その会話をしている夫婦と私だけ。
ということは、会話中の隣の子は私……。

泣けてくるよ、旦那さん。
無事に出産できたら、きっと入院期間がかぶるはず。
必ずや、必ずや、お礼に参ります……。
顔の見えない、名も知れぬ夫婦に、私は誓いを立てる。
優しさをもらうと、人は頑張れるものなのだな。
そんなことを思いながら、私は痛みに立ち向かう心持ちを高めていく。
呼吸をゆっくりと繰り返し、夜にはすべてが終わっているはずだから、今はとにかく耐えるべし、と自分に言い聞かせて。
 
PM15:00

長い時間が経過し、眠気が襲ってくる。
寝ている間に生まれてくれたら楽なのにな……、というあり得ない期待を蹴散らすように、痛みが長く、長~く生まれだす。

「じゃあ、移りましょうか」
ナースの声が聞こえ、隣の妊婦さんが分娩台に向かう物音が聞こえる。
次は私だ……。
怖くて耳を塞いでしまう。
戻ってきた夫が、私の腰をなでながら、
「今からでも、付き添いできるか聞いてこようか?」
と優しさ(のポーズ)を見せる。
 
・痛みのせいで夫に吐いた暴言が、後の夫婦間をギクシャクさせる。
・取り乱した妻の様子や、グロイ映像に、夫がその後不能になる。

などと言う、付き添い分娩の後遺症例をネットで検索していた私は、夫の意志を聞いた上で、分娩室は一人で入ると決めていた。
けれど、いざその瞬間が近づいてくると、側にいてもらおうかな? なんて弱気が顔を出す。
「何? 見てみたくなった?」
そう尋ねる私に、
「いや、できれば外で」
とあっさりとした返答。
ですよね。と、私は大きな鼻息をならして弱気を飛ばした。
 
数メートル先の分娩室から、赤ちゃんの声が聞こえてくる。
え? 早っ。
分娩室に入って30分もたたぬ間に、もう生まれたの? さすが、経産婦。
俄然、先行きを楽観視できるようになる。
長かった陣痛室での痛みも、分娩台に上がったら、きっとすぐなのだ。
そんな希望的観測の中でも、陣痛の間隔は狭くなっていく。

PM16:00

数時間前に婦長の指が挿入された膣が、異様に熱い。
何かが出てきそうな気がする……。
あ、赤ちゃんか!
そう思った瞬間、「じゃ、行こうか」というナースの声が聞こえる。

私を呼びに来たナースは、推定50歳超えのおばさんナース。
「立てる?」と私を起こす手さばきが雑で、思いがけず笑ってしまう。
ゆっくりと立ち上がると、股の間から何かが出ているような気がする……。
あ、赤ちゃんか!
歩いたら、何かが出てきそうな気がする……。
あっ、赤ちゃんか!
こんな嘘みたいな自問自答を繰り返しながら、私は膣を右手でフォローしつつ、そろそろと分娩室に向かった。
たった数メートルが、やけに長い。

「じゃ、ここに上がって」
「……あがれません、出ちゃいそう」
「大丈夫よ」
そう言って手をとられ、私はピンク色の分娩台に上がった。
ヒヤリと冷たい感触が、恐怖心をあおる。
パっとつけられた無影灯が、目に直撃して視界が霞む。
「ごめ~ん、眩しかったね。大丈夫~?」
だから、雑だって……。
私は目を閉じたまま小さく息を吐きだし、50歳超えのナースに「大丈夫です」と答えた。

耳元でカチャカチャと器具を扱う音が、やけに大きい。
分娩台周辺を、パタパタと歩く足音も慌ただしい。
時折、何かを落とす音や、どこかにぶつかる音が聞こえてくる。
ガサツだな……。
痛みはマックスに近づいているというのに、50歳超えナースの所作がいちいち笑いを誘う。
 
痛すぎて笑えてくるのかな……。
はぁ、なんか、吐きそうだな……。
「あ、出ちゃいそう……」
胸中で収めきれなかった声が漏れる。
「もうっ!院長まだかしら!」
憤慨気味の50超えナースの言葉に、院長がくる前に出ちゃったら、彼女が取り上げるの……? と、怯む私。

「あ~」とか「はぁ~」と声を出していなければ、どこかに意識を持って行かれそうになる。
「呼吸ゆっくりね。もうすぐ、院長来るからね。はい、これ飲んで」
口元に向けられた紙パックのウーロン茶。
優しいところもあるのね、とストローに口を運ぼうとする私の目に、ピュッとウーロン茶が飛んでくる。
「あら、ごめんね~」
50超えナースが、私の顔をタオルで1往復する。
もう……、雑……。
呆れ気味に笑いを漏らすと同時に、ふっと力が緩む。
「ああ、本当に出そうです……」
「もうっ院長!」
と言う50超えナースの声と、
「院長来ました~」という、婦長の声が重なる。

