メディアグランプリ

実録:妹事件簿―湯けむり黒い羽の謎を追う―


妹事件簿

記事:白井コダルマさま(ライティング・ゼミ)

 

午前4時。家族の誰もが寝静まった夜明け前、私は浴室で立ち尽くしていた。

夜の間に入りそびれたお風呂に両親が起きてくる前こっそり入るべく、忍び足で滑り込んだ浴室で、服も脱いだ状態の私は言葉を失った。

――湯船は、真っ黒い水と灰色の羽で埋め尽くされていた。

 

混乱したまま、それでも声をあげられず、冷たく乾いた浴室の床を後ずさり、ひとまず私はパジャマに着替えた。毎晩、日付が変わる前には風呂に入れとうるさく言われているのに、またも懲りずに夜明けに入ろうとしているところを親に見つかれば、出勤前から余計なバトルをすることになる。すでに夜更かしの体は睡眠を求めて感覚が鈍くなっている。これ以上体力を奪われるわけにはいかない。2階で眠る両親に気づかれずに、自室へ戻って寝たふりをしなければならない。

とはいえ、たった今見てしまったものも気になる。

「もしかしたら、見間違いだったのかな。眠さのあまり、幻を見たとか」

わざと口に出してつぶやいて、やはりありえないと打ち消す。

お風呂に入ろうと階段を降りる元気があったのだ。眠かったとはいえ、そこまで朦朧していたわけではない。

「じゃ、なにか、心霊現象的なアレだったとか……」

こちらの方があり得る気がする。私には霊感はまったくないが、父は昔から第6感に優れており、よく『あの場所は悪霊がいるみたいだね。ま、行くときは気をつけなさい』などと何の実にもならないアドバイスを与えてくるなど、その道については(私よりは)関わりのある人物である。今まで家の中で心霊現象的なアレを感じたことはなかったが、もしかしたら、そんな父が連れてきたアレに、ついに遭遇したのかもしれない。

4月になったとはいえ、夜明けの時間はまだまだ寒い。その上『アレ』について思いついたために、そのせいだけではない寒気を背中に感じることになった。冷たい廊下を進みながら、私は自室に戻る前に、両隣の部屋をそっと開けてみた。

年子の妹か、7つ下の妹のどちらかが、もしかしたら夜更かしして起きているかもしれない、もしそうなら遭遇した怪異について語り合おうと思ったからだ。

しかし当然ながら、妹たちは眠っていた。

4月の午前4時半。電気をつけなくとも、うっすらとその姿は確認できた。

7つ下の妹は、ふかふかと厚い布団にさらに電気あんかをつっこんで眠っていた。

年子の妹は、大きなタオルケットを3枚重ねて眠っていた。

「そりゃそうか。どっちも寝てるよねぇ」

ドアを閉めながら、しかしかすかな違和感があった。

――タオルケットだけ?

年子の妹のベッドだ。はたして昨夜の時点ではどうだっただろうか? ぶあつい布団があった気がする。しかしそれについて考える時間に睡眠が削られるのがもったいなくて、とりあえず全てを放置して眠ることに決めた。

 

午前8時。各自慌ただしく朝の用意が進むリビングで、同じく急いで着替えと化粧をすませながら、私はさらに不可解な現象に悩んでいた。

さりげなく確認してみた浴室に、何の異常もないのだ。

乾いた床、からっぽの湯船、壁に立てかけれた浴槽のフタ。湯船の内側はつるんと美しく、羽どころかゴミのかけらもない。

――てことは、考えたくないけど、やっぱりあれは……。

心霊現象的な?

