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それはそれは真っ黒な、禁断の恋



記事:大石 香(ライティング・ゼミ)

夫と結婚して今年で3年目。
2歳の子どもと3人で幸せに暮らしている私が「恋」をした時、
それは必然的に「禁断の恋」ということになる。

去年の今頃は、まさかこんなことになるなんて思わなかった。
存在すら知らなかったし、こんなにのめり込めるものだとは思っていなかったのだから。

おまけに、この秘密を抱えてしまうのはこれがはじめてではない。
きっともう、抜けられないだろう。

夫とは、2年間の遠距離恋愛の末に結婚した。お互いの趣味である吹奏楽が出会いのきっかけである。
夫は福岡、私は鹿児島に住んでおり、結婚を機に会社を辞めて福岡に越してきた。

結婚して鹿児島から友人のいない福岡に越してきたはじめの頃は夫だけが頼りだったが、
子どもができて、読書という趣味ができてからだんだんと福岡での友達も増えてきた。

夫は本当に優しくてほのぼのしていて、短気な私は何度も助けられている。
遠距離恋愛が成就したのはきっと、夫のこの性格のおかげに違いない。

子どもが大好きで子育てにもよく参加してくれているし、
私がやりたいと言ったことは何でもやらせてくれて、応援までしてくれる。

そんな夫に何も不満はない。
本当にないのだけれど、私はとんでもない秘密を抱える覚悟をしてしまった。

facebookのある投稿を見て、私は完全に恋をしてしまったみたいだ。
もうすでに持っているものを欲しがるなんて……と思いとどまり
何度も見ないふりをしようと試みた。

でもfacebookで確認した「運命の日」は平日。
夫は仕事、娘は幼稚園。お迎えの時間までは完全にフリーだ。

せっかくタイミングがばっちり合うのに、もう見ないふりなんてできない。
秘密を持つ優越感や、同じ秘密を持つ人とだけ共有できる特別な感情が
どれほど刺激的で心地良いものかもう知ってしまっているから……。

連絡を取ることもできたけれど、私はあえて連絡せずに突撃することを決めた。

そして迎えた運命の日。

いつも通りお弁当を作り、いつも通り朝食を出す。
「今日、どっか行くの?」
いつもはあまりこない夫からのこの質問に、一瞬うろたえそうになった。

「うーん、たまには街に出てふらっとしてこようかな」
「そっか。気をつけてね」

なんとか平静を装ってみたが、
私の頭は今日抱えてしまう秘密のことでいっぱいだ。

夫を仕事へ、娘を幼稚園へ送り出し、自分も身じたくを終えた。

バッグに家の鍵と携帯、読みかけの文芸誌を突っ込んで家を出る。
娘を妊娠してから敬遠していた、ヒールの高い靴を履いて……。

目的地のもより駅まではいつも利用する急行電車で1時間。
今日は時間に余裕があったのと、読みかけの文芸誌を読み終わりたくて
各駅停車の普通電車で1時間30分かけて向かう。

文芸誌の中で多く描かれているのは、
秘密を抱える者の抑えられない燃え上がる気持ち、秘密がバレる恐怖や緊張感。

私も帰りの電車に乗る頃には同じ気持ちになっているのだろう。

気づけば、暑くもないのに背中にじわっと汗をかいている。
それになんだか息苦しい。

長い時間狭い箱に揺られているからなのか、
期待と不安で呼吸が浅くなってしまったからなのか……。

2〜3回深呼吸をしてみたところで、
アナウンスが目的地のもより駅への到着を告げる。

いよいよだ。

鼓動が一気に早くなり、それにつられて歩くスピードもあがっていく。

早く行きたいけれど、あまり早く目的地に着くと「張り切ってる人」のようで恥ずかしい。
いや、久しぶりにヒールの高い靴を履いている時点で張り切っているのだけれど。

こんなに気合いが全面に出ていると、引かれそうで恐い気もする。

そんなことを考えているうちに、最後の曲がり角を曲がってしまった。
少しだけ歩くスピードを落として、呼吸を整えながら目的地へ向かう。

ビルが目に入ってドキン、看板が見えてまたドキン。
呼吸が整わないまま、ついに着いてしまった。
そこは、オープンしてまだ1年経たない「福岡天狼院」。

ついにその時がきた。

これから私はとんでもない秘密を抱えてしまう。
一度抱えたらしばらくは縛られたままだ。

でもわかってる。
秘密を持つ優越感や、同じ秘密を持つ人とだけ共有できる特別な感情が
どれほど刺激的で心地良いものかを。

ここまで来たら、私にもう後悔はない。

一段ずつゆっくりと階段を上り、ドアに手をかけた。
その先で静かに、そして堂々と私を待っていたのはーー。

6代目の天狼院秘本。

facebookに投稿された告知文を読んで、どうしても「その日」に欲しくなってしまった天狼院秘本。
アイスコーヒーを注文して会計を済ませ、席でこっそりとタイトルを確認した。

その場で少し読んでから帰ろうか…とも思ったけれど
周りの人に見られているような気がして、怖くなってやめた。

家に帰ってからゆっくり楽しもう。

本棚にまだ読んでいない本がたくさんあるのに、
また新しい本に恋して買ってしまったことが夫にバレないように……。

*

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2016-05-12 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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