へたくそネイリストが催眠術で変わった話
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:齊藤 ひろこ(ライティング・ゼミ日曜コース)
「これじゃ、どう見ても蛾よ! 蛾!」
もういい! と怒って席を立ったお客様に、わたしと店長はペコペコと頭を下げるしかなかった。
ネイリストになって5ヶ月とちょっと。
大概の施術は、ひとりでも担当出来る様になった頃。
わたしはお客様から、しょっちゅう怒られていた。
「金色の可愛い蝶々を描いて」と注文されたから描いたのに。
蛾なんて言われて、少し腹も立っていた。
「蛾ネイルって、斬新っすね」
意地悪な気持ちで呟いたら、店長がギロっと睨んで、足を踏んづけていった。
ある時は
「他の人が塗ると綺麗なグリーン色なのに、あなたが塗るとなんかカビみたいなのよ。担当変わってちょうだい!」
イライラするお客様のご機嫌を取りなす店長を横目に
「グリーン色のネイルなんて、そもそもがカビみたいじゃんね!」
と同僚に毒づいては「ちっとも反省していない」と更に怒られる。そんな日々だった。
わたしはネイルがへたくそだった。
ネイルの資格を取ったとはいえ、正直実務にはたいして役にたたない。
当たり前だが、練習をしなければ上手くならないのだ。
しかし、残業代も出ないのに居残り練習をしたり、家に持ち帰ってまで練習するなんて、バカバカしいと思っていたのだ。
でも知っていた。
毎日遅くまでせっせと練習している先輩や同僚たちは、きちんと指名客を増やしていることを。
わたしには指名客がいなかった。
だから、余計におもしろくなかった。
ネイリストなんて向いていなかったんだよ、早く辞めたほうがいいよ。
自分に言い聞かせながらも、楽しそうに働く同僚たちが、本当は眩しくて羨ましかった。
そんなわたしにも、なんと初めての指名が入った。
オモトさんというお客様で、前回は流行りのコスメの話で盛り上がった人だった。
「わたしがいい」と言ってもらえたことが、くすぐったかった。
お店の前を歩く人全員に「ついに指名が入りましたー!」と握手して回りたいくらいに、誇らしくてたまらなかった。
オモトさんは「また次回も齊藤さんで」と予約を入れて帰っていった。
指名をもらえる事が、こんなにも気分がいいのなら、また指名客が欲しい。
でも、やはり練習はしたくなかったのだ。
どうしたらいいだろう、練習しないで指名をもらうには。
まずはコンビニで、雑誌を立ち読みすることを日課にした。
オモトさんとは会話が盛り上がったから、指名に繋がったのかもしれない。
ならばいろんな話に合わせられて、尚且つお客様が欲しい情報を教えてあげられたら、また来てくれるんじゃないか、と考えた。
次に「接遇」「ホスピタリティ」「おもてなし」についての書籍を、本屋で持てるだけ買って読んだ。
そして、お客様をお名前で呼ぶことや、手書きのお礼状を出すことを実践し、上手な距離の詰めかたを覚えていった。
そうこうしているうちに、目に見えてお客様にも店長にも、怒られることが減ってきた。
そして少しずつだけど、指名客は増えていった。
この頃に、ふと気がついたことが、今後の私を大きく変えた。
目の前のお客様を「私の大切な人」と思う事が接客なのかもしれない、ということだ。
「接客催眠術」と名付けたそれは、目の前のお客様を、お母さんや親友と同じように「大好き」「大切」「会えて嬉しい」と脳みそに刷り込み、施術に臨む方法だ。
これをすると、自然と、こうしたら嬉しいかな? こう言ったら楽しいかな? と気に留められるようになった。
さらに不思議なことに、いつも手厳しい言葉をぶつけてくる人も穏やかに感じるし、小うるさい注文をしてくる人にも、しかたないなぁとニコニコできるようになったのだ。
そのうちに、気がつくと仕事そのものがすごく楽しくなっていた。
辞めたい気持ちもどこかに行ってしまった。
相変わらずへたくそに変わりは無かったけれど、「どう? 少しはましになったの?」なんてお客様にからかわれて、笑い合えるようになっていた。
これはきっと、心理学でいう「鏡の法則」というやつだ。
相手の気持ちを思いやることで、その心は相手に伝わり、相手も同じように自分を思いやる気持ちが生まれる。
わたしとお客様は、まさにこれだったのだ。
初めての指名客であるオモトさんは、現在も変わらずに通ってくださっている。
「あの時の齊藤さんは、なんかさぁ、可愛げがなかったのよね」
そうなのだ、今ならよくわかる。
若いネイリストたちを育てる立場になったことで、痛感した。
指名を取る子たちは、例え技術が未熟でも、なんだか許したくなる一生懸命さがある。
あなたに喜んで欲しい、という素直な気持ちが伝わってくるのだ。
だから応援したくなるし、また来てもいいかなと思えてくる。
要は、どれだけ相手を思いやる気持ちがあるか、だ。
私はへたくそな技術以前に、相手のことをこれっぽっちも考えていなかった。
だから接客業に欠かせない「一生懸命さ」も「可愛げ」も「素直さ」も欠けていたのだ。
お客様を苛立たせ、怒らせていたのは、当然のことだった。
相手を思いやる気持ちは、いずれはすべて自分に返ってくる。
これは、ネイルや接客のお仕事だけではない。
対人関係の全てに当てはまることかな、と思う。
つい驕りそうになったときに、いつも思い出すことだ。
***
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