メディアグランプリ

都合のいい女は報われるのか?


kikunoさま

記事:菊野由美子(ライティング・ゼミ)

 

 

寒稽古

見上げる山は

雪化粧

白く吐く息

勝利に届け

 

「ね~! 助けて! 冬休みの宿題ができん!」

 

姪っ子から宿題のSOSのメッセージが携帯に届いたのは2年前の冬。

小さいときは、私に遊んでほしくてダダこねてひっついてきていたのに、中学、高校となると、ラインで呼び出されるのは、いつも宿題緊急事態のときだけになってしまった。それでも、やっぱりかわいいし、好かれたい叔母心が、姪っ子にとって、「都合のいい女」となっていた。でも、役に立てている、頼りにされているのが嬉しくて、そのポジションでも幸せを感じていた私だった。

そんな彼女から、冬休みの宿題を依頼された。

「短歌って……、俳句だっけ? あれ? どんなだっけ?」から始まり、グーグル先生に聞いてみた。

俳句は、五・七・五。短歌は五・七・五・七・七だった。

そんな心もとないところからのスタートだったが、彼女が一番イメージしやすい情景を絞り出した。

そして、息苦しくなるような暑い夏の日も、薄氷が張る冬の朝も、毎日素振りを欠かさない彼女を思い浮かべながらできた短歌だった。

 

でも……、

 

 

 

ある朝から、彼女の素振りの姿が消えた。

 

桃子は17歳高校2年生。父親が剣道の指導者ということもあって、小学校から剣道をがんばっている。

2歳上の姉も同じく剣道をしているが、それほど競争心のないのんびり屋の姉に比べて、桃子はかなりストイックで勝利に対する欲望がハンパなく強い。

 

思い起こせば、生まれた瞬間から激しさが炸裂していた。

妹の出産を分娩室の外で見守っていた母からの話は、よくテレビで観る出産シーンのときの鳴き声、「ほぎゃあ~、ほぎゃあ~」からはほど遠く、ほとんど「オギョ~!!」と叫び、

 

「ったく、やっと出れたよ。マジ産道せまっ!」と言いたげなほどの鳴き声の大きさだったらしい。

 

そして迎えた2歳。英語でも「Terrible twos (恐るべき2歳児)」という言葉があるくらい、このころの反抗期はすごかった。

 

姉の幼稚園参観に連れられて出かけた桃子は、園内の砂場でご機嫌に泥遊びを満喫していた。

グチュグチュ、コネコネ、ペタペタ。

あまりにもクリエイティブすぎて、何を作っているかこちらには理解できないが、彼女にとっては最高に創作意欲がマックスの時だった。

 

「それでは皆さん、教室に戻りましょう!」との優しい先生の声。

 

突然、最高潮だった泥遊びを強制終了された桃子は、ピッキーン!と切れてしまい、

「んぎゃぁぁぁぁ~~~~~~!!!」と園庭中に響き渡る鳴き声。

授業がない先生たちが、入れ替わり立ち替わり抱っこしては桃子をあやしてくれていた。それでも泣き止まず、最後には幼稚園バスの運転手さんまで出動して抱っこくださり、泣き疲れてなんとか泣き止んだ。というストーリーもあった。

 

とにかく、楽しさも嬉しさも、そして怒りも悔しさもストレートに表現する子だった。

 

そして剣道を始めてから、そんな激しい気性に「負けず嫌い」が合わさって、「勝負には勝つ!」というストイックな人格が形成されたのだ。

練習の時の一生懸命はもちろん、誰も見てない早朝に、自宅の庭でも素振りを欠かさなかった。彼女の体は水泳選手のように、肩幅は広く、ぜい肉はなし、オリンピック映像でよく見るアスリートの体つきをしているのだ。

そんな彼女がメキメキと頭角を現すのは時間の問題だった。

高校1年の時から団体戦ではレギュラーとして先輩たちと出場し、大活躍だった。

 

彼女は輝いていた……のに……。

 

桃子が高校2年の冬のある日、妹からメールが来た。

 

「あのね、お姉ちゃん、ちょっと桃子のことで相談があるの」

「え? どうしたの?」

「……いじめにあってるみたい……桃子が」

 

テレビのニュースでよく耳にする「いじめ」

これが自分の身近にも、しかも大事な姪っ子に起こってしまうなんて、誰かに心臓を親指と人差し指でつままれたように一瞬息ができなかった。

 

今日、桃子が学校から帰って来て、泣いていたそうだ。

 

同じ剣道部の同級生男子から、

 

「お前のあだ名、イッショウケンメイ!」と言われ、机に「イッショウケンメイ」と落書きされていたのだ。

 

