吃音を通して見えたもの
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:牧 奈穂 (ライティング・ゼミ12月コース)
「……っぼく……っこれ……」
息子が2歳になった頃のある日、いつものように息子と過ごしていると、息子の顔が突然赤くなりだした。全身に力を入れて、顔を真っ赤にし、何かを我慢しているような様子だ。
「何だろう?」少し気になったが、そのまま息子と話をした。
「様子がおかしいわよ……」と、隣りに座っている母が、私に言う。直感的に、何かがおかしいと分かっていても、我が子の異常は認めたくないものだ。「何でもないよ」と、私は認めなかった。
これが、息子の吃音の始まりだった。
当時、2歳の息子が怖かったものは、雷とオバケだ。息子は、優しいけれど、育てにくい子だった。幼いのに自分がある、とでも言うのだろうか。ワガママとも違っていた。
息子は、こだわりが強く、私の言うことを聞かない。通常の子育て本に合っていない子だと感じたのは、離乳食が始まってすぐの、生後6ヶ月くらいの頃だろうか。「◯か月で、〜ができるようになる」というような、子育ての目安は、いつも早くやって来た。
心と体の成長がアンバランスな息子は、イライラすることが多かった。だから私もストレスがたまり、息子が私の言うことを聞かないと、「オバケが来るよ!」と脅しては、大人しくさせていた。今となっては、ひどい育て方だと思う。だが、毎日の忙しさの中で、小さな息子の存在は、宇宙人のように意味が分からず、優雅な子育てとは無縁だった。
「気のせいだ。明日にはなくなる」と、吃音が始まった頃、私はすぐには認めたくなかった。それでも心配になり、何度か言葉を繰り返させるが、最初の言葉が出ない。次第に息子は自分の名前すら言えなくなり、顔が赤くなるまで、言葉が出ずに苦しんだ。
そして、言葉が専門の先生の診察室へ、息子を連れて行くこととなった。先生は、「吃音は、真っ直ぐな右肩上がりの直線のように、よくなるものではないですよ」と穏やかに語った。「良くなったり、悪くなったりを繰り返しながら、次第に振り幅がなくなるのですから……」と続ける。
「今、お子さんは、心が風邪をひいているような状態です。だから、なるべく怒らないであげて下さいね。そして、英語を聞かせることもやめましょう。脳が混乱してしまいます。もし、お子さんが、吃音がひどい時は、できるだけ話をしないですむ遊びを考えてあげて下さいね。お子さんは、吃音だとは気づいていないですから、言葉の言い直しをさせたり、吃音だと気づかせるような発言も避けましょう。そして、それから……もし私を信用してもらえるのならば、インターネットで吃音の検索をするのをやめていただけませんか」
先生を信じ、その日以来、吃音についての検索は一度もしなかった。
吃音は、バイリンガルにも多いらしい。そのことさえ知らずに、早期教育をしてしまった。だから、私が英語講師として、息子にした英語教育が間違っていたのかもしれない。言葉を仕事にしながら、大切な息子に何てことをしてしまったのだろう…自分自身を責める毎日だった。
息子は、私が怒らないのを理解しているかのように、私を叩いたり、悪いことをした。それでも、いつものように、きつく怒ることはしなかった。そして、どんな時も話をやめない子だったから、吃音がひどくても話し続けた。その一つ一つの言葉が、心に刺さり、申し訳なさが込み上げてきた。
息子へ詫びるかのように、毎日公園に行っては、息子の好きな砂遊びに付き合った。夜遅くまで働く私は、息子を見ながら、何度となく砂場で居眠りをした。
息子がどんな話し方になっても、息子をうちの中に隠すように閉じ込めたくはない。もし、周りのママ友が言葉に気づき、不思議な眼差しを息子に送るならば、一人一人に吃音について話をして、協力をお願いし、息子を理解してもらうつもりだった。
ある日、息子は、公園で、いつものように砂場で遊んでいた。その日は、吃音がいつも以上にひどかった。黙って遊ぶことがなく、息子はどんな時でも話していた。話さないですむ遊びを考えても、息子は話し出してしまう。ひどく言葉をつまらせながら、小さいながらに、全力で生きていた。話させてはいけないのに、やめてくれない。
「どうしたら、いいのだろう」息子の話す姿を見て、やめさせる遊びを考える。そこで、息子とブランコに乗ることにした。少しは黙ってくれるだろうか。小さな息子を乗せて、二人でブランコに乗った。きっと、私とブランコに乗った息子は、嬉しかったのだろう。その喜びを言葉にしようとし、ますます吃音がひどくなった。私は苦しくてたまらなくなり、ずっと我慢していた言葉を、息子に語りかけてしまった。
「もう、話すのをやめようよ」
息子は、素直に私の言うことを聞き、そのまましばらく黙って、二人でブランコに乗っていた。私は、言ってはいけない言葉を語りかけてしまい、涙が出そうだった。「いつまで続くのだろう。一生治らなかったら、私の責任だ」そう毎日、思い悩んでいた。
先生のアドバイスに従い過ごしていると、半年もかからないうちに、息子の吃音は落ち着いてきた。
吃音の中で、私が見つけたものは、「自分自身」だった。息子が何も問題がない時よりも、もっと純粋に、息子を丸ごと受け入れ、愛情を注ぐことができたからだ。「寄り添う」ということを、吃音が教えてくれた。
私は、母になった時から、息子に深い愛情をかけられるような母ではなかったと思う。どちらかと言えば、愛情が足りないドライなところがあったかもしれない。吃音の悩みが、私に、母として一番大切な、「子に寄り添うこと」を教えてくれた。
我が子に対する悩みは苦しいものだが、その先には、出会えていなかった「自分自身」が待っているかもしれない。
未知の自分と出会うチャンスは、日々の悩みの中にも、たくさん散りばめられているのではないだろうか。
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