PM16:30

「こんにちは。よろしくお願いしますね~。もう、頭見えてますからね~。もうすぐですよ~。少し、切りましょうね~」
私の股の間に立ち、さらりと言い放つ院長。
切る、切るとは聞いていましたが、本当に切るんですね……。
私の頷きを待たずに、硬い何かが、てんやわんやになっている膣に触れる。
痛みは感じない。
ナイス、麻痺!
ただ、頭はそれなりに正常に機能しているせいで、現在進行形のあれやこれやを想像すると、ふっと意識が飛びそうになる。

「目、閉じちゃだめよ!」
婦長さんの声が私を呼び戻す。
はだけた私の足もとに、私の膣を覗き込む院長(中国人)と、ライトで皺がより深く浮かび上がる2本線&2本指の婦長。そして、ガサツな50超えナース。
摩訶不思議なトライアングル。
けれど、私の記念すべき第一子を取り上げてくれる、大切な3人だ!
私は、敬意をもって股を広げなおす。
出会いへのカウントダウンは、もう始まっている。
 
「次のいきみで出るよ」
婦長の声が、神の声に聞こえる。
ヨッシャー。と心の中でガッツポーズをとる私。
雄叫びに近い声を放出する自分に、「いや、ちょっとおおげさだって」と突っ込みをいれながら、私は最後のいきみに集中した。

……出ました?
なんか、麻痺してて、出たどうかが分からないんですけど……。

「もう一回ね。もう、出てくるからね」
え~。婦長~。
一瞬の嘆息が、呼吸リズムを狂わせる。

「腰浮かせないで、おへそのあたり見てね。はい、吸って、吸って、吸って……、フ~~~~~ウン~~~~~~~~~~~」
私と一緒に呼吸をしてくれる婦長さんの真剣な表情に、笑いだしそうになる邪心を理性で封じこめ、今度こそと、長くいきむ。

デロン。
 
あっ、出ましたね。
 
「男の子で~す」
院長に掲げられた血だらけの赤ちゃんの股を、瞬時に一瞥する。
赤ちゃんは婦長さんに渡され、別室へ。きっと綺麗にしてもらうのだろう。
 
「じゃ、縫いますね~」
 
ですよね……。切ったってことは、縫いますよね……。
お願い、まだ麻痺してて!
と胸中で懇願する。

「はい、終わりましたよ~。赤ちゃん来ますからね~。ご家族呼びますね~」
切っても縫っても痛くなかった。ミラクル!

緊張と痛みで硬直していた広げっぱなしだった足を、そろりと伸ばし、相変わらずヒヤリとする分娩台の上で、私は、長く、大きな息を吐きだした。
体に、新しい空気がいっぱいに入りこんでくるのが分かる。
頭上で光る無影灯が神々しく見えて、何だか一瞬、宇宙と繋がったような感覚を持つ。
涙はでない。
ただ、すごい、すごい、と、私はひとり心を震わせていた。

PM17:00

「良い子ね」
婦長さんがそう言ってタオルにくるまれた長男を私の隣に寝かせ、
「ほんと、可愛い子。ママと一緒に写真撮ろうね」
と50超えナースがカメラを構える。
足を開いて、良いアングルを試行錯誤する50超えナースの姿に、僅かな情の混ざる苦笑が零れ落ちる。
撮影が済んだところで、
「初めまして。君だったんだね。これから、よろしくね」
と、私はふにゃふにゃな額を指先でなでた。

「お疲れ。ありがとう。頑張ったね」
と言う夫と握手を交わし合う。
「大きな声だったね」と笑う母に、「やっぱり?」と私も笑いかえした。

PM17:30

しばらく分娩台で横になった後、入院室に移動しようと体を起こすと、ぐらりと眩暈がして、私はその場にしゃがみ込んでしまった。
「あ、この子歩けないわ」
新顔のナースが、いそいそと分娩室を出て行き、車椅子を持って帰ってくる。

「念のため、これで部屋までいこうね」
子どものように諭され、私も子どものように頷き返す。
  
入院室で、綺麗なシーツの上に身を横たえると同時に、どっと疲労感に包まれる。
喜んでいる皆の顔が嬉しいのに、睡魔と疲れが痺れのように襲ってきて、心ここにあらず状態で生返事を返しているのが分かる。

