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はたらくおとうさん


記事:Sofia(ライティング・ゼミ)

もうすぐ父の日ですね。2016年は6月19日ですよ。みなさん覚えてらっしゃいましたか?

母の日よりも若干影の薄い父の日。世のお父さんたちの切なさが反映されております。

私はというと、父に何をあげていいかもわからず毎年困っています。父の日には、カーネーションのように決まった花もありません。私より経済力がある父に高価なものをあげたところで、そこまでいいリアクションも期待できません。父の大好きな寅さんにちなんだものもリアクションはいまいちでした。映画は好きだけど、グッズはそこまで……というのがその理由。

逆に「いつもありがとう」の言葉のほうがむしろ喜んでくれている節があるので、プレゼントの選び甲斐があるのかないのか微妙なところです。

私の父は歯科医をしております。

私が産まれる前から彼は歯科医なので、当然それが当たり前のこととして生きてきました。

そんな父は、私が幼少期の頃から今も変わらず、幼稚園と中学校で校医として年に1回ずつ歯科検診をしています。

幼稚園児の頃、私はこの歯科検診がニガテでした。

親子でいるところを友達に見られて恥ずかしいとか、幼稚園での自分の姿を父に見られるのがいやとか、虫歯が見つかるのいや! とか、そういうことではありません。

何がいやかというと、「自分の父に自己紹介をすること」がとてつもなくニガテでした。

「つきぐみの、ソフィアです。よろしくおねがいします(ぺこり)」

これが本当にできなかったのです。

だって、目の前にいるこの人、おとうさんだから。知ってるから。私のこと。

父の隣には、私も毎日顔を合せる歯科助手のおねえさんがいます。にこにこしながら待っててくれてるんです。

保育士の先生も「ソフィアちゃん、ほらごあいさつしましょ。ね」と優しく促してくれます。先生も当然知っています。歯医者さんが私の父であることを。

私だって小さいながらにわかってるんです。みんなごあいさつしてるし、自分もしなきゃならないのはわかってるんです。

でも言えない。なにこれ。もう恥ずかしすぎるし、自分の番になってからけっこう時間が

経ってる気まずさとプレッシャーもあってさらに言えなくなってる。なんでこんなに恥ずかしいのかすらもよくわからない。幼児にとってはその複雑な心境に対する許容力がなくパニック!

で、まあどうなるかっていうと、だまりこみます。だまりこみたくないけど、石になるしかないのです。

結果的に、「しょうがないかあー」みたいなムードの中、大きく開けた口の中をぐりぐり診られて終了です。

健診後の「ありがとうございました」に関しては言えていたと記憶しています。

おそらくこの「ありがとうございました」については、歯科検診してもらったことについてお礼をするということに自分的にも納得がいっていたのだと思いますが、自分の父に自己紹介をする必要性の有無にはなんとなく合点がいってなかったのだと推測します。

そんな娘を父はどう思っていたのかわかりませんが、自分の前でアワアワなっている小さな娘を見て、面白かったのかもしれません。

幼少期から「挨拶だけはしっかりするように」そして「嘘はつかないように」と育てられてきましたが、歯科検診があった日の夜に特に何を言われることもなかったので、父自身も「別に我が娘から自己紹介とかいらないし」と思っていたのかもしれません。

そんなこんなしながら、小学校入学まで3年間通った幼稚園。結局3回とも父の前で自己紹介をすることはできずじまいでした。今となってはあちらは覚えてないと思いますが。

小学校は別の歯医者さんが校医だったので、歯科検診をする父との再会は中学生のときでした。この頃は当然挨拶もできました。「ソフィアでーす。よろしくお願いしまーす」といった感じです。幼稚園児のときのような恥ずかしがり屋さんな気持ちを、私はどこに置いてきたのでしょうか?

中学2年の歯科検診の日、私たちは歯科検診を受けるためクラス単位で並んでいました。

まあ、中学生はうるさいです。歯科検診待ってる間も当然うるさいです。といってもそんな猛獣のような奇声を発しているわけではないし、廊下ではなく保健室の中で待っている段階になれば、話し声はするものの特にうるさいということでもありませんでした。

そんな中、一人の体育教師が怒鳴りました。「うるさい、お前ら! 静かにせえ!」

怒鳴られたほうはと言えば「虫歯あったらやだなあ……」「大丈夫だよー」といったような小声でちょっとおしゃべりをした程度でした。それに対して、そんな大きな声で威圧的にがならなくてもいいじゃんか、というムード。

今思えば学校って不思議じゃありませんか? なんであんなことでそんなに怒られなきゃいけなかったんだろう? ってこといっぱいありましたよね。先生から理不尽に怒られて腑に落ちないこと。

うちの父はそういうのが嫌いでした。父自身も我々家族にはよくわからないことでプリプリしてることもあるのですが、それはそれとして。

「ちょっと!」私が体育教師の怒声にびっくりしてる間に、父は座ったままその体育教師に呼びかけていました。

「そうそう、君ね。君が一番うるさい。保健室から出てってくれる? 子供たち、そんな言うほど騒いでないから。怖がらせるほどのことじゃない」と強めの声で、しかも生徒の前で体育教師に言い放ちました。

あまり好きではなった体育教師に向かっての父の一刺しに、私も内心「いけいけ!」と思っていましたが、「それ以上はやめといたほうがいいんじゃ……」みたいな気持ちも少なからずありました。生徒の前で怒られる教師。しかも叱ってくる相手は生徒の親。教師というか大人のプライドずたずた。現代社会なら「モンスターペアレンツだ」とか謂れのない噂を流されそう。私自身はその教師とは学年も担当も違っていたので、特にいじめられる危険性もなく、痛くも痒くもないのでどうにでもしてくれて全然よかったのですが、明らかに凍る空気。

私の父は基本的に優しい人なのですが、短気です。そして筋の通ってないことが嫌いです。

患者さんにはとても優しい(と私の周りからは聞いている)父ですが、私の祖父は言うことを聞かない患者さんを叱り飛ばすタイプの昔気質の歯医者さんだったと聞いたこともあり、「うわー、血ばっちり引いてるわ~」と、思うこともしばしば。

私自身は生まれてこのかた虫歯になったことがないので、祖父や父に治療してもらうことなく生きてきました。そんなこともあり、彼らの仕事の現場をがっつり見たことがありません。それはそれで惜しいことをしたと思います。

普通は父親が仕事をしているところってあまり見られませんよね。それを見るだけで、父親を見る目ってかなり変わってくると思います。

その後、父は平気な顔で生徒には怒ることなく歯科検診を続けていました。正直、かっこいいなと思ったものです。

直接伝えるのは恥ずかしいので、本人に言ったことはありません。しばらくは内緒にしておこうと思います。

 

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2016-06-02 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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