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メディアグランプリ

コンビニにワンダーランドを見た!


岸さま

岸★正龍(ライティングゼミ)

 

僕の地元のコンビニに「加藤さん」という有名なスタッフがいた。

地元でちょっと有名とかいうレベルではない。Yahoo!のトップニュースにもなったくらいの超有名人だ。

 

なぜ加藤さんが有名になったかというと、彼の接客がとにかくキレキレ、いや異常値のアッパーなのだ。

マックスボイスの「いっらっしゃいあせぇ〜」に始まり、オーバーにしてクイック且つ奇妙なレジを打ちムーブ&袋詰めムーブを経て、「ありあとざいましたぁ〜、またおっ越しくださいあせ〜」に終わるまでこれでもかというほどのハイテンションで、それが噂を呼び世間に拡散していったのだ。

 

  • 気になる方は「コンビニ 加藤さん」で検索してみてください。噂にたがわぬアッパーな接客風景を見ることができます。

 

僕ら地元の商店街で働くスタッフの間では(朝一からのあまりのハイテンションは身体にこたえるため)加藤さんの接客は総じて不評であったが、観光スポットとしては絶妙にヒットして、一時期コンビニの前に加藤さんの等身大パネルが立ちステッカーまで売られていて、週末ともなると朝早くから加藤さん目当てのお客さんが続々とやってきて嬌声を上げながらバシバシ撮影をしていく、それくらいの人気スポットになっていた。

 

もはやコンビニもワンダーランドなのだ、と僕はその活況を眺めつつ想っていたのである。

 

ところがだ。

しばらくするとその加藤さんがコンビニからいなくなったのだ。

パネルが本部から怒られたとか、あまりに観光地化が進み「見物」と「撮影」のお客さんばかりが増え売上げが減ったからとか、色々噂はあるものの、とにかく加藤さんはコンビニをやめさせられたらしい。

 

やはり本部の権限が絶対であるコンビニはワンダーランドにはなりえないのか……

あれだけウザかった加藤さんの接客なのにいなくなると妙に寂しく、他にワンダーランド化しているコンビニはないものかと探し回るも巡り合えず、コンビニにワンダーランドを求めることは土台無理な話なのか、とあきらめかけていた先日。

僕はまたワンダーランド化したコンビニに出会ってしまったのである!

 

 

大都市圏の目立たない場所にそのコンビニはあった。

平日の夕方、次に控えている打ち合わせで契約書を交わすのに必要な収入印紙を買うために入ったコンビニである。

そのとき店内には僕以外のお客さんはいなくて、スタッフもレジに東南アジア系の若い女子が一人いるだけだった。名札をみると「プロイ」と書いてあるからタイ人なのだろう。

 

  • お互いを本名でなくニックネームで呼び合うタイで、プロイ(Ploy)はとても人気のある名前である。意味は「宝石」。

 

「すいません」

と、僕はレジにいるプロイさんに声をかけた。

 

「いらさいませー」

目の前の僕にかけるにしては明らかに過剰なボリュームでプロイさんが応える。

 

「すみません、収入印紙欲しいんですが」

「はい、消臭ニンジン、ですか?」

 

このときにすでに僕は想った、ここはワンダーランドかもしれないって。

そう想ってみると、プロイさんの笑顔、微笑みの国から来ただけあり抜群に素晴らしい。素晴らしいが、ワンダーランドをたのしむだけでは僕の買い物の目的ははたせない。僕が買わないといけないのはカロテノイドを含むセリ科の野菜じゃなく、国庫収入となる租税や手数料なんかの収納金徴収のために、財務省が発行している小さな紙なのだ。僕は笑顔満面のプロイさんに話しかける。

 

「消臭ニンジンじゃなく、しゅうにゅういんし、わかります?」

「あ、はい、しゅうしゅう……えーと、しゅうしゅう……」

「しゅうにゅういんし」

「あ、はい、しゅうしゅう……しゅうしゅう……しゅうしゅう……しゅうしゅう……しょうしょう、お待ちください」

なんという素敵な切り返しだ! と感嘆する僕を残し、プラウさんはプラウ(宝石)に負けないきらきらした笑顔を僕に残し、カウンターの奥、おそらくは事務所に消えていった。

 

これはもうワンダーランドに違いない。

僕にはこの時点で確信した。

 

だから僕は待った。

1分経っても2分経ってもプラウさんは戻ってこなかったが僕は辛抱強く待った。僕の中での「少々」というのは10秒くらいのことで長くても1分だ。目視できる距離に他のコンビニがあったし、ワンダーランドじゃないならなにもそこで待つ必要はない。

けれど僕は待った。

きっとここでココロオドル体験が出来るに違いない!

