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人生の縮図を経験した日


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:ココヒロ(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
ことの始まりは、飛行機のオーバーブック(過剰予約)だった。時は、アメリカの911テロ事件よりもさらに遡って、飛行機に搭乗する際に、厳しい身体検査や手荷物検査などが、まだ行われていない時代のことだ。
 
その時私は、インドのムンバイからケニア航空に乗って、25人ほどのお客様と一緒にケニアへ行く予定だった。添乗員だった私は、出発の2時間くらい前に、ムンバイ空港内の乗り継ぎカウンターへ行き、お客様全員の搭乗券をもらう。そして、時間になったらお客様に搭乗券をお渡しして、あとは自分の座席に着けば無事搭乗完了のはずだった。
 
ところが……、である。
 
出発の2時間前に乗り継ぎカウンターに行った時、航空会社の係員からこう言われた。
 
「そちらの団体の25席分の座席がないです」
 
深夜便の乗り継ぎだったので、時間は夜中の0時を過ぎていて、それまで眠かった私は、その言葉で一変に目が覚めた。そして、もう一度、聞き直した。
 
「席がないとはどういうことですか? 意味がわかりません!」
「オーバーブックです。 すみません」
「25人もオーバーブック? 信じられない! 何とかしてください!」
 
私は必死だった。ふと隣に立っている人を見ると、少し小太りのおばさんが、私と同じように「オーバーブックだって? 何とかしてちょうだい!」と、大きな声で叫んでいた。
 
後を振り返ってみると、オーバーブックで乗れないと告げられた人々が多勢集まっていて、何かしら皆叫んでいる。
 
こうなったら、もうとにかく叫んだもの勝ちだ。私は、その隣のおばさんと一緒になって必死に「絶対に乗せてくれ!」と叫び続けていた。
 
説明を加えておくと、その時の国際線のチェックイン方法は、今とは全く違っていて、現在のような電子チケットや自分でウエブ上から印刷したチケットを提示するということはなかった。搭乗手続きもすべては手作業で、座席の一覧表に係員がチェックを入れて搭乗券を配るというごく単純なものだった。
 
だから、このようなオーバブックが生じた場合には、とにかく早い者勝ちで、何でもいいから早く席を確定してもらえば良かったのだ。私はその後も必死に叫びながらその係員にアピールし、押しに押しまくってようやく席を確保することができた。
 
冷や汗どころか、興奮しまくってアドレナリンが出まくっていたが、お客様の前では、何事もなかったかのように冷静に振る舞い、搭乗券を配った。最後に搭乗した私は、一番後ろの通路側の席に座り、「ああ良かった」と、ほっとため息をついていた。
 
その時である。少しゆっくりできるなと思ったのも束の間、カウンターで対応してくれた先ほどの係員が、前方の入り口から入ってきて、私の方へと一直線にやってくる。そして、手招きをしながら、「ちょっとここへ来てくれ」と言うではないか。
 
「どうしたんですか?」私は尋ねた。
「実は、あなたの席が、どうしてもないのです。だから……」
「私一人が降りるなんてことは絶対にできませんよ。添乗員なんですから」
「それはわかっています。なので、今回だけ特別にここに座ってください」
 
その係員が示したのは、なんと、コックピットの中のパイロットの後ろの席だった。これはその当時でも、常識では絶対に考えられないことだった。
 
「お願いですから、このことは絶対に秘密にしてください。コックピットに乗せることは違法行為なので」私は「わかりました」とうなずいてそのままその席へ座った。
 
なんと言うことだ! こんな経験頼んでも絶対にできないぞ! 私は再び、別の意味で興奮していた。私の前には、パイロットと副操縦士がいる。彼らからニッコリと挨拶を受けたのち、「こちら、ケニア航空○○便、今らか出発します」と機長の声がすると、その飛行機はゆっくりと動き出した。
 
コックピットは、思った以上に静かな空間だった。エンジンの音などほとんど聞こえない。エコノミーの席とは雲泥の差である。静寂な空間というのが正しい表現で、ムンバイの管制塔からの声がコックピット内ではっきりと聞こえてくる。
 
「こんな感じでクリアーに聞こえて、やり取りをしてるんだ! カッコ良すぎる!」そのやり取りに感動しながら、飛行機は夜のムンバイ上空を旅立っていった。
 
「ああ、いいなぁ」興奮しながら窓から夜のムンバイの街を眺めていると、しばらくして、スチュワーデスが入ってきた。
 
「すみません。離陸後は、この席ではなく後ろの方に戻ってください」スチュワーデスは、離陸時と着陸時はこのコックピットの席に座れるが、それ以外は、ダメだと言う。「え?」と私は思ったが、仕方ないのでスチュワーデスから指定された席へと戻ることにした。
 
指定された席は、スチュワーデスが離着陸の時に座るジャンプシートと呼ばれる席だった。ジャンプシートとは、折り畳み式の椅子で、垂直で硬く、飛行機に乗ったことがある方は、おそらく見たことがあるのではと思うが、離着陸時にスチュワーデスが、お客様と真向かいに座るあの椅子のことだ。それはとても薄く、板のような硬い席で座り心地はとても悪かった。エコノミーの席の方がよっぽど良かった。
 
さすがに私は、さっきまでパイロットの後ろに座って感動していたことが吹っ飛んでしまった。椅子が固い上に、ずっと垂直に座っていなければならないから結構きつかったし、そんな中で機内食が運ばれてきても、固い垂直なシートではゆっくりと食事をとることもできない。しょうがないので、私はそのシートを使わず、機内の床に座り、壁に寄り添いながらあぐらをかいて食事をとった。
 
食事をしながら、その日に起ったことを振り返ってみた。まるでジェットコースターのような一日だったなと思った。数時間前までは席が確保できなくて地獄のようだった。必死に何とかしてもらって解決したら、ご褒美でパイロットの後ろに座れるという、誰もが滅多に経験できないことが起こった。でも、今はまた機内の床に座っている。悪いことといいことが、交互にいっぺんにやってきた感じだった。そんなことを考えているうちに、私は疲れていたので、そのままあぐらをかきながら、しばらく眠ってしまった。
 
また、スチュワーデスから肩を叩かれた。「コックピットに戻ってください。着陸します」と言う。再び、私はコックピットに戻った。すでに朝陽が登っていたので周りの風景が良く見えた。パイロットが、「左がナイロビ山、右がケニア山です」と、両方の山を指して私にそう説明してくれた。ナイロビという街は、この2つの山の間にあったのだ。朝陽にあたるナイロビの街は、すごく輝いて見えた。
 
コックピットの中は無音のまま、後方のタイヤの音が地面に当たる音が微かに聞こえたかと思うと、かなり後方から逆噴射の音が聞こえてきて、そのまま無事に着陸した。いろいろあったが、最後はやっぱりこのことが起こって良かったなと思った。
 
このことは私にとって、とても貴重な体験だったことは間違いない。だが、今振り返ってみても印象に残っていることは、あのたった数時間の間に、悪いことも良いこともあり「人生の縮図」のようなことを経験したことだった。
 
人生は山あり谷ありとはよく言ったものだ。必ずしもそうだとは限らないが、大変だったことが予期せぬ方向へと進むこともある。だから人生は面白いのだ。
 
 
 
 
***
 
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2021-11-17 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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