メディアグランプリ

午前4時の魔法


記事:高橋 さやか(ライティング・ゼミ)

細かな霧雨が降る中おもてに出ると、朝の澄んだ空気が清々しく気持ちがよかった。空は薄曇りで、ゴミを出しに行っただけのことなのに。

あんなにも簡単なことで、ものごとの感じ方がこうも違うとはーー。

毎日、何かに追われるように1日が過ぎていく。

毎朝7時に目覚め、慌ただしく朝食の支度をする。平行して、娘の保育園の準備、着替え……前日に準備をしなかったことを後悔しつつ、あっという間に1時間が過ぎ、8時過ぎに夫と娘は家を出る。

二人が出た後は、手早く家事を済ませ仕事のスタート……といきたいところだったが、家事を済ませると仕事のスタートが遅れ、仕事が忙しいときには家事に手を付けられないのが常だ。

私は、自宅でデザイナーをしている。波はあるものの、フリーになって4年。最近は仕事も順調だ。

仕事に没頭している間に、時計の針は12時を廻り、空腹を感じながらも「もうちょっと。ここまでは終わらせてから」と思いつつ作業を続け、切りの良いところでいったんストップ。つかの間のお昼休憩をとる。冷蔵庫のありもので昼食を済ませ、時計の針に目をやるともう2時だ。

保育園のお迎えが5時だから、せめて4時には仕事を切り上げ、夕飯の準備を済ませてから家を出たい。今日は、目標通りに終わるだろうかーー。

時間を気にしながら、仕事を再開する。

作業に没頭していると、ついつい時間を忘れてしまう。時間を気にしていたはずなのに、PCの時計を見るともう4時半を過ぎている。「せめてごはんだけでも」と、慌てて米をとぎ、炊飯器のスイッチを押して家を出る。

息を切らせて娘の保育園に着くと、

「かえんないよー。まだ遊びたかったー」と逃げ回る2歳児。追いかける気力もなく、ため息をつきながら帰り支度をし、自転車に乗って家路を急ぐ。

帰宅するやいなや、「おなかすいちゃったのー」コールの中、急いで夕飯の準備をし娘と二人きりの夕食がスタートする。

「今日は保育園どうだった?」

「たのしかったー。おたんじょうかいしたの」

「そうなんだ。それは、楽しくてよかったね」

楽しい話をしていたはずなのに、突然悲しそうな表情で娘が言う。

「パパにあいたーい! パパがいい。しゃみしいの」

私だって、パパがいてくれた方が良いけど……働き盛りの夫が午後6時に帰宅するのは、99.9%無理だ。複雑な気持ちを抱えながら、

「そうだね、ママも寂しいよ。早く帰ってきてほしいよね」と答える。

食べるとか食べないとか言いながら食事をとる娘をなだめつつ、時計を見やると時計の針は、もう7時を指そうとしている。ふと、先日目にした子育ての記事を思い出す。

「食事の時間は、30〜40分で済ませましょう」

わかっているのに、どうしていつもごはんに1時間もかかるのか……。そんなことを思いながら食器を下げ、お風呂にお湯をためようと浴室へ向かう。

「ピー! ピー! お湯張りが終了しました」

給湯器の無機質な声が響き渡る。

「さあ、お風呂にはいろ!」と声をかけるも

「いやーだー! お風呂はいんないよ!」と逃げ回るイヤイヤ期の娘。

ホント、勘弁してよー! と心の中で叫びつつ、ゾウさんのじょうろが待ってるよ、アンパンマンが待ってるよ、お風呂さん入ってほしいって言ってるよ……などわけのわからない理由をつけて、お風呂に娘を誘導する。