その期待に打ち震えながらひたすら待った。

 

5分後くらい経った頃だろうか。

プラウさんが一人の男子と一緒に出てきた。

明らかにいまこの直前まで「寝てた」ということがはっきりわかる妙に捩れた髪型で目尻に粉っぽいものを吹いた40代くらいの小太りメガネ。名札には「菊池」と書いてある。

 

「たい……お待……いた……した」

プラウさんと綺麗に反比例したなにを言ってるか聞き取れないほどの小声で菊池さんが言う。菊池さんの声を聞き漏らさないよう、僕はかなり近い距離に寄る。

 

「それから大変申し訳ありません。この季節は、置いてないんです」

「はい?」

「いえ、夏には入れてるんですが、いまはまだで」

「季節関係あるんですか?」

「え? いえ、はい、本部から季節によっての指示がありまして」

「そういうものなんですか?」

「はい、チュウチュウですよね?」

 

ほら! ほらほらほら! ほらほらほらほらほら!!!

やはりワンダーランドだ。いい感じだ!

 

「いえ、チュウチュウじゃないです。収入印紙です」

「しゅ、しゅ、しゅ、収入印紙ですか?」

 

って、菊池さん、なぜそこで吃った? と僕が思った瞬間に菊池さんは背後に立っていたプラウさんに向き直り店中に響き割るような大声でこう言った。

 

「チュウチュウじゃないじゃん!」

 

「いえいえ、僕の発音の問題もあるでしょうし、そんなに怒らないでください」と取りなす僕の目に入ったのは、きらめくような笑顔のプラウさん。笑顔というか大笑いをしている。それでいいのか? それで怒られないのか? ナゾだ。カオスだ。ワンダーだ。

 

「い、い、いずれにしても収入印紙を買いたいですがありますか?」

そのワンダーに巻き込まれ、なぜだか僕が吃ってしまう。

 

「失礼しました。収入印紙ならあります」

今度は極端に小さな声になる千変万化な菊池さんが、鍵を使ってあけた引き出しの中から収入印紙が入ったクリアファイルを撮り出す。

 

「じゃあ、1,000円のください」

「あ、申し訳ありません。1000円の収入印紙は切らしていてありません」

 

え? なにこれ? これは菊池さんがボケているのか?

ワンダーランドならではの「あなたのツッコミショー」が始まっているのか?

いやきっとそうだ、そうに違いない、郷に入れば郷に従えだ、このワンダーランドを充分に愉しませていただこうじゃないか!

 

「200円の収入印紙がたくさんあるじゃないですか?」

「はい、200円ならあるのですが、生憎1,000円は切らしていまして」

「200円を5枚でいいですよ」

「いいんですか!」

 

ここで僕は負けた。吹き出してしまった。その僕の笑いが店の中に広がり、笑いは次第に大きくなり、最後は三人でバカみたいに笑ってしまった。

 

ひとしきり笑って落ち着いたところで僕が言う。

「じゃあ、200円の収入印紙を5枚ください」

そして1,000円を払い、200円の収入印紙を5枚もらう。

 

「ありあとごいましたぁ〜、またお越しください〜」

その瞬間にプロイさんが過剰なボリュームで僕に言い、メッチャ笑顔で僕に言い、僕は一気に嬉しくなり、思わず口笛を吹いてしまった。

 

曲?

Boogie Wonderland (Earth, Wind & Fire)だよ。

オヤジだからね(笑)

 

 

追伸

加藤さんであるが、前のコンビニから少し離れた場所にある同系列のコンビニに復帰していた。たまたま入ったそのコンビニで「いっらっしゃいあせぇ〜」のマックスボイスを聞いたとき、なんだかメッチャ嬉しかった。朝一だったからウザかったけど。

 
 

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2016-05-19 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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