よくよく聞いてみると、残念ながら同級生男子は先生がいないと練習はさぼり、試合に負けても、悔しがるどころか、「本気でやったわけじゃないから」と情けない言い訳がいつものことだったらしい。

そんな彼らを、ストイックに本気で勝利に向き合っていた桃子には腹が立つ存在でならなかった。

時には、彼らを叱咤激励することもしばしばあったようだ。

しかも、彼らは桃子と練習すると、いつも負けてしまうため、先生が桃子との相手を男子に指示すると、ある子は部室に引っ込んだり、「お前が行け」「いや、お前が行けよ」と尻込みしてしまう始末……。

 

同級生男子たちは、いつも真剣に練習し、結果を出している桃子が疎ましく、そして偉そうに感じていたのだと思う。

 

しかし、その男子たちはもしかすると、練習をさぼったり、負けても「本気じゃないから」と言ってしまうのは、「本気で練習しても結果を出せなかったら怖い。そのほうがカッコ悪い」という心のブロックがそうさせているのかもしれない。またそれは、がんばっていたのに結果が出ず、親や先生からネガティブな言葉をかけられてしまったりしたのではないか……と。そんな彼らの前で、一心に剣道に打ち込む桃子が羨ましかったのではないか……と。

 

 

しかし、当事者の彼女にとってはそんな風に分析などできる心の余裕はない。そしてその日から、桃子は早朝の素振り稽古を止めてしまった。

 

こんな時、赤ちゃんの頃からあなたを見守ってきた叔母として、何かしてあげたい。でも、「いじめられてる」なんて私には言ってくれない。お年頃だから、そんなことは私に知られたくないだろう。

でも、宿題の時だけの「都合のいい女……、いや、叔母さん」でなくて、こんな時こそ頼ってほしいな、と少し寂しい気持ちがよぎった。

 

でも、今は見守るしかないな、と自分を慰めた。

 

 

高校2年の冬が過ぎ、3年生になった春のある日、妹から電話が来た。

 

「桃子がね、朝の素振り稽古をまた始めたのよ!」

「え! そうなの!」私の心も弾んだ。そしてすぐに心によぎったのは、

「なんで? どうやって立ち直ったの?」

「それがね、昨日、部活から帰ってきたら、手紙をもらってきてたの。」

「手紙……」

 

来たよ~~! 来た来た!! 私は心で叫んだ!

あんな風にストイックな桃子なのだが、剣道を離れると「天然な桃子ちゃん」になるらしく、そのギャップが面白いとクラスメイトからは人気者で、部活の後輩には男女ともに慕われているのだ。なので、いつもの元気がない桃子の様子に気が付いた部活の仲間(同級生男子は除いて)が桃子に励ましの手紙を書いてくれたのだ!

なんと、スポ根漫画みたいなストーリーがここで展開されるなんて~~。と一人ではしゃいでいると妹が、

 

「違うよ、その子達からじゃないよ」

「え? 違うの?」

分かった! あの同級生男子たちの一人が桃子を好きで、よくあるじゃない、好きな子をいじめるのって!

やっぱりやり過ぎたと思って、手紙くれたんだ~~。

 

「違うから」と妹の返事。

「あら? じゃあ、あとは誰か手紙をくれるドラマティックな人いた? あぁ、クラスメイトとか……」

と言いかけるや否や、

「違うってば、桃子からの手紙よ」と妹が言う。

「は? え? いや、だから誰からもらったの?」

「だから桃子から桃子への手紙」

 

実は、桃子が2年生になったときに、部活顧問が全員に「1年後の私への手紙」を書かせたそうだ。その手紙が3年生になった桃子に渡されたということだった。

そこには、3年生最後の試合で、個人・団体戦共に優勝して、全国大会に出場する決意が書かれていたそうだ。

 

「そしてね、お姉ちゃん、最後にこんなことが書かれていたよ」

 

と妹が読み上げた文を聞いて、私は電話口で号泣してしまった。

 

寒稽古

見上げる山は

雪化粧

白く吐く息

勝利に届け

 

なんと、桃子が1年生のときの冬休みの宿題の短歌を、1年後の自分あてに書いていたのだ!

 

あなたが大ピンチのときに、何も出来ずに頼られていない叔母だと寂しく感じていたけれども、こんなところでお役に立てたのね、と思うと彼女が愛しくて愛しくてたまらなくなった。

「都合のいい女……、いや、叔母」が報われたどころか、最高に幸せを感じた瞬間だった。

 

自分の気持ちを立て直し、私まで元気づけてくれたあなたに、今、この短歌を贈りたい。

 

朝稽古

素振りのリズム

衰えず

気持ち新たに

輝くあなた

 

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2016-05-19 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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