あれほど入浴を拒んでいたのに、

入ると「気持ちいいねー」と言い

上がる時には「まだあがりたくないよー」

とにかく、親の指示と反対のことを言いたいようだ。

着替え、歯磨き、ドライヤー、全て一筋縄ではいかず、絵本を読み聞かせて布団へ入る頃には、私の方がぐったりだ。

娘が寝たら「あれをしよう、これもしなきゃ」そんなことを思っている時に限って、娘はなかなか寝付かない。速やかに眠りへ誘うはずが、自分も一緒に寝落ちしてしまい、色々な「やるべき何か」をする時間は翌日へ繰り越しとなるーー。

そしてまた朝を迎え、同じように1日が過ぎていく。自分の時間なのに、自分でコントロールしている感覚がなかった。ずっと何かに追われている感覚。

どうして、こんなに時間の使い方が下手なのか。

どうして、こんなにずっとイライラしているのか。

仕事にも集中出来ず、しょうもないミスが続く……。

イライラの仕方が尋常ではなくなってきていた。誰かにかけられる、ごく普通の言葉ですら、イライラするのだ。

自分でも怖くなり「イライラ 止まらない」で検索してみると、主な原因は、ストレス・うつ・PMS・自律神経……云々。

いくつか記事を読んでみると、改善策としては、どれも「まずは生活習慣を見直しましょう」「症状がひどいときは医師に相談しましょう」とある。医師に相談したところで、対処療法で薬を出されるだけなのは目に見えていた。

このままではまずいな、と感じていた時、ある女性のインタビュー記事に出会った。プロフェッショナルにも出演したその人は、子どもが2人いながら仕事でも成功を収めているバリバリのキャリアウーマンだ。

「朝3〜4時には起きています。仕事も家事も子育ても手を抜きたくない。トリプルハッピーを目指しています」

そんな内容だった。

嘘でしょ?! と思った。3時なんて、どちらかというと私の感覚では、夜の部類に入る時間だ。27時とかいって「まだ今日だ」と言い張ってしまいそうな時間じゃないか。

そう思いながらも、想像してみる。

今、家族3人で起きているのが7時。3時は無理だけど、4時に起きると、単純に3時間の余裕ができる。その間に、掃除・洗濯・ご飯の支度を済ませたら、家事に手を付けられないストレスも減るし、仕事中に「あれしなきゃ、これしなきゃ」と思い出して焦ることもなくなりそうだ。

試しにやってみようかな。

そして、翌朝から4時起きをスタートさせた。

まだ薄暗い中、iPhoneのアラームが鳴る。慣れないので、恐ろしく眠い。「まだ寝ていたい」という脳に逆らい重いカラダを起こす。

多少ボーッとしているが、カラダを起こしてしまえば思いのほかテキパキと動くことが出来た。

掃除、洗濯、朝食と夕飯の準備、全て終えてもまだ7時前。

外へゴミを出しにいくと、うっすらと霧雨が降っていたけれど、朝の空気は澄んでいて、ほんのりと肌に冷たく魔法にかかったかのように心地よかった。

夫と娘を見送った後、仕事にとりかかると心なしか、いつもより捗っている感触があった。1週間近く、手を付けられず期日を迎えてしまった仕事も、お昼までに片付いた。朝のうちに家事を済ませたおかげで、心置きなく仕事に集中することが出来た。

保育園へのお迎えも、「あとは帰ってご飯食べて寝るだけ」だと思うとウキウキした。夕食のときの娘との会話も、ちょっと長引いてしまうお風呂も、娘と笑いながら一緒に楽しんだ。

「4時なんて、無理目の時間に起きられた」たったそれだけのことだ。けれど、朝イチの小さな成功体験は、追われていた時間を取り戻し、1日を気持ち良く過ごすという変化をもたらしてくれた。

3ヶ月継続すると、習慣化されるという。まずは、その3ヶ月を目指して朝の楽しみを続けていこう。

そう決意した矢先、娘が5時に起きるようになってしまった。どうやら今は自分の時間よりも、誰かのために時間を使うことが大切な時期なようだ。

 

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2016-06-02 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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