気を利かした皆が帰ってしまうと、病室は嘘みたいに静まり返り(母親が休めるように、母子同室ではない産院だった)、やっと、心と体を休める準備が整った。

PM19:00

眠りたくて、目を閉じる。
闇の中で、長かった一日を振り替える。
振り返る。
振り返る……。

え? 全然寝られないっ。
ついさっきまで眠くて目がしばしばしていたのに、今は逆にギンギンだ。
私は、ギンギンのまま、先ほど車椅子を押してくれたナースの言葉を思いかえす。

「初めての排泄時は、ナースコールしてね」

その意味が分からず、「はい」と適当に返事をしていたが、久しぶりに尿意を感じて、とりあえずナースコールのボタンを押してみた。
しばらくして、部屋に入ってきた先ほどのナースに、トイレに行きたい旨を伝える。
「はい、はい」と、彼女は部屋の隅にたたんであった車椅子をセットし、私のベッドの脇に滑らせる。
「また、これでですか?」
もう歩けるのに……と思いながら尋ねると、
「念のためにね。前に、産後貧血で転倒して怪我した人いたのよ~」
と、ナースは私の手をとり、車椅子へ誘導する。

部屋から出て数メートルのトイレ前に着き、じゃ、と個室に入る私の後を、彼女もついてくる。
「え?」
「念のためにね」
「……」
狭い個室で、彼女と向き合い便座に座る私。
「産後初めての排泄って、ドキドキするのよね~」
と言うナースに曖昧に頷きながらも、状況を上手く呑み込めない。

これは普通のこと? 
これも含めて看護なの?
 
念のために、と個室まで付き添うナースの行為に、首を傾げる私に、
「でるかな~?」
と、念のためにナースも首を傾げる。

いやいやいや……。
え? まぼろし?

「そんなに見られたら、出るものもでないでしょうがっ」という言葉を呑み込み、早く放尿
すべきと下腹部を押してみる。
だが、ついさっき、切ったり縫ったりした近辺を、尿で濡らすことや、それを拭きとることは恐怖でしかなく、私のプッシュに、尿はなかなか反応を示さない。
長く続いた麻痺のせいで、排尿時に、どこに力を入れるべきかも上手く思い出せぬまま、下着を下ろした個室で、ナースと沈黙を共有する。

チョロ……。
チョロ……チョロチョロ……。

私の心情と同じように、戸惑い気味に流れ出る尿。
情けない……と項垂れた私は、
「でたね~」
と喜ぶ念のためにナースの目を、まっすぐに見つめ返すことができなかった。

部屋に戻り、念のためにナースに礼を述べて彼女を見送る。
ベッドに横になると、一回り大きくなった疲労感が、掛布団の上から容赦なく覆いかぶさってくる。
いったい、今のは何だったんだろう……?
という自問のループの中で、またもやお腹が痛みだす。

これが、後陣痛か……。
いつまで続くのかな……。

と再び不安がこみ上げてくるが、
「でも、私、ママになったんだな~」
という喜びがその不安の周囲を浮遊しているのが分かり、「なんのこれしき」と思いなおすことができた(ほんの束の間だったけれど)。

こうして、後陣痛と多幸感の中でうつらうつらとしながら、私は長い、長~い一日に幕を閉じたのであった。
 
  *

さてここで、題名の「『Fantasy』が刻印した極上のエクスタシー」とは何ぞや? と疑問をお持ちの方のために、その謎を紐解いていこう。
 
  *

前記したが、長男出産直後、私は一瞬、宇宙と繋がるような感覚を抱いた。
荒れ狂う痛みが引いていく中で、
「ああ、人類はこうして子孫を残してきたのだな……」
などという、大げさな感慨を抱くほどに興奮状態だった私にとって、頭上から降りそそぐ無影灯の光は、天空と繋がる、神々しい一筋のラインのように見えたのだ。
長く私の中に滞在した命が、外に産まれ出たという寂しさよりも、何倍も、何十倍も大きな感情のうねりとなって、私は、新たな私自身の誕生の喜びの中にいたように思う。

人を産み落としたと同時に、自分も新しく誕生したような感覚。

それは、この先、どんな男と交わったとしても感じることはできないだろう、と思わせるほどの、極上のエクスタシーだった。
そして、その間、私の脳裏を巡っていたのが、EARTH,WIND&FIREの『Fantasy(宇宙のファンタジー)』だったのだ。
フィリップ・ベイリーのファルセットが導く神秘的な世界観と、高まり過ぎて、振り切れた私の感情が絡み合ったそのスペシャルな時間を、私は今も懐かしく思いかえす。
 
「もうっ!何回言ったら分かるのっ!!」
「いい加減にしなさいよっ」
などと長男を怒鳴りつけ、冷静になった後などに。

 

***
この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
「ライティング・ゼミ」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、店主三浦のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。

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2016-05-03 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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