まさか。

両親も、妹たちも、いつも通りの顔をして出かけていく。

またしても時間切れだ。

謎解きは今夜にまわすことにして、私も家を出た。

 

午後8時。揃って夕食をすませ、毎晩そうしているように年子の妹の部屋へ姉妹で集まる。普段はひたすら無駄話をして過ごすところだが、今日はどうしても聞きたい話題がある。

「あのさ」

ベッドに畳まれているタオルケットを開いて、妹の顔を見る。

「これ、いつからあったっけ?」

「えっ」

明らかに年子の妹の目が泳ぐ。

「実は聞いて欲しいことがあって。昨日の夜中、私がお風呂に入ろうとしたらさ、水が黒……」

「わーー!!」

続けた私の言葉を遮って、年子の妹が叫んだ。

ベッドで眠りに入っていた7つ下の妹がびくりと反応する。

「じゃ、やっぱり明け方の足跡はアイちゃんだったんだ。よかったぁ」

年子の妹は、今度は勝手に安堵している。

こちらはわけがわからない。

「どういうこと? あのお風呂の黒い水、知ってるの?」

「うーん……」

妹は迷っていたようだったが、立ち上がり、クロゼットを開いた。

そこには、45リットルゴミ袋につっこまれた、まっ黒いカタマリが押し込められていた。

 

≪妹の告白(時計は戻り、その日の午前1時)≫

それまで普通に寝てたんだけどさ、いきなり息苦しくて目がさめたわけ。そしたら、部屋中が黒い空気でいっぱいになってたの。何か呪いかと思って一瞬叫びそうになったけど、すぐに気付いたんだよね。

それ、煙だって。

机にあった電気スタンドをつけっぱなしで寝てたんだけど、どうもそれが倒れてきたみたいで。寝てたベッドのほうにね。その時かけてた羽毛布団に、つっこむように倒れ込んできてたんだ。で、目が覚めた時、ブスブスに燃えかけて煙が出てたのよね。

え? いや、びっくりしたよ。でも騒いだりして、お父さん起きてきたらさ、怒られるじゃん。だからとりあえず窓を開けて、空気を入れ替えて、電気スタンドは机に戻して、それでもなんかまだ熱い羽毛布団は危ないから、お風呂の中に放り込んだってわけ。

部屋に戻ってよく見たら、あっちこっちに羽は落ちてるし、それを何とか片づけたら今度は寒くて眠れないしで押し入れからタオルケット出してきてさ、そうこうしてたらどっかの部屋から人が出てくる気配がしたから、慌てて寝たふりしてたんだ。

いやもーほんと、気が気じゃなかったよ。

お風呂のドアが開いた音がして、そのまま階段上がってきて今度は部屋のドアが開いたから、これは完全にばれたと思ったんだよね。

でもあれはアイちゃんだったんだね。いやーよかった。

 

≪妹の告白・続き(午前5時)≫

で、しばらくしたら物音がしなくなったから、とにかく火が消えた布団を隠さなきゃって思ってさ。お風呂の布団を回収して、適当に湯船を洗って、今に至るというわけです。

でもあれ、確かに知らなかったらびっくりしただろうね~。

私も改めて見てぎょっとしたもん。

羽毛布団の灰色の羽がさー、焦げた色の溶けた水にびっしり浮かんでてさ。

異様な感じだったよね!

 

妹の告白を聞きながら、私はあっけにとられていた。

――それ……ボヤじゃん!!!

私が夜中にのんびり本を読んでいる間、隣の部屋で進行していた恐るべき事態の結果が、あの、湯船の黒い羽の浮かんだ水だったなんて。

妹がたまたま目覚めなかったら、今頃家族全員あの世行きだったかもしれないのだ。

 

「いやー大丈夫っすよ」

それまで黙って聞いていた7つ下の妹が口を開いた。

「うちにはあの父がおるけんね。悪霊にも勝つ守り神ダブーシュカ」

7つ下の妹は、しゃべり方がちょっと変わっている。変わっているが、姉妹の誰よりも冷静である。今もベッドにごろごろ転がりながら、淡々と言葉を続ける。

「あの父がいる限り、そんな間抜けなことで一家全滅はありえんよ」

「そ、そうかな」

「そうだよ!! わかってるね!」

やや押し切られた感じの私と、我が意を得たりの年子の妹。

 

とりあえず、火事は回避されたが、年子の妹の上機嫌は長くは続かなかった。

結局勘の鋭い父によって、妹の悪行は間もなく知れることとなる。

「まだまだ寒いのに、羽毛布団はどうしたね」

「えっ」

動揺するとすぐに目が泳ぐ妹が、全てを白状させられるまでに、たいした時間はかからなかった。

 

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2016-05-25 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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